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荒野の迷い人と過剰なおもてなし


 大陸北西部に連なる魔の山脈は、古くから旅人や商人たちに恐れられる天然の障壁であった。


 険しい岩肌が天を突き、冷たく乾いた風が吹き荒れるその山脈の獣道を、必死の形相で進む哀れな一団がいた。


 衣服はボロボロに裂け、靴底は擦り切れ、顔には泥がこびりついている。


 彼らは隣国の重税と圧政から逃れてきた難民であり、先頭を歩くのは元行商人の男、トマであった。


「みんな、あと少しだ。この山を越えれば、どこかに人が住める土地があるはずだ」


 トマは唇を震わせながら、後ろを歩く仲間たちに声をかける。


 しかし、一行の体力と精神力はとっくに限界を迎えていた。


 水筒の水は昨日の朝に最後の一滴を飲み干し、乾燥肉の切れ端も子供たちに分け与えて底をついている。


「トマさん、もう一歩も足が前に出ません」


「喉が渇いたよ、お母ちゃん」


 幼い少女を抱きかかえる母親が、力なくその場に崩れ落ちそうになる。


 腰を曲げた老人は杖にすがりつき、荒い息を吐きながら立ち止まった。


 だが、運命の過酷さはそれだけに留まらなかった。


 彼らの背後の岩陰から、低く濁ったうなり声が響き渡った。


 グルルルルッ。


 姿を現したのは、二頭の荒野狼であった。


 鋭い牙からは涎が滴り落ち、飢えた瞳で獲物を見定めている。


「くそっ、こんな時に魔物まで現れやがったか!」


 トマは腰の錆びた短剣を抜き放ち、仲間たちの前に立ち塞がった。


 だが、飢えと疲労で震える腕では、凶暴な魔獣の突進を受け止めることなど不可能であった。


「逃げろ!早く平原の方へ走るんだ!」


 トマの絶叫を受け、一行は悲鳴を上げながら斜面を駆け下りた。


 転がるようにして雪崩れ込んだ先は、見渡す限り岩と砂利が広がる場所であった。


 地図にすら名前が載っていない、誰もが避けて通る絶対の死地である。


     

「はぁ、はぁっ!ここは一体どこなんだ!」


 岩だらけの平原を必死に走るトマたちであったが、魔獣の足はあまりにも速かった。


 背後から迫る獣の息遣いが、すぐそこまで迫る。


 先頭を走る荒野狼が地面を蹴り、トマの背中めがけて鋭い爪を振り下ろそうとした、まさにその瞬間であった。


 カチリ。


 トマの足元で、小さく乾いた金属音が鳴り響いた。


「え?」


 トマが足を止める間もなく、足元の黒い岩盤が勢いよく左右に開いた。


 地中から巨大な三本の金属筒がニョキニョキと生え出し、真昼の青空へ向かって信じられない火花を吹き上げた。


 ヒュルルルルルルルッ!


 ドガガガガガガガアンッ!


 澄み渡る大空に、赤、青、黄色、紫の極彩色の閃光が炸裂した。


 大地を揺るがす大爆発と、空間全体を包み込む目も眩むような光のシャワー。


 さらに、どこからともなく陽気極まりない爆音のメロディが鳴り響いた。


『イェェェーイ!お客様のご来場です〜♪』


「キャオオオオン!?」


 飛びかかろうとしていた荒野狼は、至近距離で超高輝度の閃光花火をまともに浴び、目を回して地面を転がった。


 鼓膜を破壊せんばかりのファンファーレに恐れをなし、尻尾を股の間に巻き込みながら、一目散に山脈の彼方へと逃げ去っていった。


「た、助かったのか?いや、それより何だこの光と音は!」


 トマが目を白黒させて立ち尽くしていると、今度は周囲の地面が一斉にボフンと音を立てて跳ね上がった。


「うわあっ!?」


 地面の穴から飛び出してきたのは、ぬくぬくと湯気を立てる木製の四角いテーブルと、羽毛のように分厚く柔らかな掛け布団であった。


 さらに、テーブルの四隅から勢いよく射出された金属製のアームが、トマ、母親、子供、老人の衣服を寸分の狂いもなく掴み取った。


 ズボッ!ズボッ!ズボッ!


「ひゃあああっ!?」


「な、何に引っ張り込まれたの!?」


 一瞬にして全員がテーブルの下へと引きずり込まれ、肩まで温かい布団で隙間なく包み込まれた。


「な、なんだこれは!罠か!?」


 トマはパニックになり、必死に体を抜け出そうともがいた。


 しかし、次の瞬間、下半身を包み込んだ圧倒的な温もりが、トマの全身から抵抗する力を綺麗さっぱり奪い去った。


「…あ、あったかい」


 何日もの間、凍えるような夜風に耐えてきたトマの体に、極上の地熱温風がじわじわと染み渡っていく。


 見上げれば、テーブルの天板の上には、湯気を立てる香ばしいお茶と、ツヤツヤと黄金色に輝く巨大なミカンが人数分セットされていた。


「トマさん、これ、すっごく甘くて美味しいです」


 幼い少女がすでにミカンの一房を口に含み、とろけるような笑顔を浮かべていた。


「お茶も、骨の髄まで染み渡るようじゃ」


 老人も両手で湯呑みを持ち、幸せそうに目を細めている。


「ば、馬鹿な、俺たちはさっきまで死にかけていたはずなのに、ここは一体何なんだ」


 トマが涙をこぼしながらミカンを頬張っていた、その時であった。


「おーい!花火が上がったぞー!」


「侵入者か!?いや、コタツに引っかかっているから捕獲完了だな!」


 荒野の彼方から、信じられないほど陽気な足音が近づいてきた。


     

 現れたのは、目を疑うほど華やかで美しい七人の男女であった。


 先頭を走ってきた金髪の青年が、コタツにみっちりと詰まったトマたちを見て目を丸くした。


「うわっ!本当に人が入ってる!しかも子供もお年寄りもいるじゃん!」


「ふむ、私の過剰防衛トラップが完璧に機能したようだな」


 腰に長剣を差した青年が満足そうに頷く。


「機能しすぎだバカ者!早くコタツから出して差し上げろ!」


 眼鏡をかけた神経質そうな青年が怒鳴りつけ、大男が怪力でコタツを分解してトマたちを救出した。


 地面にへたり込んだトマは、恐る恐る七人を見上げた。


 全員が王都の一流貴族のような気品を漂わせているが、その背後にそびえ立つ建造物を見て、トマの心臓は再び凍りついた。


 白く巨大な宮殿の外壁から、数千本もの禍々しい黒い刺が突き出ている。


 さらにその足元には、大人の胴体ほどもある巨大な果実が実る異様な農園が広がっていた。


 トマの脳裏に、最悪の想像が駆け巡った。


 自分たちは、禁忌の魔術を研究する恐ろしい狂気の貴族たちの実験場に迷い込んでしまったのではないか。


 トマは子供をかばうように抱きしめ、額を地面に擦り付けた。


「お、お助けください貴族様!私どもは街道を追われ、行き場を失ったただの難民でございます!決して怪しい者ではございません!どうか、命だけはお助けを!」


 トマの悲痛な懇願。


 普通なら、冷酷に追い払われるか、奴隷として首輪をはめられる場面である。


 しかし、金髪の青年、レオの反応は、トマの予想を根底から覆した。


「え?難民?ってことは、住む場所を探してる人たちってことか?」


「は、はい、その通りでございます」


 レオは隣に立つ眼鏡の青年、シルヴァンの背中を力いっぱい叩き、太陽のように眩しい笑顔を咲かせた。


「聞いたかシルヴァン!記念すべき第一号のお客さんだーーっ!!」


「痛い!叩くな!って、お客さんだと!?」


「そうだよ!俺たちの国に初めてやって来てくれた、大切なお客さんだ!よーしみんな!最大級のおもてなしでお迎えするぞーーっ!」


『おおおおーーーーっ!!』


「…へ?」


 トマが呆然と顔を上げた瞬間、七貴族による怒涛のおもてなし作戦が幕を開けた。


     

「さあさあ、遠くからよく来てくれたわね!まずは埃を落として、温かいお風呂に入りましょう!」


 華やかなドレスをまとった美女、フィオナがトマたちをトゲだらけの宮殿の中へと案内した。


 恐る恐る足を踏み入れたトマたちは、その内装の美しさに息を呑んだ。


 外見の刺々しさとは裏腹に、内部は磨き抜かれた大理石と柔らかな絨毯で満たされ、奥には湯気を立てる巨大な温泉大浴場が広がっていた。


「ガゼルが一瞬で掘り抜いた、天然鉱石仕込みの超快適大浴場よ!遠慮しないで入ってちょうだい!」


 トマたちは恐る恐る湯船に体を沈めた。


 手足の先まで心地よい温もりが染み渡り、何日も張り詰めていた緊張と疲労が、湯気と共に溶け出していく。


 風呂から上がると、今度は羽毛のように軽くて肌触りの良い麻の服が人数分用意されていた。


「これ、クロエちゃんが育てた魔法の綿花で編んだ服よ!軽くて温かいでしょう?」


「す、すごい、こんな上質な服、触ったこともない」


 母親が涙ぐみながら子供に着替えさせる。


 だが、衝撃はそれだけでは終わらなかった。


「お風呂の後は、待ちに待ったお食事の時間よー!」


 大理石の宴会ホールに案内された瞬間、トマたちの胃袋が一斉に猛烈な音を立てた。


 五十メートルの大テーブルの上に、山のようなご馳走が所狭しと並べられていたのだ。


「お待たせしました、焼き立ての大麦パンと、温かいカボチャのポタージュスープです」


 大きなフードを被った少女、クロエが、お盆に乗せた料理を一生懸命に運んでくる。


 テーブルの中央には、大人の頭ほどもある巨大なリンゴとイチゴの盛り合わせ、香ばしいハーブで焼き上げた温野菜、そして黄金色に輝く焼きたての肉料理が湯気を立てていた。


「こ、これを、私たちが食べてもよろしいのですか?」


 トマが震える声で尋ねると、上座に座っていたレオが豪快に笑った。


「当たり前だろ!腹減ってんだろ?遠慮しないで死ぬほど食ってくれ!」


「い、いただきます!」


 トマが焼きたての大麦パンをちぎり、口に運んだ。


 その瞬間、トマの瞳から大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちた。


「な、なんだこのパンは!外は信じられないほどパリッとしていて、中はモチモチで甘い!スープも、野菜の旨味が口いっぱいに広がって、こんなに美味いもの、生まれて一度も食べたことがない!」


「美味しい!お母ちゃん、すっごく美味しいよ!」


「ああ、ミーナ、よかったね、本当によかったね」


 難民の一行は、抱き合いながら夢中で料理を口に運んだ。


 あまりの美味さと温かさに、全員が声を上げて泣きながら食事を平らげていく。


 その様子を、クロエは離れた場所から嬉しそうに見つめていた。


「よかった、喜んでもらえて、本当によかったです」


「ふふ、クロエちゃんの野菜は世界一だもの。当然よ」


 フィオナがクロエの頭を優しく撫でる。


 するとそこへ、白衣を着たクールな美女、ユーリが怪しい漆黒の小瓶をトレイに乗せて歩み寄ってきた。


「皆さん、お食事が終わったようね。それでは仕上げに、こちらの薬をどうぞ」


 小瓶のフタが開いた瞬間、部屋中にドブ川と焦げたゴムを混ぜ合わせたような強烈な悪臭が漂い出した。


「ヒッ!こ、これは?」


「気にしないでちょうだい。長旅で傷んだ内臓を修復し、すべての病原菌を死滅させる特製の滋養強壮薬よ。少し味が個性的だけれど、一気に飲めば平気よ」


「あ、ユーリ!難民の皆さんにいきなりそれを飲ませるな!」


 遠くからシルヴァンが青ざめて駆け寄ってきたが、時すでに遅かった。


 長年の過酷な労働で足腰を痛めていた老人が、震える手で小瓶を一気に呷ってしまったのだ。


「ゴクッ……ぶはあああああああっっっっ!?」


 老人は目玉を飛び出させ、全身の毛穴から紫色の煙をプシューッと噴き出して床を転がり回った。


「じ、爺さん!しっかりしろ爺さん!」


 トマが叫んだ、次の瞬間であった。


 スチャッ!


 老人が、見たこともない軽やかな動きで跳ね起き、その場で高くジャンプした。


「な、なんじゃこれはーっ!曲がらなかった腰が真っ直ぐ伸びる!五十年前に痛めた膝の痛みが完全に消えておるぞい!?」


「えええええっ!?」


「ふふ、大成功ね。味は地獄だけれど、効能は神の領域よ」


 ユーリが満足そうに微笑む。


 トマたちも恐る恐るその薬を飲み干し、全員が悶絶のあまり絶叫しながらも、長年の疲労や古傷が一瞬で完治するという奇跡を体験した。


     

 その夜。


 ガゼルが用意した、羽毛布団が敷き詰められた最高級の客室にて。


 身も心も清められ、満腹になり、持病まで完治した難民たちは、円になって正座していた。


 部屋の空気は、静まり返っていた。


「…トマさん」


 老人が、真っ直ぐに伸びた自分の背筋を撫でながら震える声で口を開いた。


「わしらは、とんでもない方々に出会ってしまったのではないじゃろうか」


「ああ、俺もそう思っていたところだ」


 トマの瞳には、かつてない異様な光が宿っていた。


「考えてもみろ。魔獣を一撃で退散させる七色の神火。触れた者の苦痛を癒やす魔法の暖炉。一瞬で荒野を緑に変え、見たこともない巨大な果実を実らせる奇跡。そして、死の病すら一瞬で消し去る霊薬」


 トマはごくりと唾を飲み込み、仲間たちを見渡した。


「あのお方たちは、ただの貴族なんかじゃない。この乱れた世界を救うために、天から舞い降りた『生ける神々』だ」


 その言葉に、母親も老人も、深く何度も頷いた。


「レオ様は、太陽の如き慈悲で我らを導く光の主」


「クロエ様は、大地の恵みをもたらす豊穣の女神様」


「ユーリ様は、あらゆる苦痛を拭い去る救済の神官様」


「ガゼル様は天の宮殿を築く創造神、ヴァルター様は悪を討ち払う守護神、フィオナ様は喜びを運ぶ祝祭の女神様、そしてシルヴァン様はすべてを司る知恵の神様じゃ」


 難民たちの心の中で、七貴族の存在は完全に人智を超えた信仰の対象へと昇華されていた。


「こんな奇跡の楽園が、この世に実在していいはずがない。私たちは神々の庭に招かれたのだ」


 トマは拳を強く握りしめた。



 翌朝。


 ウニ要塞のエントランスホールに、七貴族が集まっていた。


「ふぁあ、よく寝た!さて、あのお客さんたち、少しは元気になったかな?」


 レオが豪快に伸びをしながら現れた。


 そこへ、トマを先頭にした難民たちが、整然とした足取りで歩み寄ってきた。


 その顔つきは、昨日の怯えきった難民のものとは完全に異なっていた。


 全員の目が、聖なる使命感に燃え上がり、爛々と輝いていたのだ。


 ズザザッ!


 トマたち全員が、一糸乱れぬ完璧な動作で床に両膝をつき、レオたちの足元へ深々と平伏した。


「うわっ、なんだなんだ!?どうしたんだトマ!?」


 レオが驚いて後ずさりする。


 トマは顔を上げ、涙を流しながら、張り裂けんばかりの大声で叫んだ。


「偉大なる神々の主、レオ様!そして慈悲深き六柱の神々様!昨夜賜りました数々の神跡と無上の恩寵、我ら一同、魂の底より感謝申し上げます!」


「は?神々?」


 レオがぽかんと口を開けた。


 トマは熱狂的な眼差しでレオを見つめ、言葉を続けた。


「私たちは悟りました!この荒野こそが、神々が創り給うた地上の楽園であることを!どうか、愚かな我らに神々の御言葉を!我々は何をなすべきでしょうか!」


 あまりの熱気と異様な雰囲気に、後ろにいたガゼルやクロエも目を丸くしている。


 シルヴァンだけが、額に青筋を立てて手帳を開いた。


「おいお前たち、何を勘違いしているか知らんが僕たちはただの人間だ。神などという非論理的な存在ではない。とりあえず住む場所を希望するなら、ここに身元を…」


「あー、そういう堅苦しいのはいいからさ!」


 レオがシルヴァンの言葉を遮り、トマたちの前にしゃがみ込んだ。


 そして、いつもの人懐っこい笑顔で、ポンとトマの肩を叩いた。


「俺たちはさ、ここで世界一楽しい国を作ろうとしてるんだ。だからお前たちも、ここで楽しく暮らしてくれればそれでいいぜ!」


「おお…なんと広大なる慈悲…!」


「あ、そうだ!もし山脈の向こうに、お前たちみたいに飢えてたり、困ってたり、苦しんでる友達や知り合いがいたらさ」


 レオは笑い、親指を立てた。


「遠慮しないで、どんどんここに連れてきていいぞ!人が多い方が、絶対に楽しいからな!」


 レオにとっては、単なる「友達を呼んでバーベキューをしよう」くらいの軽い思いつきであった。


 しかし、トマたちの耳には、その言葉が天地を揺るがす『神託』として響き渡った。


 ドクンッ!


 トマの心臓が跳ね上がった。


(神が…いま神が、我らに仰られた…!)


(苦しむ同胞を救い出し、この奇跡の楽園へと導けと…!)


(これこそが、我ら生かされた信徒に与えられた、唯一無二の聖なる使命なのだ!!)


 トマの瞳から、大粒の涙が滝のように溢れ出した。


「ハッッッッ!!畏れ多くも尊き神の御意志、このトマ、命に代えても果たしてまいります!!」


「え?いや、命かけるほどのことじゃ――」


「同胞たちよ、立ち上がれ!」


 トマが立ち上がり、仲間たちに向かって叫んだ。


「神は我らに、迷える民を導く導きの杖となれと命じられた!大陸中で飢えに苦しむすべての兄弟姉妹に、この奇跡を届けに行くぞ!!」


『おおおおおおおおっ!!』


 老人までもが軽やかなステップで跳ね起き、母親も子供も拳を高く突き上げた。


「ちょ、ちょっと待てぇぇぇぇぇーーーーーいっ!!」


 静寂を切り裂いたのは、シルヴァンの絶叫であった。


 シルヴァンは手帳を放り投げ、血相を変えてトマの前に立ちはだかった。


「待て!話を落ち着いて聞け!勝手に人を呼び集めるな!いいか、人口の急激な増加は食料供給ラインの崩壊、治安の悪化、居住区の不足、さらには周辺諸国からの軍事的警戒を招くんだ!連れてくるにしても、まずは計画書を作成して審査を――」


「シルヴァン様!偉大なる知恵の神よ!」


 トマはシルヴァンの両手をがっちりと握りしめ、熱い涙を流しながら言った。


「神の御心に迷いは不要にございます!我らは必ずや、何百、何千の同胞をこの聖地へと導いてまいります!どうか、我らの信仰の旅路を見守りください!」


「人の話を聞けバカ者ーーーーっ!!」


「では、行ってまいります!!この国のためにーーっ!!」


「「「行ってまいりますーーーっ!!」」」


 ダダダダダダダダッ!


 トマを先頭にした難民たちは、シルヴァンの制止を完全に無視し、風のような猛スピードで荒野へと駆け出していった。


 昨日まで足を引きずっていたはずの老人が、先頭を切って岩山を飛び越えていく。


 その背中を見送りながら、レオは満足そうに腕を組んで頷いた。


「よし!めちゃくちゃ元気になったな!友達、いっぱい来てくれるといいなー!」


「ええ、みんな生き生きとした良い笑顔だったわね!」


 フィオナが手を振る。


「たくさん人が来たら、もっと大きな畑を作らなきゃですね、頑張ります!」


 クロエがやる気満々で杖を構える。


「新しい家を百軒くらい一晩で建てられるよう、設計図を書いておくぜ!」


 ガゼルが鼻息を荒くする。


「大量の来訪者に備え、コタツトラップの設置数を十倍に増やそう」


 ヴァルターが真面目な顔で頷く。


「あ、あ……」


 青空の下、シルヴァンは手帳を拾い上げることすらできず、その場に崩れ落ちた。


 ポケットから取り出した胃薬の小瓶は、すでに空っぽであった。


「…終わった。あいつら、絶対に大陸中で尾ひれをつけて言いふらすぞ…数日後には、何百人もの難民が津波のように押し寄せてくるに決まっている…」


 シルヴァンは天を仰ぎ、乾いた笑い声を漏らした。


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