第五章 第五部:沈黙
事実は、あまりにも冷酷だった。
村の未来――それが“衰退・移転”から“襲撃・滅亡”に変わったということ。その先、日本が滅亡すること。そして、その運命の分岐点に、自分たちが立っていたという事実。
宮本は、その場にいた。
日下部の冷徹な宣告を、
橋谷の外堀を埋める問いを、
そして外山の最終確認を、
すべてその耳で聞いていた。
だが――彼は、何も言わなかった。
反論もなければ、弁明もない。声を荒らげることも、拳を握りしめることもなかった。ただ一度だけ、短く頷いた。その顔から表情は抜け落ち、不気味なほどに平静だった。
それ以降、宮本の日常からは色彩が消えた。
任務は、これまで通り正確だった。指示には即座に応じ、作業手順にも判断にも一切の狂いはない。報告書は簡潔にまとめられ、抜けもなかった。
だが、彼という人間から“余白”が消え去っていた。
かつての彼にあった、ちょっとした時間の雑談。冗談を交えた細やかな気遣い。村の人々の話題になると、自然と目を細めて聞き入る癖。 そうした人間らしい個性のすべてが削ぎ落とされたようだった。
食堂で村の話題が出れば、宮本は無言で席を立った。 作戦会議の折、地図上にあの村の位置が示されると、彼はおもむろに視線を落とした。 正門に村人が訪ねてくれば、いの一番に声をかけていた彼が、いまは視界に入れぬよう無言で遠くを見つめている。彼らが向ける無邪気な笑顔、その根底にある信頼が、何よりも今の宮本の心をえぐった。
同僚たちは、次第に彼から距離を置くようになった。 それは気まずさからでも、彼への非難からでもない。今は触れないほうがいい、と、 誰もがそう察したのだ。
衛生課の数人が、彼を立ち直らせようと試みた。だが、結局は見守ることにした。いま踏み込めば、彼の中の“何か”が壊れてしまう。そう思ったからだ。
やがて外山は、静かに決断を下した。
宮本を、村に関連する一切の任務から外した。 彼は事実上、この件に関する意思決定の輪から排除された。 異議を唱える者は誰もいなかった。宮本自身もまた、何も言わなかった。
――ある夜のこと。
基地の灯りが落ち、夜間交代勤務の重い足音だけが響く静寂の時間。 監視塔の影で、一人の隊員が微動だにせず立ち尽くしていた。
宮本だった。
彼は何も手にしていなかった。ただただ、暗闇の向こうを眺めている。
駐屯地の北、山の向こう。 かつて自分が守ろうとした“あの村”がある方角。
彼は、長い間動かなかった。
やがて巡回の隊員が通りかかったとき、宮本は深く顔を伏せた。
その頬を一筋、微かな光を湛えたものが伝い落ちるのを、誰にも悟られぬように。




