第6章:【少年時代】(4)
小学校四年のときの宮崎勤の作文。題は「うちの仕事」。
《うちの工場で、秋川新聞を作っている。タイプで打ったのを紙をはって、薬をぬって、コールタみたいな物をきかいのローラーにぬって、紙をはる。そして、土曜日に配りに行く。》
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「小学校の高学年になっても、怪獣の絵の入ったカードを熱心に集めてました。友達が自分の持っていないカードを見せようものなら、かなりしつこく交換をせがむような子供でしたね」
(近所に住む同級生T氏。)[『週刊ポスト』1989.9.7]
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「おれもそうだけど、勤もメンコを集めたりしてたよね。それと、ちょうどアニメ・ブームに火がついて、『仮面ライダー』とか怪獣ものとかが流行ったんだ。『ヘンシーン!』てやつ。
それまでのヒーローとちがって、ニューヒーローの時代だったよね。クジを買うと、ガメラとかギャオスとかの写真が入っていて、それを集めたり。勤もこだわり気質だったから、よく集めていた」
(小中学校を通じて宮崎と同級生だった青年)[『現代』10号【幼女惨殺】吉岡忍]
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小学校高学年の時のエピソード。妹とけんかしてかっとなり、「当たると死んでしまうようななにか」を妹に投げつけた。また河原で、何十匹ものトンボの羽を引きちぎっていたことがある。
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「何をしているのかと思って近づいて、ビックリしました。周りにトンボの透き通った羽が、花びらをまいたように散らばっていた。怖くなって、飛んで逃げ帰りました。トンボだけでなく、よく虫などを殺して遊んでいたので近寄りがたい存在でした」
(近所の遊び友達)「『読売新聞』1989.8.14」
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宮崎の異常性を示すエピソードとして、当時あちこちに引用されたもの。何十匹、というのは確かにアレだが、子供時代、無邪気に虫を殺して遊ぶことは、誰しも多少は経験したことではないだろうか。




