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自衛隊転移ー衛るべきものー  作者: GoGoGorilla
第五章

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第五章 第二部:断絶された帰路

日下部くさかべの語りは、どこまでも淡々としていた。

それは感情を押し殺しているというより、この残酷な結論を自分の中で幾百回も反芻し、精神を摩耗させてきた者の響きだった。


「私がいた未来では、大規模時空転移は理論上、成立していました。ただし、それはいまだ“仮説”の域を出ていませんでした」


そう前置きしてから、彼は言葉を継ぐ。

「研究の中核は、粒子加速器です。地下に建設された大規模施設で、粒子を、あなたたちの時代には不可能とされていた光速を超えるまで加速し、そこで起こる特異現象を観測する――その延長線上に、時空転移の実験がありました」


粒子加速器。元いた時代では、原子などを亜光速にまで加速する超大型研究施設だ。日本ではつくばに外周3kmの施設があり、世界最大のものはスイスとフランスの国境をまたいで外周27kmにも及ぶ…… 。外山そとやまは、かつて目にした科学誌の知識と照らし合わせながら黙って聞き入る。伊藤も、橋谷も、口を挟むことすら忘れたように硬直していた。


「私は、その運用班の一人でした。決定権者でも、計画の立案者でもない。現場で装置を操作し、データを収集するのが技術員の私の役割でした」

日下部は自らの立場を、逃げ場を塞ぐように明確にした。

「実験当日、装置は想定出力を超え、暴走状態に入りました。制御系が追いつかず、粒子加速器は臨界状態に陥った。避難警報が鳴り響く中、最後まで機器のそばで制御しようと努めましたが……途中で意識を失いました。なので、転移の瞬間のことは、正直に申し上げて、はっきりとした記憶がありません」


そこで、わずかに彼の視線が落ちる。

「次に意識を取り戻したとき、私はすでにこの時代にいました。なぜ未来から現代へ転移したのか。装置と私だけが、なぜ空間ごと切り取られたのか……正確な理由は今も分かっていません」

佐野が、耐えきれずといった様子で口を開いた。

「……意図的な転移、という可能性は?」

日下部は、即座に首を振った。

「ありません。少なくとも、私が知る限りでは。そもそも、こんな長時間転移の技術どころか、観測例すらなかった。空想的な理論があっただけで誰も実現できていなかった。だから、誰かの陰謀や、実験の裏目的によるものではありません」

それは、一片の疑いも差し挟ませない断言だった。


「あなたたちがいた“現代”において、私は意識を失っていました。その間に、転移してきた装置が再び不安定化したと考えられます」

以降は推測にすぎない、と前置きした上で、彼は続ける。

「現代のあの場所には、過去の戦争に由来する残留物がありました。未処理の強磁性体、放射線源、あるいは古い実験設備。それらが粒子加速器の残骸に予期せぬ影響を及ぼしたのか……あるいは、太陽フレアなどの自然現象が干渉した可能性もあります」

どれも、決定打ではない。

「原因は特定できません。ですが、結果として、装置は再び暴走しました。そして今度は、私と装置だけでは済みませんでした」

日下部の声が、少し低くなる。

「地下に環状に構築された巨大な粒子加速器の範囲内――その内側にあったものすべてが、時空の歪みに飲み込まれ、まとめて転移したのです」

外山の視線が、剃刀のような鋭さを帯びた。

「駐屯地……」

「はい」

日下部は深く頷いた。

「あなたたちの駐屯地。そこにいた自衛隊員。そして、運悪くそこに居合わせた民間人」

誰もが、心臓を冷たい手で掴まれたような感覚に陥った。自分たちが、なぜこの戦国という時代に放り出されたのか。


「これは、誰の意図によるものではありません」

日下部は、一文字ずつ重みを乗せて言った。

「事故――取り返しのつかない、事故です」

重い言葉だった。


部屋を支配したのは、沈黙だった。

誰にも背負いきれないほどの巨大な絶望が、物理的な質量を持って圧し掛かったかのような沈黙だった。

そして、誰もが気にしていた、避けられない問題を口にする。

「元の時代に戻る手段は…………ありません」

男が静かに、しかし強く断言する。その言葉はナイフのように鋭く、一同の胸に突き刺さった。

「粒子加速器は修復不能です。必要な素材も、莫大な動力も、この時代には存在しない。仮に奇跡的に材料が揃ったとしても――事故によって偶然引き起こされたこの大規模長時間跳躍を、意図的に再現すること自体が非現実的です」

頭では分かっていた。だが、心のどこかで希望を持っていた……万に一つの、帰還という奇跡を願っていた。その希望は完全に打ち砕かれた。隊員たちの表情から、一筋の光が消えていく。


「では……未来からの救助が来る可能性は?」

外山の問いに、日下部は静かに、残酷なほど明確に言い切った。

「来ません。来るのであれば、もっと以前に来ているはずです。歴史への干渉がここまで深刻化する前に、止められるなら止めていたはずですから」

「つまり――」

日下部は、そこにいる全員をゆっくりと見渡した。

「私たちは、この時代で生きていくしかありません。それ以外の選択肢は、存在しないのです」


逃げ道はない。やり直しもない。


「ふざけるな……ッ!」

凍りついた静寂を切り裂いたのは、一人の隊員の、絞り出すような絶叫だった。

「お前のせいで……お前らが変な装置を動かしたせいで、俺たちはここに飛ばされたんだぞ!」

一人が立ち上がると、連鎖するように不満が噴出した。帰還に一縷の望みをかけていた者たちの目が、怒りに燃えて日下部を睨みつける。


「事故だ?誰の意図でもないだと? 冗談じゃねえ! その理屈でお前、俺たちの人生を、残してきた家族の人生を、台無しにした責任を取れると思ってるのか!」

「そうだ! 帰り道がないなんて、そんなことが認められるか!」

「落ち着け!」

外山の制止も、今の彼らには届かない。日下部へと向けられた怒りは、もはや理屈を通り越した暴動の火種へと変わりつつあった。


日下部は、罵声を浴びながらも動かない。


ただ、その瞳に深い哀しみを湛えたまま、静かに彼らの怒りを受け止め続けていた。

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