第49章:【逮捕・収監 ・公判 ・判決 ・死刑確定 ~ 死刑執行】(3)
宮崎は1989年9月8日、狭山署に身柄を移され、一ヶ月余りの留置場生活を送ることになった。
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以下は、
『朝日新聞』(1989.9.8)の【「大変悔いが残る」宮崎、少し涙】より。
合同捜査本部によると、取調官が宮崎に、「殺した4人の幼女と遺族に対して、今はどういう気持ちなのか。」
と尋ねたところ、宮崎は目をそらし、少し涙を浮かべながら、「大変悔いが残ります。取り返しのつかないことをしてしまった。」
などと話し、これまでに見られなかった“後悔”の感情を示したという。
・・・この朝も宮崎は、三階の留置場を出る時、看取係や取調官に、「お世話になりました。」と、頭を下げたという。
『毎日新聞』(1989.10.19)には、
【捜査員に冗談も 留置場の宮崎】という見出しの記事が掲載されている。
当初は、落ち着かないのか、捜査員に食ってかかり、「理屈っぽい」と言われることもあった。
手錠を掛けるときには、腰縄(捕縄)を掛ける。
この掛け方が、警視庁と埼玉県警では少し違う。
宮崎は、「なぜ警視庁と違うのか。」「今までの方がずっと便利。」と、周囲の捜査員に文句を言ったという。
現場検証で汗をふくため、捜査員がハンカチを宮崎に渡している。
検証が終わり、留置場に戻ってきた際に、「ハンカチを返すように」と言うと、
「なぜ返さなくてはいけないのか」と、いらだたしげに言ったこともあったという。
だが、取調べが進むと、捜査員とも人間関係ができてくる。
冗談を言い合ったり、捜査員をたしなめたりすることもあった。
宮崎は、警視庁の現場検証でサンダルを履かされたが、真理ちゃんの自宅近くの現場検証を前に、「サンダルでは歩きづらいので、替えてほしい。」と申し出た。
捜査員が、「では、ズックにしよう。ぜいたくを言うと、ゲタになっちゃうぞ。」と言うと、宮崎は、
「そのうちに竹馬になっちゃいますね。」と笑ったという。
現場検証や取調べ中の宮崎は、犯行状況を真剣に考え、思い出している。
真理ちゃんの現場検証の時、宮崎は手をアゴに添え、犯行当時を思い出そうと、じっと考え込んでいた。
捜査員が「どうした?」と訊くと、「うるさいなぁ。真剣に考えているんだ。」




