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村から「世界一楽しい街」へ

 

 かつて草木一本生えず、魔物すら避けて通った絶対の死地『無主の荒原』。


 そこに誕生した集落は、わずか数日で数百人規模の巨大な人の波を飲み込み、爆発的な膨張を続けていた。


 本来であれば、急激な人口流入は地獄の混乱を引き起こすはずであった。


 住居の不足、食料の配給停止、不衛生による疫病の蔓延、そして治安の急速な悪化。


 歴史上、いかなる名君や大帝国であっても、一夜にして十倍に膨れ上がった難民の群れを統制することなど不可能であった。


 しかし、この国には一人の男がいた。


 王立会計院の歴代最高記録をすべて塗り替え、国家予算の不正を一瞥で見抜く神童と呼ばれた男、シルヴァン・シルバである。


「おい、そこの第三班!木材の運搬ルートが居住区の生活動線と交差しているぞ!直ちに南回りの迂回路へ資材を回せ!」


 ウニ要塞の広場に特設された木製の指揮台の上で、シルヴァンが声を張り上げていた。


 その両手は、目にも留まらぬ神速で動いていた。


 左手でそろばんのような魔導計算盤の珠を弾き、右手で羽ペンを走らせ、口からは立て続けに的確な指示が機関銃のように飛び出す。


「トマ!西地区の第六ブロックに空き地を確保した!ガゼルに伝えて、あそこに三人家族用の集合住宅を十棟、日没までに建てさせろ!」


「はっ!かしこまりました、シルヴァン様!」


「それから第四班!クロエが収穫したメガキャベツと大麦の配給比率は、成人男性一に対して子供が〇点六だ!偏りが出ないよう厳密に計量して配れ!」


「承知いたしました、知恵の神様!」


「だから神様と呼ぶなと言っているだろうが!」


 シルヴァンは怒鳴り散らしながら、手元の住民登録台帳をバサリと更新した。


 氏名、年齢、前職、特技、健康状態、家族構成。


 押し寄せた数百人すべての個人情報が、シルヴァンの頭脳と帳簿の中で完全にデータ化され、寸分の狂いもなく適材適所の配置が完了していく。


 大工の経験がある者はガゼルの建築班へ。


 農民だった者はクロエの農園管理へ。


 裁縫や料理が得意な者は生活支援へ。


 シルヴァンの恐るべき実務能力によって、パニックを起こすはずだった難民集団は、わずか半日で完璧に機能する巨大な共同体へと作り変えられていた。


「ふう、ひとまず全体の八割は整理がついたか」


 シルヴァンは額の汗を拭い、懐から取り出した胃薬を三粒まとめて口に放り込んだ。


 ボリボリと音を立てて噛み砕き、冷たい水で一気に流し込む。


「まったく、僕の会計学の教科書には『一夜で五百人の難民を受け入れる方法』なんて一行も載っていなかったぞ」


 シルヴァンは呆れたように息を吐いたが、その表情にはどこか充実した色が浮かんでいた。


     

 シルヴァンが敷いた完璧な都市計画の上で、七貴族の天才たちはそれぞれの能力を余すところなく発揮していた。


「ガハハハハ!どけどけぇい!世界一安全で快適な大通りを通すぜ!」


 大男ガゼルが巨大な建築ハンマーを大地に振り下ろすと、地中から純白の大理石が次々と隆起した。


 道幅十メートルを超えるメインストリートが一瞬で舗装され、その両脇には耐火性と耐震性を極限まで高めた石造りの住宅が整然と並び立つ。


「ガゼル様、中央広場に水路を引きたいのですが!」


 住民の職人が設計図を手に駆け寄ると、ガゼルは豪快に胸を叩いた。


「おう、任せとけ!荒野の地下水脈から最高に美味い湧水を引っ張ってきて、中央に噴水広場を作ってやるよ!」


 ガゼルが手をかざすと、広場の中央に芸術的な石造りの噴水が爆誕し、澄み切った清流が勢いよく噴き上がった。


 集まった子供たちが歓声を上げ、水しぶきを浴びて跳ね回る。


 一方、街の外縁部に広がる広大な農園エリアでは、クロエが汗を輝かせていた。


「あ、あの…皆さん…!今日は、甘くて柔らかい大豆の収穫をお願いします…!」


 フードを目深に被ったクロエがおずおずと杖を掲げると、見渡す限りの畑から青々とした大豆の茎が一斉に伸び上がった。


 実った鞘は一つ一つがバナナほどの大きさがあり、中には真珠のようにツヤツヤとした巨大な大豆がぎっしりと詰まっている。


「クロエ様、今日も素晴らしい実りです!」


「これなら味噌や醤油も作れそうですね!」


 農作業を手伝う住民たちから温かい笑顔を向けられ、クロエは恥ずかしそうに頬を赤らめた。


「は、はいっ…!皆さんが喜んでくれるなら、もっともっと美味しいお豆を育てます…!」


 王都では誰にも理解されず、気持ち悪いと疎まれていた自分の魔法が、ここでは何百人もの人々を笑顔にしている。


 クロエの胸に、かつて味わったことのない温かい誇らしさが満ちていた。


 さらにその隣の診療所エリアでは、ユーリがクールに腕を振るっていた。


「はい次の方。胃もたれと関節痛ね。こちらの特製粉末薬をどうぞ」


「あ、ありがとうございます、ユーリ様…!」


 住民がおそるおそる受け取った包みからは、相変わらず怪しい紫色の煙が立ち上っていた。


「飲むと一瞬だけ全身の毛が逆立つけど、三秒後には新品の体になるから安心してね」


「ヒッ、頑張って飲みます!」


 ゴクリと飲んだ住民が「ぶはあああっ!」と絶叫し、髪の毛を直立させながらも「痛みが消えた!」と大喜びで飛び跳ねていく。


 ユーリの圧倒的な調合魔法により、街の中で病気や怪我に苦しむ者は一人もいなくなっていた。


 そして街の中央市場では、フィオナがプロデュースしたお洒落なカフェと野外ステージが大盛況を見せていた。


「みんな、お仕事お疲れ様!休憩時間には冷たいフルーツジュースと、焼きたての大麦タルトはいかが?」


 華やかなエプロンをつけたフィオナが、とびきりの笑顔でトレイを配り歩く。


「フィオナ様、この音楽とても素敵ですね!」


「ふふ、ガゼルに作ってもらった特製音響スピーカーから、癒やしの魔導メロディを流しているのよ!街中に響く音楽で、みんなの元気をチャージしちゃうわ!」


 フィオナの演出によって、労働の場であるはずの街全体が、まるで毎日がお祭りのような明るい活気に包まれていた。


 そして要塞の外周部では、ヴァルターが長剣を携えて仁王立ちしていた。


「外周防衛網、微調整完了だ。市民の生活区域には一切反応せず、外部からの不審者のみを百発百中の花火と極楽コタツで無力化するよう設定した」


 要塞の守りは鉄壁であり、かつ内部の住民にとっては最高に安全な楽園が完成していたのである。


     

 死地に現れた奇跡の大都市。


 七貴族と住民たちが手を取り合い、世界一平和で楽しい街を作り上げるその一方で。


 山脈の遥か南、軍事大国『バルガリア帝国』の北部方面軍総司令部は、かつてない戦慄と恐怖に叩き落とされていた。


「…総司令官閣下!偵察部隊『黒狼隊』より、緊急の追加報告書が届きました!」


 青ざめた副官が、震える手で羊皮紙の束を机の上に叩きつけた。


 円卓を囲む帝国軍の将軍たちが、息を呑んで報告書を覗き込む。


 そこに記されていたのは、およそ正気とは思えない狂気の調査結果であった。


「…ば、馬鹿な…!我が帝国の辺境領民および周辺国の難民、計五百名以上が一瞬にしてあの死地へと吸い込まれただと!?」


 歴戦の将軍が額に脂汗を浮かべて叫んだ。


「それだけではありません!潜入した斥候の報告によれば、かの荒野に巨大な大理石の都市が出現し、わずか数日で完全に機能しているとのことです!」


「数日で都市を築き、五百人以上の胃袋を支えるだと!?一体どれほどの兵站能力と魔導技術を隠し持っているというのだ!」


 総司令官の男が、拳を強く握りしめて唸った。


「さらに恐ろしい報告がございます」


 副官が声を震わせながらページをめくった。


「移住した民衆たちは、かの七人を『現世に降臨した神々』と崇め、狂信的な忠誠を誓っているとのことです。反乱や暴動の気配は微塵もなく、全員が異常なまでの士気と笑顔で軍事拠点の拡張に従事していると!」


「洗脳だ…!」


 参謀の一人が悲鳴のような声を上げた。


「精神破壊兵器『コタツ』による初期洗脳に始まり、怪獣作物と紫煙の劇薬によって肉体と精神を完全に作り変えられたのだ!飢えた難民たちを巧みに誘い込み、忠実なる狂戦士の軍団へと仕立て上げているに違いない!」


「なんという恐るべき手腕…!一兵も損じることなく、他国の人口を吸い上げて自軍の戦力へと変換しているのか…!」


 司令部内に、絶望的な沈黙が広がった。


 彼らにとって、七貴族の行動はすべて「世界を股にかける冷酷非道な大戦略」として解釈されていた。


「総司令官、いかがいたしますか!?直ちに軍を動かし、あの拠点を包囲殲滅すべきでは!」


 若い将校が叫んだが、総司令官は即座に首を横に振った。


「馬鹿を言うな!一夜にして城を建て、兵器で黒狼隊を撃退した相手だぞ!下手に軍を差し向ければ、全軍が返り討ちに遭い、我が軍の兵士まであのコタツとやらに洗脳されて奪われるのがオチだ!」


「で、では…!」


「皇帝陛下からの勅命が下るまで、絶対に手出しは無用だ!周辺の警戒を最大レベルに引き上げ、奴らの動向を一秒たりとも見逃すな!」


 バルガリア帝国軍は、七人の変人たちが放つ圧倒的な力に完全に呑まれ、身動き一つ取れなくなっていたのであった。


 もちろん。そんな国際的な大パニックが巻き起こっていることなど、当の本人たちは知る由もなかった。


 夕暮れ時。


 夕日に赤く染まるウニ要塞のテラスに、七貴族が集まっていた。


 眼下に広がるのは、白く輝く美しい街並みと、豊かに実る緑の農園。


 通りには家路につく住民たちの楽しげな話し声が響き、あちこちの家から夕食の美味しそうな匂いが立ち上っている。


「すっげえなあ…」


 レオが手すりに身を乗り出し、目を輝かせながら呟いた。


「数日前までは、ただの岩と砂利しかなかった場所なんだぜ?それが今じゃ、こんなにたくさんの人が笑って暮らしてるんだからさ」


「ええ、本当に夢みたいね」


 フィオナが優しく微笑みながら隣に並んだ。


「王都にいた頃の退屈なお茶会が、何百年も昔のことみたいに思えるわ」


「私も…自分の作ったお野菜で、こんなにたくさんの人がお腹いっぱいになってくれるなんて…本当に嬉しいです」


 クロエが胸元で手をぎゅっと握りしめる。


「ふむ、頑丈な建物に囲まれ、人々が安心して眠れる環境を作る。これこそが建築家としての最高の誉れだぜ」


 ガゼルが豪快に笑う。


「外部からの脅威も完璧に排除されている。ここは世界で最も安全な場所だ」


 ヴァルターが静かに頷いた。


「住民の健康状態も極めて良好よ。私の調合した薬を嫌がる人も、最近は減ってきたわね」


 ユーリが満足そうに眼鏡を押し上げる。


 仲間たちの誇らしげな笑顔を見渡しながら、シルヴァンが手元の帳簿をパタンと閉じた。


「まったく、お前たちの無茶苦茶な暴走には散々付き合わされたが…まあ、結果としてこれだけの都市基盤が完成したことだけは、会計士として認めてやってもいい」


 シルヴァンの言葉に、レオがニヤリと笑って振り返った。


「おっ!シルヴァンが素直に褒めるなんて珍しいじゃん!」


「調子に乗るなレオ。ここからが本番だと言っているんだ」


 シルヴァンは人差し指を立てて、真面目な顔で告げた。


「いいか、これだけの人口とインフラを抱えた以上、もはやここはただの『秘密基地』や『集落』の規模を完全に超えている。一つの立派な『都市国家』だ」


「都市国家か、カッコいい響きだな!」


「カッコいいで済ませるな。国として存続するためには、明確な法体系、治安維持組織、税制、そして何より――対外的な『国名』と、各部門を統括する正式な『役職』が必要不可欠なんだ」


 シルヴァンの正論に、レオはポンと手を叩いた。


「なるほどな!確かに、ちゃんとした国の名前と俺たちの役職があった方が、絶対に盛り上がるよな!」


「盛り上がるかどうかはどうでもいいんだが…まあいい」


 シルヴァンが溜め息をつくと、レオは空に向かって拳を突き上げた。


「よーし決めたぞ!明日は街の住民たちも全員巻き込んで、盛大な『建国祭』を開催する!」


「建国祭!いいわねレオ、最高のお祭りにしましょう!」


 フィオナが両手を上げて飛び跳ねる。


「そこで俺たちの新しい国の名前を発表して、全員にイカした役職を任命するぜ!」


 レオは不敵な笑みを浮かべ、仲間たちを見渡した。


「俺たちの新しい国の誕生を、世界中に見せつけてやろうぜ!」


『おおおおーーーーっ!!』


 六人の大歓声が夕暮れの荒野に響き渡った。


 シルヴァンはポケットから最後の胃薬を取り出し、空を見上げた。


「…やれやれ。明日はいよいよ、僕たちの国が正式に誕生する日か」


 シルヴァンは呆れたように呟きながらも、その口元には確かな笑みが浮かんでいた。


 死地に芽吹いた小さな奇跡は、いま、歴史に永遠に刻まれる真の王国へと生まれ変わろうとしていた。


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