神聖セブン王国 誕生
雲一つない真っ青な空の下、かつて死地と呼ばれた大地に、信じられないほどの祝祭の音楽が鳴り響いていた。
大理石の中央広場を埋め尽くしたのは、着飾った数百人の住民たちであった。
広場のあちこちには色とりどりの旗がはためき、屋台からは香ばしい焼き肉やパンの匂いが漂っている。
記念すべき『第一回・建国祭』の幕開けであった。
「さあみんな、どんどん食べてちょうだい!おかわりは無限にあるわよ!」
祝祭の衣装に身を包んだフィオナが、広場のステージから元気いっぱいに声を張り上げる。
ガゼルが広場の四隅に設置した巨大な魔導音響スピーカーからは、街中に響き渡る最高のパーティーメロディが流れていた。
「フィオナ様、このメガアップルタルト、信じられないくらい美味しいです!」
「こちらのブドウジュースも、まるで飲む宝石のようだ!」
住民たちが笑顔でジョッキや皿を掲げ、歓声を上げる。
テーブルに並ぶのは、クロエが育て上げた規格外の農作物を使った絶品料理の数々であった。
「あ、あの、皆さん、たくさん食べてくれてありがとうございます」
頭のフードを少し持ち上げたクロエが、照れくさそうに笑いながら、焼きたての大麦パイを次々と配り歩く。
その隣では、ユーリが怪しい紫色の煙を立ち上らせる大鍋の前で、優雅にお玉を振るっていた。
「さあ、こちらの特製エナジードリンクもどうぞ。飲むと全身の血流が十倍になって、朝まで踊り明かせるわよ」
「いただきます、ユーリ様!うわっ、味はもの凄く苦いけれど、信じられないほど元気が湧いてきたぞ!」
ドリンクを呷った男たちが雄叫びを上げ、広場の中央で陽気に踊り狂い始める。
そして要塞の外壁の上からは、ヴァルターが長剣を構えながら合図を出した。
ヒュルルルルルッ!ドガガガガアンッ!
白昼の大空に七色の祝砲花火が次々と炸裂し、広場に降り注ぐ光の破片が住民たちの笑顔をきらきらと照らし出した。
「神々の祭典だ!」
「こんな幸せな日が来るなんて、生きていて本当によかった!」
トマをはじめとする元難民たちは、抱き合いながら涙を流して喜んでいた。
祭りの熱気が最高潮に達したその時、中央ステージの壇上に、金髪の青年が堂々と姿を現した。
レオ・アルスターである。
その姿を見つけた瞬間、広場を埋め尽くす群衆から、割れんばかりの歓声と拍手が巻き起こった。
『レオ様!レオ様!レオ様!』
「みんな、集まってくれてありがとな!」
レオが満面の笑みで両手を広げると、地鳴りのような歓声がピタリと静まり返り、全員が固唾を呑んで若きリーダーを見つめた。
「数日前まで、ここは何もないただの荒野だった!でも今、こうしてみんなが集まって、笑い合って、最高の街ができた!だから今日、俺たちはこの街を、世界で一番楽しい『本物の国』にすることをここに宣言するぜ!」
オーッ!と再び大地を揺るがす歓声が上がる。
「そこでだ!まずはみんながずっと気になっていた、俺たちの新しい『国の名前』を発表するぞ!」
広場全体に心地よい緊張感が走った。
ステージの脇で腕を組んでいたシルヴァンが、手帳を握りしめながら息を呑む。
レオは大きく息を吸い込み、青空を指差して高らかに叫んだ。
「我が国の名前は――『神聖セブン王国』だ!!」
ドッと湧き上がる群衆。
しかし、レオはそこで言葉を切らず、集まった住民たち一人ひとりの顔を見渡しながら、温かい声で言葉を続けた。
「どうして『セブン』なのか、その理由をみんなに伝えたい!この国は、俺たち七人だけの国じゃない!ここに住むみんなと交わす、『七つの約束』を守る国なんだ!」
レオは指を一本ずつ立てて、力強く宣言した。
「第一に、クロエが作る『世界一美味い飯』を毎日腹いっぱい食わせること!」
「第二に、ガゼルが建てる『世界一頑丈で快適な家』で安心して眠れること!」
「第三に、ユーリが作る『世界一の医療』で病気や怪我の苦しみから解放すること!」
「第四に、ヴァルターが守る『鉄壁の安全』で誰にも脅かされない暮らしを守ること!」
「第五に、フィオナが届ける『最高の音楽と美味い酒』で毎日楽しく過ごすこと!」
「第六に、シルヴァンが担当する『面倒で難しい計算や手続き』を完璧にこなして国を守ること!」
「そして第七に…俺が作るこの国にいる全員が、最後の一人まで毎日笑って暮らすことだ!!」
レオは拳を天へと突き上げた。
「この七つの約束を神聖なる誓いとして守り抜く国!だから『神聖セブン王国』だ!!」
静寂が訪れたのは、ほんの一瞬であった。
次の瞬間、広場はかつてないほどの熱狂と感動の嵐に包まれた。
『うおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!』
「七つの約束!なんと尊い誓いなのか!」
「俺たちのための国だ!私たちを本当に人間として愛してくださっているんだ!」
トマは地面に崩れ落ち、嗚咽を漏らしながら手を合わせた。
広場中の住民たちが涙を流し、互いに手を取り合って新しい国の誕生を祝った。
ステージ脇で聞いていたフィオナやクロエも、胸を打たれたように瞳を潤ませている。
「まったく、あいつはああいう台詞だけは天才的に上手いな」
シルヴァンは眼鏡を押し上げ、小さく笑った。
第六の約束に自分の名前が勝手に使われていたことには引っかかったが、レオの言葉には一片の嘘もなかったからである。
「よーし!国の名前が決まったところで、次はこの国を動かす中心メンバーの『役職』を発表するぜ!」
レオが再び声を張り上げた。
「まずは、この頑丈な街と要塞を一晩で作り上げた男!ガゼル・アイゼンを**『建築大臣』に任命する!」
「ガハハハハ!任せとけ!どんなデカい家でも一瞬で建ててやるぜ!」
ガゼルが壇上に上がり、巨大なハンマーを掲げて吠えると、住民たちから大喝采が飛んだ。
「続いて、みんなの安全を完璧に守り抜く男!ヴァルター・ハイネを『防衛大臣』に任命する!」
「承知した。我が国の平和を乱す者には、容赦のない極楽の温もりと祝砲花火を叩き込もう」
ヴァルターが長剣を胸に当てて礼を執ると、コタツの恩恵を知る住民たちから熱い拍手が送られた。
「次に、世界一美味しい作物を育ててくれる女神!クロエ・クロードを『農耕大臣』に任命する!」
「ひゃうっ!?は、はいっ、皆さんのお腹がいっぱいになるように、精一杯頑張ります!」
クロエがおずおずとお辞儀をすると、広場中から温かい歓声が降り注いだ。
「そして、万病を治す奇跡のドクター!ユーリ・エルハルトを『厚生大臣』に任命する!」
「ふふ、体調が悪くなったら遠慮なく診療所へいらっしゃい。少し苦いけれど、一秒で治してあげるわ」
ユーリが妖艶に微笑むと、住民たちが少し震えながらも大きな拍手を送った。
「さらに、この最高の祝祭をプロデュースしてくれた歌姫!フィオナ・ローゼンを『祝祭大臣』に任命する!」
「任せなさい!毎日がパーティーのような最高の国にしてみせるわ!」
フィオナが華麗にターンを決めると、会場のボルテージは最高潮に達した。
「そして俺、レオ・アルスターは『国王』だ!仕事は、みんながワクワクするような面白いことを思いつくことだ!」
全員がキラキラした役職名を与えられ、誇らしげに胸を張っている。
住民たちの拍手と歓声が鳴り響く中、シルヴァンだけが眉をひそめてステージを見上げていた。
「…おい、ちょっと待て」
シルヴァンは手帳をパラパラとめくり、首を傾げた。
「ガゼル、ヴァルター、クロエ、ユーリ、フィオナ、そしてレオ。…六人しか呼ばれていないぞ」
シルヴァンは壇上に歩み寄り、レオの服の裾を引いた。
「おいレオ。僕の名前がまだ呼ばれていないんだが?財務大臣か内務大臣あたりの任命状はどこだ?」
シルヴァンの問いかけに、レオは満面の笑みを浮かべて振り返った。
「おお、シルヴァン!待ってましたと言わんばかりの顔だな!お前には、誰よりも特別で重大な役職を用意してあるぜ!」
「ほう、特別だと?まあ当然だな。この国の予算管理も住民台帳も法整備も、すべて僕の頭脳で回しているのだからな」
シルヴァンが得意げに眼鏡を指で押し上げた、その時であった。
「全省庁を統括し、みんなの活動を完璧にサポートする唯一無二の存在!シルヴァン・シルバを…『全省庁・副大臣』に任命する!!」
レオが堂々と宣言した。
シーン……と、一瞬の静寂がステージ上を支配した。
「…はい?」
シルヴァンの眼鏡が、ツルリと鼻の先へ滑り落ちた。
「全省庁の…副大臣…?」
「そうだぞ!建築副大臣、防衛副大臣、農耕副大臣、厚生副大臣、祝祭副大臣、そして国王の補佐官だ!つまり全部門の副大臣だ!これからもよろしく頼むぜ、シルヴァン!」
レオが親指を立てて、眩しすぎる笑顔を向けた。
ガゼルがシルヴァンの肩をバンバンと叩く。
「頼むぜシルヴァン!俺、資材の計算とか領収書の整理とかマジで分からねえから、全部よろしくな!」
「私もだシルヴァン。防衛トラップの火薬調達予算と、設置許可申請書の処理を頼みたい」
「あ、あの、シルヴァンさん…私も、肥料の仕入れ伝票の書き方が分からなくて…」
「私の新薬の特許申請と、危険物取扱報告書の作成もお願いね、副大臣」
「祝祭の予算承認のサイン、今夜中に百枚ほどお願いするわね!」
五人の天才たちが、次々と屈託のない笑顔で書類の束を差し出してくる。
シルヴァンの脳内で、何かが音を立てて千切れ飛んだ。
「それって…実務と事務作業と責任を全部僕一人に丸投げするってことだろうがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!!!」
シルヴァンの絶叫が、荒野の果てまで木霊した。
「ふざけるなバカ者ども!全省庁の副大臣だと!?それは大臣たちのサポート役などという生ぬるいものではない!ただの押し付けだ!一人の人間がしていい業務量ではないぞ!!」
シルヴァンは胸ポケットから胃薬の小瓶を取り出し、蓋を外して十粒ほどまとめて口の中に放り込み、ボリボリと凄まじい音を立てて噛み砕いた。
「僕は断る!絶対に引き受けん!お前たち全員、自分の省庁の書類くらい自分で処理しろ!なぜ僕が二十四時間不眠不休で労働しなければならないんだ!」
シルヴァンが激怒して手帳を地面に叩きつけようとした、その時であった。
「シルヴァン様!偉大なる副大臣様万歳!」
「シルヴァン様がいてくだされば、この国は永久に安泰だ!」
広場の住民たちが一斉に膝をつき、シルヴァンに向かって心からの敬意と感謝の拍手を送り始めたのだ。
トマが涙を拭いながら叫ぶ。
「シルヴァン様!あなた様が夜通し帳簿をつけ、私たち一人ひとりの住まいや食事を整えてくださったことを、私たちは全員知っております!あなた様こそ、この国の命を支える真の守護神でございます!」
「シルヴァン様、ありがとう!」
「副大臣様、大好きー!」
子供たちが花束を抱えて駆け寄り、シルヴァンの腰にしがみついて満面の笑顔を向けた。
「う……」
シルヴァンは叩きつけようとした手帳を空中で静止させた。
見渡せば、広場中の人々が、自分を心から信頼し、頼もしそうに見つめている。
そして隣では、レオたちが「な?お前しかいないんだよ」と言わんばかりの悪戯っぽい笑顔を浮かべていた。
「…くっ」
シルヴァンは深く、長いため息を吐き出した。
手帳を拾い上げ、埃をパパッと払って胸ポケットへと戻す。
「…まったく。僕がいなければ、この国は一秒で破綻するからな」
シルヴァンが眼鏡を掛け直してそっぽを向くと、ステージ上と広場から、この日一番の割れんばかりの大歓声が巻き起こったのであった。
その日の深夜。
建国祭の喧騒が静まり返り、要塞全体が深い眠りについた頃。
ウニ要塞の最上階にあるシルヴァンの執務室には、一本の蝋燭の灯りが静かに揺れていた。
机の上には、すでに山のように積み上げられた各省庁からの申請書類。
その書類の山の片隅で、シルヴァンは血走った瞳をギラつかせながら、猛烈な勢いで羽ペンを走らせていた。
カリカリカリカリカリッ!
彼が執筆していたのは、国家の予算書でも、都市計画図でもなかった。
表紙には、黒々としたインクでこう記されていた。
『王国暗黒告発録:初代副大臣シルヴァン・シルバによる真実の手記』
「…ふふ、ふはははは」
シルヴァンは不気味な笑みを漏らしながら、怒涛の勢いで文字を刻み込んでいく。
「後世の人々よ、絶対に騙されるな。歴史書にはどうせ『高潔な志を抱いた七人の英雄が、完璧な計画のもとに建国した』などと美化されて書かれるに決まっている。だが、現実は違う。これは、ただの変人どもに人生を狂わされた一人の会計士の、血と涙の告発状だ」
シルヴァンはありのままの真実を容赦なく書き綴っていった。
『国王レオは、国家の未来など何も考えていない。ただの無鉄砲と思いつきで生きている男である』
『建築大臣ガゼルの建てた要塞宮殿は、ただの自己満足のトゲだらけウニ城であり、玄関に入るだけで三回死にかける』
『防衛大臣ヴァルターの仕掛けた兵器は、人間を骨抜きにするただのコタツと迷惑な花火である』
『農耕大臣クロエの作った作物は、突然変異で巨大化したただの事故である』
『厚生大臣ユーリの薬は、ドブのような悪臭を放ち、飲むと髪の毛が直立する劇薬である』
『祝祭大臣フィオナは、偉そうにお酒を語るくせに、匂いを嗅いだだけで開始五秒で泥酔して寝落ちするポンコツである』
『そして私シルヴァンは、全省庁の副大臣という名のただの過労死枠として、毎日胃薬を貪り食わされている』
「よし……書き上げたぞ」
数百ページにも及ぶ分厚い手記を書き終えたシルヴァンは、満足そうに息を吐いた。
彼は原稿を幾重にも油紙で包み、決して錆びない頑丈なミスリル製の小箱へと収めた。
そしてカチリと三重の鍵をかけ、部屋の隅の床板を外し、地中深くへと厳重に埋め隠した。
「いつの日か、未来の真っ当な歴史家がこれを発見した時、あの変人どものメッキはすべて剥がれ落ちるのだ。楽しみにしておくがいい!」
シルヴァンは邪悪な達成感に浸りながら、再び書類の山へと向かい合い、朝まで続く事務作業へと身を投じるのであった。
そして、時は流れ。
数百年後の未来。
大陸全土にその名を轟かせる超大国『神聖セブン王国』の王立歴史研究所にて。
眩い魔導フラッシュの光が、記者会見場を埋め尽くしていた。
「所長!伝説の初代副大臣、大賢者シルヴァン様の手記が遺跡から発見されたというのは本当ですか!?」
「建国の真実が、ついに明らかになるのですね!?」
壇上に立った歴史研究所の最高責任者は、厳粛な面持ちでマイクの前に立ち、ゆっくりと頷いた。
「うむ。かの偉大なる建国の七英雄の一人、国家の礎を築いた知恵の神、シルヴァン閣下が遺されたとされる小箱が、ウニ要塞跡地の地下から発掘されたのは事実である」
おおっ!と記者たちからどよめきが上がる。
「して、その手記の内容は!?歴史書に記された七英雄の偉業を裏付けるものだったのですか!?」
記者の問いかけに対し、所長は静かに首を横に振った。
そして、酷く憐れむような、悲痛な表情を浮かべてこう発表した。
「……調査の結果、この文書はすべて、激務を極めていたシルヴァン閣下が、あまりの過労と心労によって精神を病み、晩年に執筆された『荒唐無稽な妄想ファンタジー小説』であると断定された」
会場が水を打ったように静まり返った。
「考えてもみたまえ」
所長はメガネを押し上げ、呆れたように手元の資料を読み上げた。
「高潔なる初代国王がただの思いつきで行動していたはずがない。威風堂々たるウニ要塞の合言葉が自画自賛であるはずがない。天下無双の防衛大臣がコタツなる暖房器具で敵を捕獲していたはずがない。そして何より、美しき祝祭の女神フィオナ様が、お酒の匂いを嗅いだだけで開始五秒で泥酔して寝落ちするなど、あまりにも非論理的で信憑性が皆無である」
所長は深くため息をつき、厳かに結論づけた。
「類まれなる天才会計士であったシルヴァン閣下も、あまりの多忙さに、このような奇妙なユーモア小説を書いて気を紛らわせるしかなかったのだろう。誠に痛ましいことである。よって、この手記は歴史的資料としての信憑性ゼロと判定し、地下書庫の奥深くに永久封印することとする」
記者たちも納得したように深く頷き合った。
「なるほど、やはり七英雄様は、正史の通り『崇高なる理念と完璧な計画』に基づいて国を創られたのだな」
「偉大な英雄たちに、一片の曇りもなしだ!」
とある街の、温かな家庭の子供部屋。
母親が、ベッドに入った幼い子供に、美しい装丁の絵本を優しく読み聞かせていた。
「こうして、慈悲深き光の王レオ様と、知恵の神シルヴァン様をはじめとする七人の偉大な英雄たちは、苦しむ民のために立ち上がり、崇高なる愛と平和の国をお創りになられたのです。めでたし、めでたし」
「わあ、七英雄様って、すっごく立派でカッコいいんだね!」
「ええ、そうよ。世界で一番完璧で、清らかな英雄様たちだったのよ」
母親は微笑み、子供の額に優しくキスをして部屋の明かりを消した。
真実は永遠の闇の中へ。
歴史の光と影の狭間で、かつて死地に集まった仲良し七貴族のノリと勢いによる大暴走は、今日も世界中で最も美しい神話として語り継がれているのであった。




