女子会トリオの暴走!爆速エール造り開始
ウニ要塞の奥、ガゼルが腕によりをかけて一瞬で削り出した特設の醸造室。
そこには、樹齢五百年の大木をくり抜いて作られた、高さ三メートルはあろうかという巨大な木樽がずらりと並んでいた。
「さあ!二人とも、準備はいいかしら!?」
部屋の中央で、腕まくりをしたフィオナが気合十分で声を張り上げた。
その両脇には、大きな木製の杖をぎゅっと握りしめたクロエと、試験管や怪しいフラスコを器用に指先で弄ぶユーリが並び立っている。
「は、はいっ…!お酒造りは初めてですけど…お野菜やお花を育てるのと同じ気持ちで頑張ります…!」
「ええ、私も準備万端よ。醸造学の基礎文献はすべて頭に入っているわ。人体の構造を知り尽くした私なら、最高の吸収効率と快楽をもたらす黄金比率を導き出せるはずよ」
「頼もしいわ!これぞ我が国の精鋭を集めた『女子会トリオ』の底力よ!」
フィオナは満足そうに腰に手を当て、二人に指示を飛ばした。
「エール造りの第一歩は、なんと言っても極上の『大麦』と『ホップ』よ!クロエちゃん、素材の調達をお願いできるかしら!?」
「お任せください…!荒野の地脈から、最高の栄養を集めてみます…!」
クロエは深呼吸を一つすると、床の石畳に杖の先端をトンと突いた。
彼女の全身から、新緑のような優しくも圧倒的な魔力が立ち上る。
「大地の恵みよ、黄金の穂先となりて実りなさい」
クロエが唱えた瞬間、醸造室の土間から、無数の緑の芽が一斉に勢いよく飛び出してきた!
シュババババッ!と音を立てて茎が伸び、見る見るうちに太く逞しく成長していく。
しかし。
「あら、クロエちゃん。土の栄養が少し足りないかもしれないわね?私の特製『超活性化オーガニック肥料(試作第9号)』を足してあげるわ」
「えっ、ユーリさん待って…」
クロエの制止が間に合うはずもなく、ユーリがフラスコから紫色の怪しい液体をドバドバと土壌に注ぎ込んだ。
ジュワワワワッ!!と怪しい紫の煙が立ち上り、甘美な薬草の香りが室内に充満する。
そして次の瞬間、大麦とホップの成長は、完全に物理法則の彼方へと突き抜けた。
ズズズズズズン!!
「きゃああっ!?」
クロエが悲鳴を上げて飛び退く。
床から生え出た大麦の茎は、丸太のように太く膨れ上がり、その先端に実った大麦の粒は――なんと一つ一つがラグビーボールほどの巨大さに膨れ上がっていた!
さらに壁を伝って伸びたホップのツタには、大人の頭よりも巨大な、青々とした松ぼっくり状のホップが鈴なりに実り、部屋中に強烈で爽快な柑橘系の香りを撒き散らしている。
「す、すごい…!麦の一粒で、パンが十個焼けちゃいそうな大きさです…!」
クロエが目を丸くしてラグビーボール大の麦粒を見上げる。
「あら、とても立派に育ったわね。煙のおかげで、糖度とアロマ成分が通常の五百倍に凝縮されているわ」
ユーリが手帳にサラサラとメモを取りながら微笑む。
「完璧よクロエちゃん、ユーリ!こんなに瑞々しくて香り高い素材、世界中どこ探しても手に入らないわ!」
フィオナは大興奮で巨大ホップを抱きしめた。
「さあ、素材は揃ったわ!次は『糖化』と『煮沸』、そして最大の難関である『発酵』よ!ユーリ、出番よ!」
「ええ、任せて」
ユーリは白衣の袖をまくり、怪しい色の小瓶をずらりと樽の前に並べた。
「通常、エールを造るには麦芽を粉砕して糖化させ、ホップを加えて煮沸し、さらに酵母を加えて数週間から数ヶ月の発酵・熟成期間を置く必要があるわ」
「そうよね…今夜の宴会には、どうしても時間が足りないのがネックだったのよ」
フィオナが少し眉を寄せると、ユーリは不敵な笑みを浮かべた。
「ふふ、だからこそ私の出番なのよ。私の調合した『超高速細胞分裂促進酵素』と『時空間圧縮発酵液』を使えば――数週間の発酵プロセスをわずか三分に短縮できるわ」
「さ、三分…!?」
クロエが呆然と口を開ける。
「それだけじゃないわ。せっかく造るのだから、飲む人を元気にする効能もプラスしておいたの」
ユーリは小瓶を次々と大樽の中に投入していった。
「まずは、どんな疲労も一瞬で吹き飛ぶ『竜の涙エキス』。次に、飲むと全身の血流が良くなってテンションが爆上がりする『天界の興奮草パウダー』。そして仕上げに、翌朝の二日酔いを完全に無効化する『神聖肝臓保護エキス』よ」
「な、なんだか凄まじい成分ばかりですね…!?」
「大丈夫よクロエちゃん、毒じゃないわ(たぶんね)。いくわよ…発酵促進魔法、起動!」
ユーリが巨大樽に両手をかざし、魔力を注ぎ込む。
ドクンッ!!
巨大な樽が、まるで巨大な心臓のように大きく一度脈打った。
ゴボゴボゴボゴボッ!!
樽の中から、凄まじい勢いで泡立つ音が響き渡る。
樽の継ぎ目から、七色に輝く幻想的な蒸気がプシューッと噴き出し、醸造室全体が夢のように芳醇な香りで満たされていく。
大麦の香ばしい甘み、ホップの爽やかで華やかな苦味、そしてフルーツのようなフルーティーなアロマ。
一分、二分、三分。
チーン!という謎の甲高い音が樽の中から響いた。
「…完成よ」
ユーリがフッと額の汗を拭い、微笑んだ。
「早すぎる…!でも、香りが…香りが信じられないくらい美味しそうです…!」
クロエが思わずゴクリと喉を鳴らす。
「よし!試飲してみましょう!」
フィオナが樽の蛇口を勢いよく捻った。
ジョボボボボッ!
ガゼルが削り出した特製の大理石ジョッキに、黄金の液体が勢いよく注ぎ込まれる。
澄み渡るような黄金色の液体の上に、まるで雪のように白く、きめ細やかな泡がふんわりと乗っかっている。
見た目だけでも、王都の一流貴族たちが大金を積んで買い求める幻の名酒を遥かに凌駕していた。
「できた……!私たちの手で、本当にエールを造っちゃったわ!!」
フィオナは歓喜の声を上げ、ジョッキを高く掲げた。
「さあ!男たちを呼んで、今夜の大宴会を始めましょう!!」
大理石の宴会ホールには、すでに待ちきれない様子の男たちが集まっていた。
「おいおいフィオナ!本当に酒ができたのか!?」
レオが目を輝かせながらテーブルから身を乗り出す。
「半日も経ってねえぞ?水で薄めた麦汁が出てくるんじゃねえだろうな?」
ガゼルが腕を組み、ニヤニヤと笑う。
「ふむ、もし不完全なアルコールであれば、私が過剰な魔法で純アルコールへと変換する用意があるが」
ヴァルターが真面目な顔で長剣に手を添えている。
「頼むから、爆発するような液体だけは勘弁してくれよ…」
シルヴァンはすでに胃薬を片手に構えていた。
そんな男たちの前に、フィオナ、クロエ、ユーリの三人が、黄金のエールがなみなみと注がれた大理石ジョッキを運び込んできた。
トンッ!とテーブルに置かれた瞬間、ホール全体に圧倒的な香気が広がった。
「…なっ!?」
シルヴァンが目を見張った。
「こ、この香りは…!?雑味が一切なく、完璧に熟成された極上のエールでしかあり得ない、深みのあるアロマだと…!?」
「へへっ、驚くのはまだ早いぜ、シルヴァン!」
レオが自分のジョッキを力強く掴み取った。
「女子たちが魂込めて造ってくれたんだ!疑う前に、まずは飲むのが礼儀ってもんだろ!」
レオは全員を見渡し、ジョッキを高らかに掲げた。
「七人の大親友と、今日から始まる俺たちの最高に楽しい国に――乾杯っっっっ!!」
『乾杯ーーーーーーっっっっ!!』
ガキンッ!と重厚な石のジョッキがぶつかり合い、黄金の飛沫が舞い散る。
そして全員が一斉に、ジョッキに口をつけてエールを一気に煽り込んだ。
ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ……ぷはぁぁぁぁぁぁっ!!
一拍の静寂の後、宴会場が爆発した。
「う……うめえええええええええええええっっっっっ!!!!」
レオがジョッキをテーブルに叩きつけ、絶叫した!
「なんだこれ!?最初の一口でキリッとした爽快な苦味が喉を突き抜けたと思ったら、その後にもの凄い麦の甘みとフルーツの香りが爆発して追いかけてくる!!」
「が、ガハハハハッ!!体が…体がカッカと熱くなってきやがったぞ!!」
ガゼルが全身から蒸気を噴き出しながら叫ぶ。
「疲れなんか一瞬で吹き飛んだ!今なら素手で山を三つくらい削り取れそうなパワーが湧いてくるぜ!!」
「美味い…美味すぎる……」
ヴァルターが静かにジョッキを見つめ、感動に打ち震えていた。
「喉を通った瞬間、五臓六腑に戦士の誇りが宿るようだ。この一杯のためならば、どんな大軍勢が攻めてこようと素手で叩き伏せられる…!」
「…ば、馬鹿な…あり得ない…」
シルヴァンはジョッキを両手で持ち、震える手で二口目を飲んだ。
「王都の王室御用達の醸造家が、百年かけて造り上げた最高級エールすら足元にも及ばない…!このキレ、このコク、この泡の滑らかさ…もしこれを王都で売れば、一杯で金貨十枚はくだらないぞ…!なぜこれを半日そこらで造れるんだ…!?」
シルヴァンの会計士としての常識が、極上の美味さによって完全に粉砕されていた。
「ふふふ、大好評ね!頑張った甲斐があったわ!」
フィオナが得意げに胸を張る。
「クロエちゃんが育てた世界一の素材と、ユーリの完璧な醸造魔法のおかげよ!」
「喜んでもらえて…本当によかったです…!」
クロエも安心したように、フードの奥で満面の笑みを浮かべた。
「ええ、みんなの体細胞が活性化して、最高の笑顔になっているわ。医学的にも大成功ね」
ユーリも満足そうに頷く。
テーブルの上には、クロエが育てた超巨大メガフルーツの盛り合わせや、大麦の焼きたてパン、香ばしい焼き野菜が次々と運ばれ、七人の宴は最高潮の盛り上がりを見せていた。
ガゼルが豪快に笑いながら肉を食らい、ヴァルターが真面目な顔でおかわりを要求し、シルヴァンが「原価計算が合わない」とブツブツ言いながらも幸せそうにジョッキを空け、レオが次の悪巧みを熱く語る。
何もない死地だった荒野に、これ以上ないほど温かく、賑やかで、幸せな時間が流れていた。
宴もたけなわとなった頃。
ホールの端にある特等席のソファで、フィオナは自分の大理石ジョッキを両手で大切そうに抱えていた。
中には、黄金色に輝く特製エールがたっぷりと注がれている。
仲間たちが笑い合い、肩を組み、未来の夢を語り合っている光景を、フィオナはどこか愛おしそうに、優しい瞳で見つめていた。
「…ふふ。やっぱり、来てよかったわ」
フィオナがぽつりと呟いた。
その隣に、お茶のカップを持ったクロエと、ワイングラスを揺らすユーリが腰を下ろした。
「フィオナさん…?」
「王都にいた頃はね、毎日が退屈で仕方がなかったのよ。貴族の舞踏会も、お決まりのお茶会も、みんな建前と計算ばかりで…ちっとも楽しくなかった」
フィオナはジョッキの水面に映る自分の顔を見つめた。
「でも、ここは違うわ。家柄も、しがらみも、面倒なルールも何もない。みんなが自分の大好きなことをやって、思いっきり笑い合っている…こんなに素敵な場所、世界中のどこを探したってないわ」
フィオナはジョッキを胸の前に掲げ、二人に向かって微笑んだ。
「ねえ、クロエちゃん、ユーリ。私ね…こうしていつまでも、みんなと一緒に美味しいお酒を飲んでいたいな」
普段の賑やかでお茶目な姿からは想像もつかないほど、純粋で、温かい、彼女の本心からの言葉であった。
クロエは胸を打たれ、ウルウルと目を潤ませた。
「フィオナさん…っ!私も…私もずっと、皆さんと一緒にいたいです…!」
「ええ、とても素敵な夢ね、フィオナ」
ユーリも優しく微笑み、フィオナのジョッキに自分のグラスをカチンと合わせた。
美しい友情の光景。
誰もが感動に包まれる、完璧な名場面であった。
そして――。
「よし!それじゃあ私も、この最高のエールを味わっちゃうわよーーっ!」
感極まったフィオナは、満面の笑顔でジョッキを口元へと引き寄せた。
そして、泡立つエールの表面に顔を近づけ――。
スーッ……と、立ち上る芳醇な香りを、胸いっぱいに深く吸い込んだ。
一秒。
フィオナの瞳が、トロンと蕩けた。
二秒。
フィオナの両手から、大理石のジョッキがスルスルと滑り落ちた(ユーリが見事にキャッチした)。
三秒。
フィオナの膝から、完全に力が抜けた。
四秒。
フィオナの体が、ゆっくりと横に傾いていき――。
五秒。
バフッ!!!
フィオナはふかふかのソファへと顔面からダイブし、そのまま完全に沈黙した。
「……すぅ……すぅ……」
静まり返った空間に、規則正しく可愛らしい寝息だけが響き渡った。
「…………」
ジョッキを片手に持ったままのユーリと、涙ぐんでいたクロエが、揃って固まった。
一滴も飲んでいない。
ただ匂いを嗅いだだけで、宣告通りの五秒で完全撃沈であった。
「…………」
ユーリは静かに眼鏡を直し、倒れ伏したフィオナを見下ろして、淡々と呟いた。
「…そう言っても、開始五秒で寝るんじゃ本人は楽しめないけどね」
「あ、あはは……」
クロエは苦笑いを浮かべながら、ソファの脇に置いてあった柔らかい毛布を手に取った。
そして、幸せそうに口元を緩め、スヤスヤと眠り続けるフィオナの肩へと、そっと優しく毛布をかけてあげた。
「でも…いい顔して…寝てる」
クロエの優しい呟きに、ユーリもふっと口元を綻ばせた。
「そうね。世界一幸せそうな寝顔だわ」
遠くのテーブルから、「おーい!フィオナが寝たぞー!」「いつものことだな!」「毛布かけてやれー!」という男たちの楽しげな笑い声が聞こえてくる。
こうして、「温かい友情」に包まれながら、建国記念の夜は賑やかに更けていったのであった。




