第35章:【就職~家業手伝い】(7)
当時はまだ「おたく」(もしくはオタク)の語は一般化していなかった。なので、現在なら頻出するであろう「おたく」は、この証言集には出てこない。
「おたく」を使わない代わりに、「子供っぽい」「マニアック」等で表現しているようだ。
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「五、六年前から月に三、四回買いにやってきました。ところが、今まで一度も口をきいたことがありません。本とおカネを出すだけ」
(『あきがわ書房』のKさん63歳)[『週刊読売』1989.8.27]
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そんなことは別段、普通だと思うのだが……「近所で常連なら、店員と口をきかなければおかしい」のだろうか。
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「3年前、宮崎に30分番組の『ウルトラセブン第12話』をダビングしてもらったんです。もう再放送されない“幻のビデオ”なので、僕たちマニアの中では貴重なものなんだけど。
でもその代わりにテレビ埼玉で放送中の番組を1年間録画するようにいわれ、結局、2時間テープ10本も送らされました。一方的な要求ばかりするエゴイストで、マニアの中でも常識はずれですよ」
(埼玉県のビデオマニア)[『女性自身』1989.9.5]
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「宮崎は、自分勝手で人にはダビングを頼むくせに、他人には協力しない。それに頼んでくる量がまとめて10本、20本と極端に多い。頼んでくるのは、怪獣ものやアニメが多かった。相手の了承も得ずに、勝手にテープを送りつけてくる。
電話で頼んでくるときも、ちょっとでも渋ると、やってくれるのか、やってくれないのか、どっちなんだと、しつこくからんでくる。
普通は好みの傾向があるものなんですが、宮崎の場合は滅茶苦茶で、とにかく珍しければ何でもいいという集め方でした」
(H川氏)[『文藝春秋』10号【追跡!宮崎勤の「暗い森」】安倍隆典]
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「会報見てまずビックリしました。大学まで出ているはずの青年が、小学校の低学年が持っているような作品ばかり並べて“私のベストテン”とやっている。何だか気持ち悪いうえに自分勝手なので、誰もが『交換』などを避けました」
(日本総合ビデオクラブの会員)[『テーミス』1989.8.30]
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「昨年、題名を忘れましたが、ロリコンビデオをダビングしてくれ、とテープを持ってきました。30分くらいのもので、4、5歳くらいの女の子2人が裸で虫捕り網を持って走る内容でした」
(友人)[『週刊読売』1989.8.27]
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現在では考えられないが、当時は幼女の全裸を写したイメージビデオや写真集が、一般書店で堂々と売られていた。宮崎の所有ビデオリストに『プチトマト』があるので、恐らくその辺りのものだろう。
ただ、4台のビデオデッキを持っていた宮崎が、なぜ他人にダビングを頼む必要があったのか「?」だ。




