第36章:【就職~家業手伝い】(8)
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「勤は、幼い時から手が不自由なのを気にしていた。実際4歳の時には手術を考えた。でも手術をして身障者になったらと将来を考慮して、そのまま暮らしてきた。
勤は以後、さまざまなことがうまくいかないのは、すべて手のせいにしてきたようだ。(成長してからは)『手が悪い。オレは結婚できない。どうしてオレみたいなのを生んだんだ』という気持ちはあっただろう。そのうっぷんがビデオに向いたのでしょう」
(父親)[『東京新聞』]
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174~176は、当時見合いをした相手の証言だが、手のことは一言も語っていない。そもそも、誰も気づかないレベルの障害を、宮崎家がわざわざ見合い相手に伝えるはずもない。
先方が断ったのは単に印象が悪かったから。この話では、それを自分で手の障害にこじつけていたように聞こえる。
宮崎は見合いをさせられるのを嫌がり、家庭内で結婚話が出ると、いつも逃げるようにその場から立ち去ったとも父親は語っている。息子が「手のせいで結婚できない」コンプレックスを持っていたと、父親は独自解釈していたのではないか。
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「彼の部屋の写真を見たとき、おかしいな、と思ったことがある。ビデオデッキを4台持っていれば、初心者でもセレクターを持ってますよ。どのデッキで何を録画しているのかを確認するには必需品ですから。だけど、彼の部屋にはなかったですよ」
(某ビデオマニア)[『現代』10号【幼女惨殺】吉岡忍]
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「宮崎の部屋を最後に覗いたのは去年の正月でした。ビデオテープに囲まれた部屋の真ん中にコタツがあって、その上に山盛りのミカンがあったのを思い出します」
(A氏)[『文春』1989.9.7]




