第3章:【少年時代】(1)
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「小学生の頃、皆で遊んでいても、夕方になると、お母さんが必ず迎えにきました」
(同級生E)[『文春』1989.8.31]
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「親父さんは、運動会の時に『これから勤がとぶ(走る)よ』と言ってカメラを構えていた」
(近所の主婦)[『サンデー毎日』1989.9.3]
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「外で友達と騒いでいる姿を一度も見たことがありません。子供の頃は、河原で遊んでいるところも見かけましたが、それもうずくまっていることが多かったように思います」
(近所の主婦)[『サンデー毎日』1989.9.3]
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「子供の頃、よくかき氷を食べにきましたっけ。でも、いつも一人で背を丸めて食べてたねぇ。子供はたいがい何人かでゾロゾロ来て騒ぐのに、あの子だけはね……」
(近くの雑貨店のおばあちゃん)[『サンデー毎日』1989.9.3]
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「川へ行こうと言うと、勤はいつも海水パンツひとつで駆け出してきた。そして、みんなと一緒に秋川の河原で水のかけっこをしたり、寝ころがって甲羅干しをした。そういう点では、勤は普通の遊び仲間のひとりだった」
(幼なじみ)[『明星』]
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「小学校の頃から自分の部屋を持ち、専用のテレビを持っていたのは、このあたりでは勤ちゃんだけ。それだけ大事に大事に育てられた子供でした」
(近所の主婦)[『文藝春秋』10号【追跡!宮崎勤の「暗い森」】安倍隆典]
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「怪獣に詳しくて、それまで黙っていても、怪獣の話になると、とたんに目を輝かせた。どんなに古いテレビのものでも、怪獣の名前だけはスラスラ言えた。それで、みんなから怪獣博士って呼ばれていた」
(幼なじみ)「明星」
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筆者の子供時代のあだ名も“怪獣博士”だ。当時、日本全国にどれだけの“怪獣博士”がいただろう。
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「小学校の頃はウルトラマンに出てくる怪獣の人形や自動車、新幹線の模型を集めるのが趣味だったみたいで、それはもう驚くほど持っていました」
(近所の主婦)[『サンデー毎日』1989.9.3]




