第六章 第五部:駐屯地、静かなる迎撃
同じ頃、白峰駐屯地でも接近する不穏な武装集団を捕捉していた。 東側の畑地の向こうから接近するのは、歩兵を主体とした二十から三十人規模の勢力。さらに、西側の尾根の先からは、五人からなる隠密部隊が別働隊として密かに接近していることが確認された。
伊藤は西側に、橋谷が東側の武装勢力に対し、それぞれ指向性スピーカーを用いて警告を発した。
『そこに止まれ。これ以上の接近は敵対行為とみなし、武力をもって排除する』
西側の隠密勢力は、その警告を聞くや否や駐屯地の外周フェンスから一定の距離を保ち、素早く散開した。
一方で、東側の武装勢力は警告を受けて一度足を止め、隊列を組み直した。すると、
「うおぉぉー! 行けぇい!!」
先頭に立つ“組頭”と思わしき武士が、雄たけびと共に刀を振り上げ、東の外周フェンスに向かって突進を開始した。それに呼応し、他の歩兵や弓兵も一斉に後に続く。
『ダーン!!』
乾いた銃声が響き、弾丸が組頭の脚部を正確に射抜いて行動不能にした。なおも突っ込んでくる兵たちに対しても、手足を狙った精密な狙撃が続く。
先頭の五人ほどが次々に倒れると、後続の兵たちは未知の武器へ恐れをなし、足を止めて、ついには後ずさり始めた。
橋谷は再び、指向性スピーカーを通じて警告を流す。
『頭目を置いて立ち去れ! さもなくば命の保証はしない』
敵兵は後退を始めたが、そのうち四人が負傷した組頭の元へ近付く。
その中の一人、右腕を撃たれた恰幅の良い大柄な男が、他の兵を怒鳴りつけ、無理やり組頭を運ばせようとしているようだ。
『頭目は置いて行けと言っている!』
怪我をした大男は警告を無視し、なおも三人を怒鳴りつける。怒鳴り散らす男に急かされ、三人の兵はこちらを怯え伺いつつ、恐る恐る組頭を運ぼうとした。
『ダーン!!』
射撃手の放った一撃が、大男の左腿を容赦なく貫いた。男は無様に倒れ込み、獣のような大声を上げて泣き叫ぶ。
『頭目と、今撃たれた者を置いて立ち去れ! 次はない!!』
この最期通告により、残る敵兵は完全に戦意を喪失。二人を置き去りにして一斉に撤退を開始した。駐屯地からは、直ちに身を隠した追跡部隊が出動し、彼らの背後を追う。撤退した敵兵の姿が見えなくなったことを確認し、地に伏した二人を捕縛・収容した。
一方その頃、西側では隠密部隊の動きを双眼鏡と監視カメラで追っていた。 散開した隠密たちは基地外周をなぞるように移動し、侵入可能な場所を探っているようだった。誰が指揮官か判別できず、仮に捕縛できても口は割らないのだろう。それくらいなら以前の隠密のように自害するかもしれない。
伊藤は苦々しく戦況を見守っていた。情報を持ち帰らせるわけにはいかない。しかしあの身のこなし、いったん侵入を許せば排除は難しく、死傷者が出るかもしれない。何かを質に取られたらこちらが身動きが取れなくなる。情報を与えないまま撤退させるのが最善だが、状況次第では“排除”もやむを得ない――伊藤はそう考えていた。
伊藤が思考を巡らせている間に、南側の壁まで回り込んだ一人が鉤縄を投げ、偽装材で覆われた基地外壁に取りついた。警告を発するが、反応はない。警告の音声が聞こえたのか、さらに別の一人も同様に外壁に張り付き、侵入を試みる。
南の外壁も西のフェンスも、高さは約三メートル。壁に張り付かれては射線が通らず、駐屯地内からの制圧は困難を極める。対照的にフェンス越しであれば狙撃可能だが、西側の三人は機会を窺っているのか、依然としてフェンスから距離を取って走り回っている。
いよいよ最初の一人が壁の上に手をかけた――その瞬間――鋭く甲高い音が辺りに響き渡った。壁に登らず周囲を走っていた隠密が放った“指笛”だ。
壁に取りついていた最初の隠密が壁の上に頭を出し、北の方角を凝視する。そこには、北および北西方向にそれぞれ二本ずつ、細い煙が立ち上っていた。
それを見るや否や壁を降りると、指笛を鳴らす。指笛を聞いたもう1人も壁を降り、隠密達は脱兎のごとく撤退していった。
――少し時を遡る。
駐屯地の観測班は、武装集団の撤退後も引き続き駐屯地各所から周辺の監視を行っていた。
村から撤退した敵兵は散り散りにその北方向に逃げていく。途中、山中で3人が罠にかかり宙づりになっているのが確認された。後ほど回収し、捕虜にすることになるだろう。
散り散りだった敵兵だが、最終的には北方の先で集結していく。やがて、北の集合地点から二本の狼煙が上がった。
同じく、駐屯地東側から撤退した武装集団は、一団となって逃走していた。その後方には、距離を保ちつつ自衛隊の部隊が追跡している。こちらの集団は北北西に向かって逃走し、その先で二本の狼煙が上がった。そこから敵兵はさらに北へ進んだようだ。
狼煙を確認して逃走した隠密部隊は、各個に分散し、沢や谷を巧みに利用して姿を消した。相変わらず、見事なまでの逃走技術であった。
村と駐屯地への同時襲撃、加えて駐屯地への別働隠密の投入。これが同時発生したのは偶然であるはずがない。その裏には明確な意図がある。単なる破壊や略奪ではない。自衛隊の対応能力を測るための行動と推定される。しかし、その先にある敵の意図までは、まだ読み切れない。
情報を整理し、次に取るべき対応を見極める必要がある。
きっとこの先、大きな動きがある。今後の我々の動き次第で、状況は大きく分岐する
――普段は冷静に理論を積み上げる外山には珍しく、説明のつかない胸のざわつきを感じていた。




