目指すは死地! ノリと勢いの大移動
朝の爽やかな光が、郊外の秘密基地に差し込んでいた。
しかし、室内の温度は太陽の光など比べものにならないほど過熱していた。
「見てくれフィオナ! 夜通し考えた『建国記念パレード』のルート案だ! 街の中央に巨大な回転木馬を設置して、そこから爆竹を鳴らしながら行進する!」
「まあ、素敵じゃないガゼル! 爆竹の煙に七色の粉を混ぜれば、もっと華やかになるわね!」
「私は街の全区画に全自動応答型のスパイクを埋め込む計画書を作成した。万が一、空からドラゴンが強襲してきた場合でも、三秒で自動迎撃可能だ」
「ふふ、私は新市民用の『絶対病気にならない超予防薬』の大量調達リストを作成したわ。井戸水に混ぜれば完璧ね」
「うう…私は…誰とも目が合わないように、地下に巨大なモグラ穴を掘ってそこから農作業をするルートを考えました…」
円卓の周りでは、昨日レオが放った「建国宣言」の熱冷めやらぬ5人の天才たちが、すでに自分の野望を爆発させていた。
各自が持ち寄ったスケッチブックや紙には、およそ正気とは思えない都市計画図が書き殴られている。
「よしよし! みんな最高にイカしたアイデアだな! この調子でどんどん行こうぜ!」
円卓の真ん中で、レオが腕を組んで満足そうに頷く。
そこに、重々しい足音とともに一人の男が踏み込んできた。
ドサッ!!!
耳を突き破るような爆音が響き、円卓の上に厚さ数十センチはある分厚い書類の山が叩きつけられた。
書類の山の後ろから現れたのは、隈の浮き出た目を不気味に光らせ、眼鏡を指で押し上げるシルヴァンであった。
「…浮かれているところ非常に申し訳ないのだが、現実という名の冷水をぶっかけさせてもらうぞ、変人ども」
シルヴァンの声は地底から響くように低かった。
ガゼルがスケッチブックを抱え直しながら首を傾げる。
「なんだよシルヴァン、せっかくの盛り上がりに水を差すなよ。お前もパレードで算盤投げる役やるか?」
「なんだそれ!やるかバカ者!!」
シルヴァンは書類の一番上の紙をバサリと叩いた。
「いいか、冷静に考えろ! 僕たちがやろうとしているのは『ごっこ遊び』じゃない!『建国』だぞ!? 国を作るということはな、土地の確保、初期資金の調達、法的な権利の主張、さらには我が王国ならびに周辺諸国への届出と手続き! 解決すべき問題が山積みなんだ!」
シルヴァンは一枚の紙を指差し、怒涛の勢いで捲し立てる。
「第一に、土地だ! 我々は全員貴族の嫡男や令嬢だが、まだ家督を継いでいない! 勝手に領地を分割して独立宣言などしてみろ、親から勘当されるどころか国賊として指名手配されるぞ! 次に資金! 僕の個人的な貯蓄と各家の小遣いを合わせても、都市一つ作るには到底足りん! 最後にインフラと食料! 家も畑もない場所で、僕たち7人がどうやって明日の飯を食うつもりだ!?」
息もつかせぬ正論の嵐。
シルヴァンは「どうだ!」と言わんばかりに胸を張り、胃薬を口に放り込んだ。
これで少しは冷静さを取り戻し、馬鹿げた建国騒ぎも収まるだろう…そう思っていた。
しかし、レオはまったく怯む様子もなく、不敵な笑みを浮かべた。
「ふっふっふ…甘いなシルヴァン。お前がそんなことを言い出すと思って、俺はすでに最高の解決策を用意してあるぜ!」
「…なんだと?」
「見ろ! これが俺たちの新しい国の『予定地』だ!」
レオが胸ポケットから取り出し、円卓の上に勢いよく広げたのは、古びた一枚の羊皮紙の地図であった。
「…なんだこれは?」
シルヴァンは顔を近づけ、地図をじっくりと凝視した。
地図には王国の全土が精巧に描かれている。しかし、北西の最果て、山脈を越えた先の広大なエリアだけが、ぽっかりと不自然に白く抜け落ちていた。
「我が王国の最北西、魔の山脈の向こう側に広がる『無主の荒原』だ!」
レオが胸を張って宣言する。
「ここはな、岩と砂利しか存在せず、強力な魔物すら『食料になるものが何もない』という理由で避けて通る絶対の死地! どの国の領土にも属しておらず、当然、誰の管理権も及んでいない! つまり、早い者勝ちの空白地帯だ!」
シルヴァンは呆然とレオの顔を見た。
「…レオ。お前、頭は大丈夫か?」
「至って正常だぞ!」
「あんな場所、人間が住める環境じゃないと言っているんだ! 草木一本生えず、水場すら怪しい不毛の地だぞ!? そんな場所に国を作ってどうするんだ、ただの集団自殺じゃないか!」
シルヴァンの絶叫が部屋に響き渡る。
しかし、レオ以外の五人の反応は、シルヴァンの想像を遥かに超える斜め上のものだった。
「…え? 近所に誰も住んでないんですか…?」
クロエが丸めていた体を起こし、フードの隙間から目を輝かせた。
「人目が一切なくて…通りかかる人もいなくて…怒鳴ってくる近所の人もいない…? そんな…そんな夢のようなパラダイスがあるんですか…!? そこなら私、自作の快適テントから一歩も出ずに一生暮らせます…!」
「おいクロエ!? 騙されるな、草も生えない不毛の地だぞ!?」
「へっ、草が生えねえなら生やせばいいだろ!」
ガゼルが豪快に腕を組んで爆笑した。
「それに誰も住んでねえなら最高じゃねえか! どれだけ爆音を立てて岩山を吹き飛ばそうが、前衛的なデザインの巨城を建てようが、誰にも苦情を言われない! 近所迷惑を気にせず建築魔法をブッ放せるなんて、最高のキャンバスだぜ!」
「ガゼルお前もか!?」
「私も非常に魅力的だと思う」
ヴァルターが顎に手を当て、真面目な顔で頷く。
「誰もいない土地ならば、全自動スパイク地雷網や、上空からの高熱レーザー迎撃陣形をどれだけ張り巡らせても、一般市民が巻き込まれる心配がない。完全なる過剰防衛の実験場として最適だ」
「実験場にするな!! そもそも防衛する対象(住民)がいないだろ!!」
「あら、良いじゃない」
ユーリが頬に手を当て、うっとりと目を細めた。
「新しいお薬の開発で発生する怪しい紫色の毒煙も、近隣住民の健康被害を気にせず換気できるわね。それに、誰もいないなら私の作った回復薬を拒絶する人間もいないわ」
「人体実験の舞台にする気満々じゃないか!!」
「私も賛成ー!」
フィオナが両手を上げて跳ね回る。
「誰もいないなら、どれだけ夜遅くまで音楽を鳴らして大騒ぎしても怒られないわ! 街全体を巨大なクラブにして、毎日パーティしまくりよ!」
「お前は酒の匂いで五秒で潰れるだろ!!」
シルヴァンのツッコミが空しく響き渡る。
五人の天才たちは、普通なら絶望するはずの「絶対の死地」という条件を、各自の欲望を満たす最高の環境として大絶賛し始めてしまったのだ。
「なぁシルヴァン、言っただろ?」
レオがシルヴァンの肩に手を置き、眩しい笑顔を向けた。
「誰も所有していない土地なら、王国に文句を言われる筋合いもない。税金もかからねえし、手続きもいらない。資金だって、各自の私財を持ち寄って、ガゼルとクロエの魔法で資材と食料を現地調達すればゼロ円だ! これで問題は全部解決だろ?」
「解決していない! 何一つ解決していないぞ!!」
シルヴァンは頭を抱え、絶望の声をあげた。
彼以外の全員の目が、「今すぐそこへ行こう」という冒険心と好奇心で爛々と輝いていたからだ。
「よし、善は急げだ! 今日のうちに準備を整えて、明日の早朝には王都を出発するぞ!」
『おーっ!!』
「僕の意見を聞けぇーーーーっ!!」
その日の王都は、知る人ぞ知る極秘の大混乱に陥っていた。
アルスター伯爵家、アイゼン男爵家、ハイネ子爵家、エルハルト伯爵家、ローゼン侯爵家、そしてシルバ家とクロード家。
王国を支える名門貴族の屋敷から、それぞれの嫡男・令嬢たちが「ちょっと自分探しの旅に出てきます」という軽すぎる置き手紙を残し、大量の私物や研究機材、果ては屋敷の高級家具や帳簿を勝手に持ち出して姿を消したのだ。
「おい、見たか? アイゼン家のガゼル様が、家の倉庫から巨大な魔導ドリルを馬車に積み込んでいたぞ…」
「エルハルト家のユーリ様なんて、怪しい液体が入った大樽を何個も運んでいたわ…」
「ローゼン家のフィオナ様は、高級ワインの樽を片手にご機嫌で歌っていらっしゃったわね…」
王都の街道を行き交う市民や警備兵たちは、馬車数台を連ねて猛スピードで貴族街を駆け抜けていく七人の姿を、呆然と見送るしかなかった。
馬車の列の最後尾、大量の会計書類と金庫を押し込められた馬車の御者台で、シルヴァンは死んだような目をしながら手綱を握っていた。
「…なぜだ。なぜ僕が、自分の家の金庫を盗み出してまでこんな暴走につき合わなければならないんだ…」
「固いこと言うなよシルヴァン! 自分の金なんだから盗みじゃなくて『引き出し』だろ!」
隣の馬車からレオが顔を出し、楽しそうに笑い飛ばす。
「見ろよこの青空! 最高の建国日和だぜ!」
「建国日和という言葉はない! …ああ、もうどうにでもなれ。こうなったら僕の計算能力の全てを駆使して、お前たちが飢え死にしないように徹底管理してやるからな!」
「ハハハ! 頼りにしてるぜ、天才会計士!」
王都の門を抜け、街道へと踏み出す七人の馬車。
王国の未来を担うはずだった若き才能たちは、こうして国家の秩序をあっさりと放り投げ、未踏の地へと旅立ったのであった。
旅を始めてから数日後。
険しい山脈を越え、過酷な道のりを踏破した七人の馬車は、ついに目的地へと到着した。
馬車から降り立った七人の目の前に広がっていたのは、言葉通りの「死地」であった。
見渡す限りの赤茶けた岩と砂利。
草木一本生えておらず、生き物の気配すら皆無。
ヒューヒューと乾いた冷たい風が吹き抜け、荒涼とした大地を撫でていく。
遠くの地平線には、真っ赤な夕日が沈みかけており、荒野を血のような赤色に染め上げていた。
「…本当に、何もないな」
ヴァルターが呟く。
普通なら、この圧倒的な絶望感を前にして誰もが言葉を失い、引き返すことを考えるだろう。
だが。
「すごい…凄いです…!」
馬車からおずおずと降りてきたクロエが、感動に声を震わせた。
「本当に誰もいません…! どこを見渡しても人間がいません…! ここは天国ですか…!?」
「ハハハ! 見ろよこの平坦な岩盤! 基礎工事がいらねえぞ! 頑丈な建物を建てるには最高の土台だ!」
ガゼルが地面をドシドシと踏みつけ、興奮気味に叫ぶ。
「ふふ、風通しも良いわね。毒煙を吹き飛ばすのにも打って付けだわ」
ユーリが怪しい笑顔を浮かべる。
「ここで前代未聞の超巨大野外フェスを開催するのね! テンション上がってきたわ!」
フィオナがパンッと手を叩く。
「周りに遮蔽物がないため、全方位への超遠距離防衛陣形が展開可能だ。胸が躍るな」
ヴァルターが静かに剣の柄に手を置く。
そして、レオが荒野の中央へと力強く一歩を踏み出し、沈みゆく夕日に向かって高らかに両手を広げた。
「決まりだな! 本日からここが、俺たちの新しい家であり、新しい国だ!」
レオは振り向き、仲間に向かって眩しい不敵な笑みを向けた。
「よしガゼル! 記念すべき第一歩だ! 今夜俺たちが快適に眠れる『家』を頼むぞ!」
「ガハハハ! 任せとけレオ! 一夜にして、世界一頑丈で、世界一目立つ最高のお城を建ててやるぜー!!」
ガゼルが腕まくりをし、巨大な建築魔導書を取り出す。
夕闇が迫る不毛の荒野で、シルヴァンだけが胃薬の小瓶を握りしめ、天を仰いで呟いた。
「…神様。どうか明日、僕の命が残っていますように」
歴史に名を残す『神聖セブン王国』の最初の建造物が、いま今まさに、ノリと勢いだけで着工されようとしていた。




