プロローグ 帰りの窓
この物語はフィクションです。けれど、その底には、私の家族と過ごしてきた日々があります。登場人物や出来事には創作を加えながら、ともに笑った時間や、うまく言葉にできなかった思いを、一つの家族の肖像として描きました。
旅に出ると、遠くの景色だけでなく、身近な人の姿が違って見えることがあります。離れて暮らす娘を訪ねる旅が、いつしか自分の幼いころへ、父との記憶へと続いていく。子供の成長を喜びながら感じる寂しさも、年老いた父に今だから聞いてみたいことも、同じ旅の中にありました。
家族であっても、互いの心がいつもわかるわけではありません。心配するあまり言いすぎたり、伝えたいことほど言いそびれたりします。それでも、何気ない会話や、一緒に囲んだ食卓が、長い年月のあとに、思いがけない温かさをもってよみがえることがあります。
そんな小さな記憶をたどりながら、家族それぞれの人生と、その間を行き来する心の旅を書きたいと思いました。
読み進めるうちに、皆さまにも、懐かしい誰かの声や、もう一度会いたい人の顔が浮かんでくることがあれば、嬉しく思います。しゅんたろう as Augai Moritz
離陸してしばらくすると、窓の外には何もなくなった。
ロンドンの灯りは雲の下へ沈み、翼の先で小さな赤い光が明滅している。隣の席は空いていた。往きにはそこに知恵が座り、膝の上で眼鏡を探したり、私の飲みかけの水を自分のものと取り違えたりしていた。その些細な混乱がないだけで、座席はずいぶん広かった。
携帯電話の画面には、搭乗前に届いた写真が残っている。孫を抱いた佐里の横で、ダニエルが洗濯物を畳んでいた。知恵の手だけが、画面の端に映っている。誰かが撮ろうとして撮った写真ではないらしく、部屋の隅には紙袋が置かれ、赤ん坊の靴下が片方、絨毯の上に落ちていた。
私はそれを拡大した。顔ではなく、靴下のほうを。
あの部屋に、もう私はいない。
出発前、九十三歳の父に電話をした。
「またイギリスか」
「今度は孫を見に」
「そうか。何日だ」
「一週間。知恵はクリスマスまで残る」
「おまえだけ先に帰るのか」
「病院を、そう長くは空けられないから」
父は少し黙った。電話の向こうで湯呑みを置く音がした。
「敏夫さんも、昔はそうだったよ」
父は、ときどき自分のことを他人のように言う。冗談なのか、年齢のせいなのか、私はまだ判断できずにいる。
「何が」
「家を空ける理由だけは、いくらでもあった」
聞き返す前に、父は旅券の期限を確かめたかと尋ねた。
親子が生涯にともに過ごす時間を、日数に置き換えた文章を読んだことがある。幼いころにその大半を使い、別々に暮らすようになれば、残りは驚くほど少ない、とあった。
私は計算が嫌いではない。病床の稼働率も、研修医の定員も、数字にして考える。しかし父に残された年数を、年に会う日数で掛けようとして、途中でやめた。九十三から百までは七年だ。七という数字さえ、誰にも約束されていない。
それでも、次に会う日を決めることはできたはずだった。
機内の灯りが落ちた。写真の中の佐里は、赤ん坊を見ている。十五歳のころ、私に顔を見られるのをあれほど嫌がった娘が、今は誰かの顔を、眠りに入るまで見つめている。
毛布を膝まで引き上げた。その手つきが、父に似ていた。




