第39章:【就職~家業手伝い】(11)
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「『所沢の西武に買い物に行くから付き合ってくれ』って。道に迷いながら所沢に着いたが、自分を車内で待たせ、ビデオの生テープ10本と海外旅行のパンフレットをたくさん持って帰ってきた」
(中学時代の同級生)[『朝日ジャーナル』1989.8.25]
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「昨年夏、パズル雑誌『パズラー』に自分が投稿したパズルが掲載されたことを自慢げに教えてくれた」
(同級生)[『朝日ジャーナル』1989.8.25]
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「宮崎はいつも自分の車で迎えに来ましたが、家の外で息子の名前を呼ぶと、息子が出て行くまで、ただ表でじっと待っている。息子が行きたくないのでぐずっていると、宮崎は家の近所を車でビュンビュン走り回った後、また息子を呼びに来る。
宮崎は家には絶対に上がりません。いつも車の中で待っている。顔を合わせても挨拶ひとつするでもなく、とにかく何もしゃべらない。笑った顔なんて見たことがありません。息子と同級生とはとても信じられないぐらい老けた感じで、30歳以上には見えました」
(中学時代の同級生の母親)[『文藝春秋』10号【追跡!宮崎勤の「暗い森」】安倍隆典]
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ドライブ中、友人と話の反りが合わなくなると、「降りてくれよ。」と車から追い出すこともあった。
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「彼とは3回ぐらい一緒にドライブに行ったけど、車中でも口数少なく、ラジオやカセットを聴くだけ。ドライブしていてもつまらない。断ってもまたすぐ誘いに来る、ちょっと身勝手なところがあったなあ」
(五日市町で同級のドライブ仲間)[『週刊女性』1989.9.5]
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宮崎と一緒にドライブした友人の一人は、「プレステージ」でタレントの稲川淳二らの話す心霊現象特集の録音をずっとかけられ続け、閉口したと話す。
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「気持ち悪いから消してくれ、と言ったんですが、全く聞かずに流しっぱなし。滅入りましたよ」
(友人)[『週刊朝日』1989.8.25]
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「気持ちが悪かったけど、我慢して聞いていたんだ。聞くのは嫌だったね、あんなの。宮崎はハンドルを握って、にやにや笑いながら、ウンウンって、ずうっとうなずいていた。うれしそうな顔だったよ。おれは帰ってからニ、三日、風邪をひいたみたいに背中がぞくぞくして、体が変だったよ」
(同じ町の青年)[『現代』10号【幼女惨殺】吉岡忍]
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こんな猟奇事件で名前を出された稲川氏も迷惑だっただろうが、稲川氏は宮崎事件をネタに話をでっちあげた、メチャクチャな内容の“創作怪談”を披露しているので、元は取ったというところか。




