第4章:【少年時代】(2)
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「一人でテレビを見たり、怪獣の本を読んだりしていた。あんなにおもちゃなどがたくさんあるのに、遊びに来る友達は少なかった」
(小学校時代、宮崎の部屋に偶然入ったことがある同級のOL)[『読売新聞』1989.8.13]
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「部屋に遊びに行ったら、猟奇的なマンガがたくさんあって、気持ち悪い思いがした」
(近所の遊び仲間)[『サンデー毎日』1989.9.3]
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楳図かずお、日野日出志の類の漫画であろう。古賀新一やひばり書房の漫画はあったか?
当時の人気怪奇漫画家、古賀新一氏のマンガを宮崎が所有していたかどうか、蜂巣氏は気になっているようだ。古賀氏の代表作『エコエコアザラク』の中に、アナグラムに関連する回があるそうで、宮崎のアナグラム創作説を裏付ける可能性があるからだろう。
アナグラム説の真偽は不明だが、宮崎の部屋に『エコエコアザラク』があったのは事実である。
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「作文の時間にツトム君(宮崎)が書いた“カラーテレビがほしい”という題の作文を授業で使ったことがありました。家庭内のことを子供らしく書いてあった。クラスには必ず2、3人いい文章を書く生徒がいます。ツトム君はその一人でした」
(小学校1年担任、K氏)[『女性自身』1989.9.5]




