第28章:【短大時代】(4)
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「一人でパズルを解くなど、いつも傍観者的で静かだった」
(短大の同級生)[『サンデー毎日』1989.9.3]
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彼はクイズやパズルの常連投稿者で、この時期、ルービックキューブにも夢中だった。
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「1981年の半ばごろだったが、パズルのページについて、連日のように電話をかけてくる読者がいました。『問題のここは、おかしんじゃないか』『問題文の意味が分かりにくい』といった具合で、マニアックな問い合わせでした。電話の声がなんか押し殺したふうで、ちょっと気味が悪かったですね」
[『現代』10号【幼女惨殺】吉岡忍]
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「ネチっこく、細かい質問を次から次へと浴びせてくるんです。それも理不尽というか論理的におかしいようなことも、平気でぶつけてくる。
“自分はこういうやり方で点数を出したんだけれど、これが最高点でないのはどうしてですか?”的な質問が多かったですね」
(情報誌のA編集者)[『デイズジャパン』10号]
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身勝手な質問に注意を与えると、「Aさん、どうしてそんなことを言うんですか……」と泣き出しそうに言ったという。
一年後、宮崎はパズル解答ハガキの採点と整理のアルバイトを10日ほどする。
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「いくぶん暗い印象はありましたが、電話の声から想像したよりは普通の若者でしたよ。もともとパズルが好きだったせいか、仕事には没頭しているようでした」
(某雑誌パズル担当者)[『現代』10号【幼女惨殺】吉岡忍]
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「僕が彼の家のことや将来の希望について聞いても、彼から返ってくる返事は、『アー』という、人をおちょくったような、ぶっきらぼうな単語だけなんです」
(情報誌のA編集者)[『デイズジャパン』10号]
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A編集者は、ガールフレンドについての質問もした。宮崎の答えは、『女の子のことは、もう諦めているんですよ』であった。
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創作パズル投稿の常連でもあった。パズル雑誌、『パズラー』に一度、自分の創ったパズルが掲載されたことがある。
『パズラー』に掲載されたという宮崎の創作パズルは確認できていない。『ホットドッグプレス』の誤りかと思うのだが。
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「熱心さには驚きました。ここが悪い、と指摘すると、『どうしてですか』と、泣きそうな声で、駄々(だだ)っ子のように繰り返すんです。
それでいて、問題を作ってくるときには、若者雑誌特有の言い回しがありますね、『やあ、元気かい』っていうような、あれをそっくり真似てくるんです。それは上手かったですね」
(某雑誌パズル担当)[『現代』10号【幼女惨殺】吉岡忍]




