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伝説の始まりは、だいたいノリと勢い

 未来の歴史家たちが著した大著『神聖セブン王国建国史』の第一章は、次のような感動的な一文から始まっている。


『かつて世界が混迷を極めていた時代。崇高なる志を抱いた七人の若き天才貴族たちが立ち上がった。彼らは民の苦しみを救い、永遠の平和と理想郷を築くため、前人未踏の死地へと足を踏み入れたのである』


 そして現在。王国の中央に位置する大都市の、陽光が降り注ぐ美しい公園のベンチにて。  一人の母親が、膝の上に載せた絵本を優しくめくりながら、幼い息子に語りかけていた。


「…ね? この国はね、昔、世界を平和にしようと立ち上がった、とっても崇高で偉大な七人の貴族様が作ったのよ。綿密な計画と、血を吐くような努力の末にできた、奇跡の国なの」


「へー! すごいんだね! どんな格好良い理由で国を作ったのかなあ?」


「ふふ、きっと夜も眠れないくらい、世界のために思い悩んだのでしょうね…」


 母親はうっとりと空を見上げ、歴史の偉人たちに想いを馳せた。  もし彼女がタイムマシンに乗って、数十年前の「その日」の現場を覗き見ることができたなら、ショックのあまり泡を吹いて倒れていただろう。


 歴史の真実とは、いつだって美化されるものなのだから。


     


 数十年前。王都の路地裏にある、知る人ぞ知る高級酒場の個室。


「…あー、暇だ。死ぬほど暇だ。喉から手が出るほど暇だ」


 ソファにだらしなく深々と体を預け、果汁100パーセントの高級ジュースをストローでちゅーちゅーとすすっているのは、アルスター伯爵家の嫡男、レオ・アルスターであった。


整った顔立ちに、太陽のような金髪。一見すると絵に描いたような高貴な若者だが、その瞳には光り輝くほどの「ろくでもない悪巧み」の光が宿っている。


「静かにしろレオ。いま今月の収支計算をしている。お前が先週『面白そうだから』という理由だけで買い取った、喋るオウムの群れの飼育費がどこから出ていると思っているんだ」


 レオの向かい側に座り、目にも留まらぬ速さで算盤とペンを走らせているのは、クロード子爵家の嫡男、シルヴァン・クロードである。  神経質そうに眼鏡のフチを指で押し上げる彼は、若くして王立会計院の将来を嘱望される数字の天才だ。そして同時に、レオの暴走を止めるために胃薬を手放せない苦労人でもあった。


「いいじゃんかよー。あのオウム『シルヴァンハケチ』って喋るんだぜ? 傑作だろ」


「お前のポケットマネーから引いておいたからな」


「げっ!? おいおい勘弁してくれよ、今月の俺のお小遣いが消失する!」


「自業自得だ。だいたい、お前は一応、各貴族を背負う立場の人間なんだぞ。少しは貴族らしい建設的な会話ができないのか?」


 シルヴァンが呆れ果てたように息を吐くと、レオは突然ソファから跳ね起き、テーブルにバンッと両手をついた。  

ジュースのグラスがガタガタと揺れ、シルヴァンの額に青筋が浮かぶ。


「あるぜ! 超建設的なやつ!」


「嫌な予感しかしないが、一応聞いてやろう。言ってみろ」


「俺さ…なんかこう、とんでもないことがしたくなっちゃったんだよね!」


 シルヴァンは無言でペンを置いた。 そして胸ポケットから小瓶を取り出し、中に残っていた胃薬の錠剤を二粒、水もなしで飲み込んだ。


「…具体的には?」


「うーん、世界を驚かせるような、めちゃくちゃデカくて楽しいこと!」


「具体的と言ったんだ。抽象的なクソガキの夢発表会を聞きたいわけじゃない」


「まあまあ焦るなって! 明日、いつもの秘密基地に全員集めてくれ。そこで俺の壮大なプランを発表するからさ!」


「おい待て、全員だと? あの変人たちを全員集めるつもりか!?」


「変人とは失礼な! 俺たちの親友だろ! じゃ、そういうことだからよろしくな、シルヴァン!」


 言うだけ言ったレオは、窓から身を躍らせて軽やかに夜の街へと消えて行った。 一人残されたシルヴァンは、静まり返った個室で頭を抱え、深々と溜め息をついた。


「…嫌な予感がする」


     


 翌日。王都の郊外にひっそりと佇む、旧家臣の屋敷を改造した彼ら七人の「秘密基地」。  そこには、王国の未来を担う…もとい、王国で最も持て余された才能を持つ七人の若者が顔を揃えていた。


「みんな! 急な呼び出しなのに集まってくれてサンキュな!」


 円卓の真ん中に立ち、パンッと手を叩いたのはもちろんレオだ。  円卓を囲むメンバーを見渡し、レオは満足そうに頷いた。


「よし、まずは改めてお互いの素晴らしいスペックを確認し合おう! なにせ俺たちは、幼少期からの大親友にして、それぞれが唯一無二の超絶天才だからな!」


「急に集められたと思ったら自画自賛か? 相変わらずレオの頭はハッピーだなあ」


 豪快に笑いながら、肩の上に載せた巨大な両手斧をトントンと叩いているのは、アイゼン男爵家のガゼル・アイゼン。  丸刈りに近い短髪と頑丈な体躯を持つ男だ。


「失礼だなガゼル! 俺は本当のことしか言わないぞ! ほら見てみろ、ガゼル・アイゼン! 土木・建築魔術の天才! 一夜にして巨大な城郭を建築できる伝説の技師!」


「へへっ、照れるぜ。まあ俺の作る建築物は、絶対に崩れねえ世界一の頑丈さが売りだからな!」


「そう! ただしデザインセンスが前衛的すぎて、先週作ったガゼルの実家の別荘は『巨大なウニ』みたいな形をしていて父親に激怒された!」


「あれはな! 幾何学的な美しさと防衛機能を追求した結果なんだよ!」


 ガゼルが拳を握りしめて主張すると、隣に座っていた長髪の男が静かに頷いた。


「いや、ガゼル。ウニ型は防衛の観点から見ても非常に理にかなっているぞ。突起部分に高負荷の爆導魔法陣を仕込めば、敵の攻城兵器を近づけさせないパーフェクト要塞となる」


 真面目な顔でトンデモ理論を展開するのは、ハイネ子爵家のヴァルター・ハイネ。  剣の腕前は王国若手ナンバーワン、歩く兵器とまで称される軍事の天才である。


「出たなヴァルター! 剣を持たせれば最強、防衛計画を立てさせれば過剰防衛の鬼! 平和主義が極まりすぎて『街全体を分厚い綿で包めば誰も怪我をしない』とか真顔で言い出す男!」


「何か問題でも? 傷つく人間がゼロになる、これ以上の防衛策はないはずだ」


「住人が全員窒息死するだろバカ者!!」


 すかさずツッコミを入れたのは、もちろんシルヴァンだ。すでに彼の胃はキリキリと痛んでいた。


「まあまあ、シルヴァン。怒ると額にシワが寄って、せっかくのハンサムが台無しよ?」


 上品に紅茶を啜りながら、妖艶な笑みを浮かべているのはユーリ・エルハルト。 エルハルト伯爵家の長女であり、若くしてあらゆる難病の治療法を解明した医療界の至宝…にして、極上の美貌を持つ女医だ。


「ユーリ! どんな重症も一瞬で治す神医! ただし彼女の作る薬は地獄のような匂いと味がするため、患者からは『治る前に精神が壊れる』と恐怖されている!」


「あら失礼ねレオ。良薬は口に苦しと言うでしょう? ちなみに最新作の『超即効性疲労回復薬』は、飲むと全身の毛穴から紫色の煙が出て、3日は不眠不休で動けるわよ」


「それ毒薬って言うんだよユーリ!!」


 シルヴァンの悲鳴が響く中、ユーリの隣でビクッと肩を揺らした人物がいた。 大きすぎるフードを深く被り、円卓の影に隠れるように丸くなっている少女。クロエ・シルバである。


「ひ、ひえっ…お、怒鳴らないでくださいぃ…人間こわい…」


「あ、ごめんねクロエちゃん! 怖がらせるつもりはなかったの!」


クロエの背中を優しく擦っているのは、華やかなドレスを身に纏ったフィオナ・ローゼン。 ローゼン侯爵家の令嬢で、王都の流行を全て作り出していると言われる文化・娯楽のプロデューサーだ。


「よし、女子組も紹介しよう! まずはクロエ・シルバ! 荒れ果てた土地を一瞬で豊かな農地に変える、植物と会話できる生産の天才!…ただし重度の対人恐怖症で、普段は自作のテントから絶対に出てこない引きこもり美少女!」


「うう…土のほうが人間より優しいです…植物は悪口言わないし…」


「そしてフィオナ・ローゼン! 街の賑わいやイベントを仕切らせたら右に出る者はいない、宴会の天才お嬢様!…ただし酒の匂いを嗅いだだけで即泥酔して暴れる、最弱の酒豪(自称)!」


「ちょっとレオ! 最弱余計よ! 私はお酒の雰囲気が好きなの! 今日もお祝い用に特製のワイン持ってきたんだから!」


「お前は匂いで潰れるから絶対に開けるなよ!?」


 シルヴァンが必死にフィオナの手からボトルを奪い取る。  レオは満足そうに全員を見回した。


「どうだシルヴァン! 改めて整理すると、俺たちって凄いだろ?」


「…ああ、すごいな。全員が何かしらの天才で、同時に全員が社会に適応できない致命的な欠陥を抱えている。よくぞここまで変人ばかり集まったものだと感心するよ」


 シルヴァンは深々と溜め息をつき、椅子の背もたれに寄りかかった。


「で? このメンツを集めて、一体何を始めるつもりだ? また王都の川でレースでもする気か?」


「ハッ、甘いなシルヴァン! そんな小さな話じゃないぜ!」


 レオは不敵な笑みを浮かべると、両手を大きく広げた。


部屋の空気が一変する。


「いいかみんな、よく聞け! 俺たちは天才だ! だが、この退屈な王国にいたんじゃ、俺たちの才能は『変人』として処理されて終わっちまう! 既存の枠組みの中で生きるなんて、ちっとも面白くねえ!」


 ガゼルが身を乗り出し、ヴァルターが目を細める。 クロエがフードの隙間から覗き込み、ユーリが興味深そうに微笑み、フィオナが目を輝かせた。


「だからさ…俺たちで新しい『国』を作ろうぜ!」


 静寂が舞い降りた。 一秒、二秒、三秒。


「…は?」


 真っ先に声を漏らしたのはシルヴァンだった。目を見開き、金縛りに遭ったように固まっている。


「聞こえなかったか? 建国だよ、建国! 俺たち七人の特技を合わせれば、絶対に世界で一番楽しい国が作れる! 領地経営だ! ゼロから自分たちの理想郷を作るんだよ! 最高にワクワクするだろ!?」


 レオの言葉が部屋に響き渡った瞬間。


「最高じゃねえかそれーーーっ!!」


 ガゼルが豪快にテーブルを叩いて立ち上がった!


「面白そう! 誰も口出ししてこない、俺だけの最強前衛城塞都市を作っていいんだな!?」 「私も賛成だ。国を一つ丸ごと防衛する計画…胸が熱くなる。まずは街の周囲に全自動スパイク地雷網を張り巡らせよう」 「ひ、引きこもっても怒られない国…? 誰も私に話しかけてこない、広大な農園を作っていいなら…行きたいです…」 「あら、面白そうね。私の新しいお薬を試す実験場…じゃなくて、病院も自由に建てていいのかしら?」 「やったーー! 毎日がお祭りの国を作るのね! 私、パレードの計画立てちゃうわよ!」


 一瞬にして、秘密基地は歓喜と興奮の渦に包まれた。 5人の天才たちが、レオの無謀な提案に一切の疑いもなく飛びついたのだ。


「おい! お前たち正気か!? 騙されるな! 建国だぞ!? 土地はどうする、資金はどうする、他国との外交や法律はどうするんだ!!」


 シルヴァンが立ち上がり、喉が千切れんばかりの大声で叫んだ。 しかし、レオはそんなシルヴァンの肩をポンと力強く叩き、眩しいほどの笑顔を向けた。


「大丈夫だろ! 計算と細かい書類仕事は、世界一の天才会計士…シルヴァン、お前がいるんだからさ!」


「僕任せかよーーーーーーっ!?」


 シルヴァンの悲痛な叫びが、秘密基地の天井を突き抜けて秋の空へと響き渡った。


「よし! 決まりだ! 本日から『仲良し七貴族のノリノリ建国大作戦』を開始する! 目指すは世界一楽しい、俺たちだけの秘密基地国家だー!」


『おおおおーーーーっ!!』


 拳を突き上げる六人と、頭を抱えて泡を吹きそうになっている一人。


後世の歴史家たちが『崇高なる志と血を吐くような努力の末に作られた』と称え、数百年後の人々が感動の涙を流すことになる偉大な王国の第一歩は、こうしてノリと勢いで踏み出されたのであった。

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