第26章:【短大時代】(2)
高校時代の何人かの友人とは付き合いがあった。映画やプロレス、テニスとか大学対抗アメフトの試合、サーカスなどを友人を誘って見にいく。
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「切符はみんな、宮崎がクイズなどで当てたものばかりで、たぶん一枚も買ったものはなかったんじゃないかなあ。とにかくすごい量の応募ハガキを書いてましたから」
(友人)[『現代』10号【幼女惨殺】吉岡忍]
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「そういえば、彼の服装はいつも、ジーパンに襟のあるポロシャツで、オジサンふうだったよね。どっかズレてるっていう感じ」
(短大の同級生)[『現代』10号【幼女惨殺】吉岡忍]
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『週刊朝日』(1989.8.25)によると、十年来、宮崎家とつき合いがある洋品店店主のAさん(65歳)は、宮崎のスーツを三着仕立てたことがあった。
成人式用のグレーの三つ揃い、昭和56年に仕立てたブレザースーツ、そして、1989年6月半ばに注文を受けた夏用礼服、である。母親に付き添われた宮崎は仕立てに関して自分の好みをはっきり言わない。
しかし、注文通りに仕立てたブレザースーツを「クサい(格好悪い)」と放り投げたことがあるという。
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「短大1年の秋ごろだったかな、『この前、同じクラスの女の子と映画を観に行ったんだ』と言ったんです。『かわいいのか』と聞いたら、『まあまあだな。ぼくより背が高いけど』と照れるわけでもなく、当然といった様子で話していました。話はそれだけだったけれど、めったにないことなので、ほうっと思ったんですよ」
(友人)[『現代』10号【幼女惨殺】吉岡忍]
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「アイツ、大人の女に興味が無かったなんてウソですよ。アダルト雑誌もビデオも見ていた。“日本人より外人のほうがスタイルがいいから、いいよな”と言って、外人を好んでました。金髪も好きだったみたい」
(10年来の友人)[『女性セブン』1989.9.14]




