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トラップと宴会準備!



 巨大なリンゴとイチゴをたらふく平らげた七貴族たちは、文字通り生命力の塊と化していた。


 クロエの超絶生産魔法と、ユーリの怪しい紫色肥料の相乗効果。


 それは単なる栄養補給の枠を超え、食べた者全員の全身から湯気が立ち上るほどの凄まじい活力を生み出していた。


「うおおおおっ!なんだか知らんが、力がみなぎってくるぞ!!」


 ウニ要塞の前の広場で、ガゼルが両手斧を片手で軽々と振り回しながら叫ぶ。


「肌の調子がもの凄く良いわ!ユーリ、これ化粧水としても売り出せるんじゃない?」


「あらフィオナ、良い着眼点ね。ただし原液を直接塗ると、三日間肌が蛍光グリーンに発光する副作用があるけれど」


「それはちょっと遠慮しておくわ!」


女性陣がキャッキャと笑い合う中、レオは腰に手を当てて満足そうに大地を見渡した。


「よし!住む場所はできた、朝飯も食った!最高のスタートダッシュだな!」


「…まったく。僕の胃壁がどれだけ削られたか、お前たちは一生理解できないだろうな」


 シルヴァンは早くも今日三度目となる胃薬を飲み下し、手元の手帳を開いた。


「いいかレオ。住居と食料が奇跡的に確保できたとはいえ、ここは王国の最北西、魔の山脈の向こう側だ。いつ凶悪な魔物や野盗が迷い込んでくるか分からん。まずは周囲の地形調査と、最低限の警戒網を…」


「それなら、すでに私が手配を進めている」


 低く落ち着いた声で口を挟んだのは、長剣を腰に帯びた美青年、ヴァルター・ハイネであった。


「お、ヴァルター!さすが軍事と防衛のスペシャリスト、仕事が早いな!」


 レオが親指を立てる。


 シルヴァンも「ほう」と感心したように眼鏡を押し上げた。


「珍しくヴァルターがまともな提案をしてくれたな。外周に簡単な見張り台をいくつか置き、魔物除けの結界石を等間隔で配置する…といったところか?」


「いや、そんな生ぬるいものでは話にならない」


 ヴァルターは冷徹な瞳で、果てしなく広がる荒野の境界線を指差した。


「今夜、我々は『建国記念大宴会』を開催するのだろう?宴会とは、人間が最も無防備になり、隙を晒す時間帯だ。万が一にも、楽しんでいる我々の頭上に隕石が落下してきたり、地下から古代の魔神が這い出してきたりしたらどうする?」


「…ん?」


 シルヴァンの表情が固まった。


「だからこそ、領地の周囲半径五キロメートルにわたって、完全なる『絶対不可侵・平和維持トラップ網』を敷設した。すでにガゼルと協力して、第一陣の設置は完了している」


「ちょ、ちょっと待てヴァルター!お前、僕たちが朝飯を食っている間に一体何を仕掛けたんだ!?」


「百聞は一見に如かずだ。シルヴァン、少し外周まで歩いてみるといい」


 ヴァルターが静かに促す。


 嫌な予感しかしないシルヴァンであったが、放置するわけにもいかず、恐る恐る荒野の外周部へと向かった。


     

 ウニ要塞から歩いて数百メートル。


 そこは、クロエが緑化させた美しい果樹園と、本来の赤茶けた岩場との境界線であった。


「…見たところ、何の変哲もない地面だが…」


 シルヴァンが周囲をキョロキョロと見渡す。


 地面には岩と砂利が広がっているだけで、落とし穴やバリケードのようなものは見当たらない。


「ふっ、安心したかシルヴァン?我がハイネ家に伝わる防衛術は、敵に警戒心を抱かせないことこそが極意だ」


 背後からついてきたヴァルターが誇らしげに語る。


「たとえば、そこの平らな岩盤だが――」


「ん?これか?」


 シルヴァンが何気なく、足元にあった少し平らな黒い岩を踏み抜いた。


 カチリ。


 小さく、しかし不吉な金属音が響いた。


「…あ」


「よし、第一種・祝砲迎撃トラップが作動したな」


「しょ、初期迎撃…なんだってーーーっ!?」


 シルヴァンが叫んだ瞬間、足元の岩盤が勢いよく開き、地中から巨大な筒が三本、ニョキッと飛び出してきた!


 ヒュルルルルル……ッ!!


 轟音とともに、筒から眩い光の弾が何十発も夜空…ではなく、白昼の青空へと打ち上がった!


 ドガガガガアンッ!!!


 空一面に赤、青、黄色、緑の鮮やかな光が炸裂し、巨大な花火となって荒野を照らし出す。


 さらに、どこからともなく陽気なラッパと太鼓のファンファーレが爆音で鳴り響いた。


「ひぎゃあああっ!?め、目がぁぁぁっ!耳がぁぁぁっ!!」


 シルヴァンは目を押さえて地面を転がり回った。


「どうだシルヴァン。侵入者が足を踏み入れた瞬間、百発の花火で視界を奪い、爆音のファンファーレで聴覚を破壊しつつ、同時に領地全体へ侵入者の存在を知らせる画期的なトラップだ」


「ただのクソ迷惑な打ち上げ花火じゃねえかーーーーっ!!」


 シルヴァンは涙目になりながら立ち上がり、土埃を払った。


「殺傷能力がゼロなのは認めるが、精神的ダメージがデカすぎるだろ!昼間からこんな派手な花火を打ち上げたら、遠くの敵に『ここに街がありますよ』って宣伝してるようなものじゃないか!!」


「安心しろ。敵が花火の混乱から立ち直り、さらに一歩踏み込んだ時のための『第二種トラップ』も用意してある」


「もう嫌だ!聞きたくない!!」


「おいシルヴァン、右足の横に落ちている『ふかふかの座布団』を踏むなよ」


「えっ」


 言われた瞬間、シルヴァンは慌てて右足を引っ込めようとした。


 しかし、バランスを崩して足が地面に置かれていた謎の四角い物体に触れてしまう。


 ボフンッ!


「しまっ…」


 パカッ!と地面が開き、地中からぬくぬくと煙を上げる木製のテーブルと、分厚い掛け布団が出現した。


 そして、テーブルの四隅から伸びたマジックハンドが、目にも留まらぬ速さでシルヴァンの襟首と両足を掴むと――。


 ズボッ!!


「ぐえっ!?」


 シルヴァンは強制的にテーブルの下へと引きずり込まれ、肩まで温かい掛け布団でみっちりと包み込まれた。


「な、なんだこれは…!?体が…抜けない…!?」


「第二種・強制拘束トラップ、通称『極楽コタツ地獄』だ」


 ヴァルターが満足そうに腕を組む。


「地熱を利用した超高効率の温熱魔法により、下半身を一瞬で極上の温かさで包み込む。さらに、テーブルの上を見てみろ」


 シルヴァンが恐る恐る見上げると、コタツの天板の上には、クロエが育てたばかりの瑞々しいメガミカンが三つと、熱々の緑茶が入った湯呑みが綺麗にセットされていた。


「侵入者はこの圧倒的な温もりと快適さにより、戦意を完全に喪失する。一度入れば最後、春が来るまで自力で脱出することは不可能だ」


「ただ快適なだけじゃねえかーーーーーーっ!!」


 シルヴァンはコタツの中で暴れようとしたが、あまりの心地よさと温かさに、足の力がふにゃふにゃと抜けていくのを感じた。


「くっ…な、なんだこのコタツ…異常に気持ちいいぞ…!昨日の疲れが…急速に溶けていく…み、ミカンもうまい…」


「ふっ、勝負あったな」


「僕を勝負で負かすなバカ者ーーーっ!早く出せ!引っ張り出せ!!」


     

 結局、ガゼルが駆けつけてコタツを分解するまで、シルヴァンは三十分間ほど極楽の罠に囚われ続ける羽目になった。


 ウニ要塞の広間に戻ってきたシルヴァンは、すっかり抜け殻のような顔で椅子に座り込んでいた。


「…もういい。外周の防衛は好きにしろ。どうせ誰も来ない死地なんだ、花火が上がろうがコタツが生えようが、僕の知ったことじゃない…」


「お、シルヴァン!コタツで良い感じにリフレッシュできたみたいだな!」


 レオが満面の笑みでシルヴァンの肩を叩く。


「リフレッシュじゃない、精神的敗北だ」


「まあまあ!細かいことはいいんだよ!それよりガゼル、宴会場の準備はどうなってる?」


「おう!任せとけ!」


 ガゼルが親指を立てて、要塞の奥を指差した。


 そこには、一晩で作ったとは思えないほど壮麗な大理石の宴会ホールが広がっていた。


 中央には長さ五十メートルを超える特大テーブルが鎮座し、壁には美しい彫刻(ただし前衛的すぎて何の形かは不明)が施され、天井からは水晶のシャンデリアが眩い光を放っている。


「テーブルもイスも世界一頑丈な石材で作ったぜ!どれだけ暴れて酒樽を叩きつけても傷一つ付かねえ!」


「素晴らしいわガゼル!空間の音響効果もバッチリね!」


 フィオナがホールの中央でパチンと指を鳴らすと、心地よい残響音がホール全体に響き渡った。


「私、今夜の照明演出と音楽の構成をバッチリ決めてきたわ!テーブルクロスはクロエちゃん特製の巨大ツタで編んだナチュラルグリーンで統一して、会場全体を幻想的なお祭り空間に仕立て上げるの!」


「は、はい…っ!テーブルクロス用のツタ、頑丈で柔らかいものをたくさん編んでおきました…!」


 クロエがおずおずと差し出したのは、絹のように滑らかで光沢のある見事な植物のクロスだった。


「料理はクロエが収穫してくれたメガフルーツの盛り合わせと、大麦を使った焼きたてパンがある!ユーリの調合した特製スパイスで味付けした焼き野菜も山盛りだ!」


 レオがホールに運び込まれた豪華な食事の山を見て、ゴクリと喉を鳴らす。


 住居よし。


 防衛(?)よし。


 会場よし。


 食事よし。


 すべてが完璧に揃い、あとは夜の宴会開始を待つばかり…誰もがそう思っていた。


 しかしその時、フィオナがハッと何かに気づいたように目を見開き、華麗なドレスの裾を翻して円卓の真ん中へと駆け寄った。


「…待って。みんな、重大なことを見落としてるわ」


「ん?なんだフィオナ、まだ足りないものがあるか?」


 レオが首を傾げる。


 フィオナは真剣そのものの表情で、胸元に手を当てて高らかに宣言した。


「お祭りと言ったら、何?」

「…肉か?」

「音楽だろ?」

「安全確保だ」

「ちがーーーーうっ!!」


 フィオナはバンッとテーブルを叩いた。


「お祭りと言ったら、お酒!お酒と言ったら――黄金に輝く最高のエール(麦酒)よ!!」


 フィオナの瞳が、これまでにないほどギラギラとした熱狂の炎で燃え上がっていた。


「考えてもみなさい!こんなに素晴らしい仲間が集まって、こんなに素晴らしい国を作って、こんなに美味しいご馳走が並んでいるのに…ジョッキを満たすエールがないなんて、そんなの宴会じゃなくてただの『お食事会』じゃない!!」 


「あ…」


 レオがぽかんと口を開けた。


「言われてみれば…王都から持ってきた酒樽、昨日の夜にフィオナが匂いを嗅いで倒れた時に全部ひっくり返して割っちゃったんだよな」


「そうなのよ!だから今、この国には一滴もお酒がないの!」


 フィオナは悔しそうに地団駄を踏んだ。


「王都の最高級酒場にも負けない、喉越し爽快で、泡がきめ細かくて、飲むと幸せな気持ちになれる最高のエールで乾杯したい!私はみんなと、極上のエールを酌み交わしたいのよーーっ!!」


 フィオナの熱烈な主張に、レオが腕を組んで唸る。


「うーん、確かに建国記念の乾杯が水やジュースじゃ、ちょっと締まらないよな。でもフィオナ、今から王都に買いに戻るには遠すぎるぞ?」


「買いに戻る必要なんてないわ!」


 フィオナは不敵な笑みを浮かべると、サッと振り返り、部屋の隅にいた二人の少女――クロエとユーリを指差した。


「ないなら、ここで作ればいいのよ!!」


「…えっ?」


 突然指を差されたクロエが、びくぅっ!と肩を跳ね上がらせて後ずさりした。


「わ、私ですか…!?エ、エールなんて作ったことありません…!」


「大丈夫よクロエちゃん!エールの原料は『大麦』と『ホップ』と『清らかな水』!そしてここには、世界一の生産魔術師であるあなたがいるじゃない!」


「あ、あら…?」


 隣にいたユーリが、面白そうに目を細めて微笑んだ。


「醸造、発酵、そして風味の調合…なるほど。薬学と醸造学は非常に近い領域よ。私の医学知識と調合魔法を使えば、通常なら数週間かかる発酵プロセスを極限まで短縮できるかもしれないわね」


「でしょ!?ユーリなら分かってくれると思ったわ!」


 フィオナがユーリの手をぎゅっと握りしめる。


「クロエちゃんが極上の大麦とホップを育てて!ユーリが最高の醸造魔法で仕込んで!私が最高のテイストと提供方法をプロデュースする!これぞ『女子会トリオ』の完全無欠エールプロジェクトよ!!」


「お、面白そうじゃねえか!」


 レオが大爆笑しながらテーブルを叩いた。


「おいおい、酒まで現地調達する気かよ!最高だな!ガゼル、醸造用のデカい樽を作ってやれ!」


「ガハハ!任せとけ!樹齢五百年の巨木を切り抜いて、最高の発酵樽を一瞬で作ってやるぜ!」


「よし!今夜の大宴会の目玉は『自家製プレミアム建国エール』に決定だーーっ!」


『おおおおーーーーっ!!』


 男たちが盛り上がる横で、シルヴァンは手帳を閉じ、天を仰いだ。


「…通常、エールの醸造には専門の設備と何週間もの発酵期間が必要なんだが…まあいい。もう何も言うまい。どうせ常識など、この荒野の風に吹き飛ばされて消えたんだ」


 シルヴァンの諦めをよそに、女子三人の瞳には新たな挑戦への炎が灯っていた。


「クロエちゃん、ユーリ!最高の乾杯のために、一肌脱ぐわよ!」


「は、はいっ…!頑張って、世界一美味しい麦とホップを育てます…!」


「ふふ、腕が鳴るわね。ついでに飲むと三日間眠れなくなる成分を…」


「それは入れないでユーリ!!」


 こうして、今夜の大宴会に向けて、前代未聞の「爆速エール造り」が幕を開けようとしていた。


 そして同じ頃。


 荒野の遥か彼方、山脈の尾根から、白昼堂々と打ち上がった謎の花火と爆音のファンファーレを、血相を変えて見つめる者たちがいた。


 隣国の大帝国が放った、極秘偵察部隊の影が、確実にこの「死地」へと近づいていたのである。


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