一晩で完成! トンデモ要塞と爆速のメガ収穫
荒涼とした最北西の地『無主の荒原』に、静かな夜が訪れていた。
空には満天の星々が輝き、冷たく乾いた夜風が赤茶けた大地を吹き抜けていく。
そんな静寂の夜を切り裂いたのは、ガゼル・アイゼンの野太い咆哮であった。
「いくぞ野郎ども――っ! 俺の魂の建築魔法を見やがれ!!」
ガゼルが地面に巨大な魔導書を叩きつけると、荒野の岩盤の上に直径数百メートルはあろうかという巨大な光の魔法陣が浮かび上がった。
ゴゴゴゴゴゴ……!! と地響きが鳴り響き、大地が激しく揺れ動く。
「おいおいガゼル、いきなり全開か!? 地震かと驚いたぞ!」
馬車のかげで野宿の準備をしていたレオが、目を輝かせて歓声を上げる。
「当たり前だろ! 男が自分の家を建てるのに手抜きなんかできるか! 俺が作るからには、竜のブレスが直撃しても傷一つ付かない、世界一頑丈で世界一豪華な城を作ってやるぜ!」
ガゼルの両手に怒涛の魔力が集まり、地面から何百トンもの岩石が隆起していく。
それらはガゼルの繊細かつ豪快な精密魔法によって瞬時に切り出され、磨き上げられた完璧な大理石の柱や壁へと姿を変えていった。
「ふむ、素晴らしい強度だ。だがガゼル、これだけでは防衛の観点から見て隙が多すぎる」
腕を組んで作業を見守っていたヴァルターが、真面目な顔で静かに口を挟んだ。
「なに? 隙だと? 俺の城に隙があるってのかヴァルター!」
「ああ。たとえばこの外壁だが、滑らかすぎて敵の忍びや特殊部隊が取り付いて登ってくる可能性がある。外壁の表面全体に、触れた者を迎撃する『全自動跳ね上げ式スパイク刃』を千本ほど埋め込むべきだ」
「なんだと!? …ほう、外壁から刃が飛び出す仕掛けか! それ、めちゃくちゃカッコいいじゃねえか!!」
「さらに、この立派な正面玄関だが、正面から堂々と攻め込まれた場合、門を破られる危険性がある。玄関前のアプローチに『踏むと周囲三メートルが爆発する地雷床』と『侵入者を強制的に360度回転させて突き返す回転壁』を交互に配置するのはどうだ?」
「天才かお前はーっ!? よし採用だ! 建築魔法に防衛ギミックを組み込むぞ!!」
ドゴォン! ゴゴゴゴ……!
建築の天才と過剰防衛の鬼が意気投合した結果、現場は魔法の実験場と化した。
夜空に謎の爆光が乱舞し、不気味な可動音と金属音が荒野に木霊する。
「うう…うるさくて眠れません…」
馬車の奥で毛布にくるまったクロエがブルブルと震える。
「あら、花火みたいで綺麗じゃない? ユーリ、あっちの爆発に合わせて乾杯しましょうよ」
「ええ、良いわねフィオナ。この試作薬を混ぜた特製カクテルをどうぞ」
「わーい、いただくわー! …ぶはっ!? まずーーーい!!」
「あら、1秒で泥酔して倒れたわ。さすがの効き目ね」
カオスな祭りのような喧騒の中、一人だけ離れた馬車で決算書類を整理していたシルヴァンは、耳を塞いで天を仰いだ。
「…頼むから、朝起きたら普通の家が建っていますように…頼むぞ本当に」
シルヴァンの切実な祈りは、荒野の夜風の中に空しく消えていった。
翌朝。
地平線から昇った太陽が、爽やかな朝の光を荒野に届けた。
「ふぁぁ…よく寝た…って、なんだこれはーーーーーーっ!?」
馬車から出てきたシルヴァンは、目の前に広がる光景に絶句し、かけていた眼鏡をポロリと落とした。
そこに鎮座していたのは、もはや「家」や「城」という言葉では形容できない、悪魔的な建造物であった。
高さ数十メートルはある巨大な大理石の宮殿。白く輝く柱が何本も立ち並ぶ様はまるで神殿のようだが、その外壁という外壁から、ウニの刺のようにぎっしりと巨大な金属製のスパイクが突き出ている。
さらに屋根の上には謎の巨大回転刃がブンブンと音を立てて回っており、壁のあちこちから漆黒の砲身のようなものが不気味に覗いていた。
「な、なんだこの…宮殿と要塞を悪魔合体させたような巨大ウニ城はーーーっ!?」
「おうシルヴァン! 目を覚ましたか!」
ウニ城の屋上から、ガゼルが満足そうに手を振って飛び降りてきた。
ドスンと豪快に着地し、胸を張る。
「どうだ! 俺とヴァルターの傑作、『絶対無敵・不落のウニ要塞宮殿』だ! どんな大軍勢が攻めてきても一瞬で返り討ちにできるぜ!」
「見た目の圧迫感が凄まじいだろう?」
ヴァルターも誇らしげに並び立つ。
「どこをどう見たら宮殿なんだ!? 居住性を投げ捨てて殺傷能力に振り切りすぎだろ!! そもそもどこから入るんだこの怪物は!?」
「あ、玄関ならあっちだぞ」
ガゼルが指差したのは、重厚な鉄の扉だった。
だが、その手前の床には怪しい色のタイルが交互に敷き詰められている。
「入るときは気をつけろよ? 赤いタイルを踏むと槍が突き出て、青いタイルを踏むと床が抜けて地下坑道に真っ逆さま、黄色いタイルを踏むと壁から高圧の激辛オイルが噴射されるからな!」
「住人を殺す気満々の玄関があるかーーーーっ!! 帰宅するたびに死線を潜り抜けなきゃいけない家があるか!!」
「大丈夫だシルヴァン! 解除コードは『ガゼル様かっこいい』を大声で三回叫ぶことだ!」
「セキュリティが自己満足すぎるわ!!」
シルヴァンの絶叫が朝の荒野に響き渡る。
しかし、馬車から起きてきたレオは、ウニ城を見上げて「うおーっ!」と目を輝かせた。
「すっげえええええ! めちゃくちゃ男のロマンが詰まってるじゃん! カッコいいーっ!」
「だろ!? 流石レオ、分かってるじゃねえか!」
「ふふ、見た目は少し刺々しいけれど、あのウニの突起にカラフルなリボンを結びつけたら可愛いんじゃないかしら?」
酔いから覚めたフィオナが呑気に提案する。
「さて…住む場所は(色々と問題はあるが)完成した。だがな、お前たち…重大な問題があるぞ」
シルヴァンは胃のあたりを突き押さえながら、青ざめた顔で5人を指差した。
「水と食料だ! この不毛の荒野には井戸もなければ、食べられる植物も生えていない! 馬車に積んできた非常用の乾燥肉とパンは、あと2日分しかないんだぞ! 一体どうやって朝食を食べるつもりだ!?」
シルヴァンの指摘に、レオは「あ」と声を漏らし、ぽんっと手を叩いた。
「そうじゃん! 朝飯忘れてた! 腹減ったなー!」
「まったく…だから僕が言ったんだ、住める環境じゃないと!」
シルヴァンが溜め息をつき、頭を抱えかけたその時――。
「あ、あの…それなら…私に任せてもらえれば…」
馬車の影から、蚊の鳴くような小さく可憐な声が聞こえてきた。
フードを深く被ったクロエが、おずおずと小さく挙手していた。
「クロエ? お前に何か考えがあるのか?」
レオが尋ねると、クロエは周囲をチラチラと見回した。
人っ子一人いない広大な荒野。自分たち以外には、鳥の一羽すら飛んでいない圧倒的な「無人」の世界。
その事実を改めて確認した瞬間、クロエの身体からすーっと緊張が抜け落ちていった。
(…すごい…誰も私を見ていない…! 怒鳴る人も、嫌な目を向けてくる人もいない…! ここなら…誰にも邪魔されずに…!)
クロエの瞳に、見たこともない強い光が宿った。
彼女は背中に背負っていた大きな木製の杖を取り出すと、荒野の中央へと静かに歩み出た。
「クロエ…?」
シルヴァンが首をかしげる。
クロエは深く息を吸い込み、大地に向かってゆっくりと杖を突き立てた。
「――目覚めてください。緑の子供たち」
クロエが呟いた瞬間、彼女の身体から凄まじい密度の緑色の魔力が溢れ出した!
温かく、豊かな生命力に満ちた魔力の波が、津波となって荒涼とした大地を駆け抜けていく!
ゴゴゴゴゴ……!
「な、なんだこの魔力量は!? 荒野の地脈が…書き換えられていく!?」
シルヴァンが叫ぶ。
次の瞬間、信じられない奇跡が目の前で巻き起こった。
赤茶けてひび割れていた岩場から、一斉に青々とした若草が芽吹き出したのだ!
緑は見る見るうちに広がり、不毛の荒野を覆い尽くしていく。
さらに、地面を割って巨大な樹木の幹が次々と隆起し、一瞬で枝葉を広げて豊穣な果樹園へと姿を変えていく。
「すご…一瞬で荒野が果樹園に…! これがクロエの生産魔法か!」
ガゼルが目を丸くする。
だが、奇跡はそれだけでは終わらなかった。
「あら、クロエちゃんだけに行かせるわけにはいかないわね。お野菜や果物がもっと元気に、病気にならないように、私の特製栄養肥料を撒いてあげるわ!」
ユーリが嬉々として怪しい薬樽を抱え、緑化していく農地に向かって紫色の粉末をドバドバと撒き散らしたのだ!
「ちょっと待てユーリ! その怪しい紫の粉は何だーーっ!?」
シルヴァンの制止も虚しく、紫色の煙がクロエの緑の魔法と混ざり合った瞬間――成長のスピードが「狂気」の領域へと突入した。
ズズズズズズン!!
「ひやああっ!?」
クロエの目の前で、リンゴの木が爆発的に巨大化!
枝に実ったリンゴは、通常の数十倍…なんとメロン並みの大きさへと巨大化した!
さらに隣のイチゴ畑では、地面からカボチャサイズの超巨大イチゴがごろごろと実り、小麦畑からは丸太のように太い黄金の大麦が天井に向かって伸び上がっていく!
「な…なんじゃこやああああああっ!?」
シルヴァンは悲鳴を上げて地面に転がった。
たった数分の出来事であった。
さっきまで岩と砂利しかなかった死地が、いまや「超巨大な伝説の果実が果てしなく実り続ける、狂気の巨大農園」へと変貌を遂げていたのだ。
「ふぅ…これくらいで、足りるでしょうか…?」
杖を収めたクロエが、汗を拭いながら振り返る。
彼女の背後には、メロン大のリンゴ、カボチャ大のイチゴ、スイカ並みのブドウの房が山のように実っていた。
「…たりる、どころの話じゃないんだが!?」
シルヴァンは口をぐぐぐと開けたまま、巨大イチゴを見上げた。
「すっげえええええええっ!! クロエ、ユーリ、天才!!」
レオが大興奮で駆け寄り、樹から落ちてきたメロンサイズのリンゴを丸ごと抱え上げた。
腰のナイフでザクッと切り分け、そのままガブリと噛みつく。
「果汁が溢れてくる…! めちゃくちゃ甘くて、果肉がシャキシャキしてて、最高にうまいぞこれーーっ!!」
「本当か!? 俺にも食わせろ!」
ガゼルも巨大イチゴにかぶりつく。
「う、うまああいっ!! なんだこの甘さ!? 噛んだ瞬間に口の中がイチゴのジュースでいっぱいになるぞ! 疲れが一瞬で吹き飛んだ!」
「あら本当ね、とても甘くて美味しいわ。ユーリの激マズ肥料が入っているとは思えないわね」
「失礼ねフィオナ、私の肥料は味の向上にも一役買っているのよ?」
「過剰な栄養補給だが…美味いな。これなら一度の食事で三日分の英気を養える」
五人が大喜びで超巨大フルーツにかぶりつき、絶賛の声を上げる。
「クロエちゃん、すごいわ! こんな美味しい果物、王都の最高級サロンでも食べたことないわよ!」
フィオナに抱きしめられ、クロエは照れくさそうにフードを深ぶかと被り直した。
「ほ、ほんとうですか…? 喜んでもらえて…よかったです…」
クロエは小さく微笑むと、どこか遠くを見るように荒野の青空を見上げた。
「人間が誰もいないと…私の魔法を『気持ち悪い』って誰も言わないし…こんなに伸び伸び魔法が使えるなんて…ここ、本当に天国です…」
ウルウルと目を潤ませるクロエの姿に、レオは優しく彼女の頭を撫でた。
「だろ? ここは俺たちの国だ。誰もクロエを邪魔させないし、好きなだけ大好きな野菜を作っていいんだぜ!」
「は、はいっ! 私、もっと美味しいお野菜、いっぱい作ります…!」
感動的な光景であった。
しかし、その傍らで、巨大リンゴの断面を茫然と見つめていたシルヴァンは、ついに膝から崩れ落ちた。
「…一晩で超堅牢な拠点が建ち…一朝で永久的な食料自給自足の体制が整った…」
シルヴァンはプルプルと震える手で眼鏡を掛け直した。
「僕が徹夜で作成した『初期インフラ整備計画書』も『年間の食料調達・予算繰り計算書』も…全部、ゴミくずじゃないか」
彼の頭の中で、これまで王立会計院で学んできた経済学と常識の金言が、音を立てて崩れ去っていく。
シルヴァンは懐から小瓶を取り出し、残っていた胃薬をポリポリと菓子のように噛み砕いた。
「…もうダメだ。僕の常識が、この国に破壊されていく」
「何言ってるんだシルヴァン! 食う場所も住む場所も完璧に揃ったんだぞ! めでたいじゃないか!」
レオがシルヴァンの背中をバシバシと力強く叩く。
シルヴァンはゴホッと咳き込んだ。
「よし! 衣食住の『住』と『食』が揃った! となれば――次にやることは決まってるよな!」
レオが不敵な笑みを浮かべ、空に向かって高らかに拳を突き上げた。
「本日立ち上がった我が国の完成を祝して――今夜は史上最大の『建国記念大宴会』を開催するぞーーーっ!!」
『おーっ!!』
「待て! 宴会をするにしても予算と準備が――」
「フィオナ! 最高の音楽とダンスのプロデュースを頼むぞ!」
「任せなさいレオ! 街中に響き渡る最高のパーティーチューンを用意するわ!」
「ガゼル! 宴会用の超巨大宴会場を一晩で作れ!」
「ガハハ! 任せろ! 1000人座れる大理石の特製テーブルを作ってやる!」
「クロエ! 最高の料理用野菜とフルーツを追加で収穫だ!」
「は、はいっ! メロンサイズのブドウも実らせます…!」
「ユーリ! 宴会で悪酔いしない特製ドリンクだ!」
「ええ、飲むと全員のテンションが爆上がりする秘薬を用意するわね」
「ヴァルター! 宴会中の安全を確保しろ!」
「承知した。会場の周囲に花火が上がる過剰防衛トラップを配置しよう」
「僕の…言葉を聞けぇぇぇぇーーーーーっ!!」
シルヴァンの悲痛な叫びを置き去りにして、七人の天才たちは更なるカオスな暴走へと突き進んでいく。




