第38章:【就職~家業手伝い】(10)
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「あの子はお母さん子だったのよ。いまだにお母さんは、あの子のことを“つとむちゃん”って呼んでたし、あの子はあの子で、お母さんのことを“チャーチャン”って呼んでたくらい」
(家族ぐるみの付き合いがある近所の主婦)[『週刊女性』1989.9.5]
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「もう、26歳なので、ビデオでもなかろう。結婚したらどうだ、と勧めた」
(父親)[『サンデー毎日』1989.9.3]
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「事件を起こす一週間前には『もうお前も、子供の見るアニメなんかやめて、とにかく仕事を覚えろ』と言ったんです。それで1年か2年以内に結婚させて、秋川市のほうに支店でも持たせようと思ってたんです。もう内緒で印刷機材やカラーコピーなども買う準備をしていたんだ」
(父親)[『女性自身』1989.9.5]
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宮崎の車は、ダークブルーの日産ラングレー。後ろと横の窓に、当時既に使用が禁止されていたモスグリーンの目隠しシールが張ってある。
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「彼がドライブに誘いにくるとき、前もって電話をかけてきたことはありません。いつも突然やってくる。それなのに、こちらが誘いに行くと、絶対に断る。理由はいつも“今日は用がある”。
ガソリン代は、彼が誘ってたのに、いつも割り勘でした。彼の金銭感覚はシビアで、金はたとえ10万円でも金額に関わらず貸してくれるんですが、必ず利子を取るんです。それも、期間によって利子が違ってくる」
(A氏)[『文藝春秋』10号【追跡!宮崎勤の「暗い森」】安倍隆典]
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「ささいなことですが、ドライブに行く時でもボクの車を使おうとするし、誘っておきながら『ガソリン代を出してくれよ。』と言われたことがありました。それでいて、いっしょに車に乗っても、ビデオがどうしたこうしたという話以外、何の話題もありませんでした」
(A氏)[『テーミス』1989.8.30]
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「どこかに行って食事をして帰ることが多かったんだけど、車の中でほとんど話をしないんですよ。音楽を流すわけでもなく、黙々と運転しているんです」
(友人)[『フラッシュ』]
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「行き先を聞いても言わない。結局、新宿のカメラ店まで行って、宮崎がビデオテープ5、60本を買っただけ」
(友人)[『朝日ジャーナル』1989.8.25]
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「運転が乱暴なんですよ。急にブレーキをかけたり、坂道をすごいスピードで降りたりするんだから。怖くて、ねえ。それに、運転してる間、なんにもしゃべらないから、気詰まりになっちゃう。不気味っていうか。勤ちゃんは、ほんとに何に関心があったのかしらって、今も思うんですよ」
(3回、宮崎の車に同乗したことのある、下請けを依頼されていたオペレーターの女性)[『現代』10号【幼女惨殺】吉岡忍




