第25章:【短大時代】(1)
1981年、東京工芸大短大画像技術科に進学。
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「1年のとき宮崎君とおもな授業はいつも一緒でした。いつも顔を見合すから、私たち女の子もごく自然に“おはよう”って声をかけるし、隣の席になれば話しかけもするんです。でも、絶対に彼は答えようとしないんです。笑い返しもしない。視線を伏せちゃうんです。
最初のうちは照れてるのかと思ってたんですが、あまり嫌そうなので、女の子たちも挨拶しなくなったの。別に避けるつもりはなかったけど、こっちもあんまりいい気はしないから」
(同級生のOさん)[『女性自身』1989.9.5]
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「彼はいつも一人だった。たいていグループができて、それぞれ集まって遊びに行ったりしたものですが、彼はどこのグループにも属していなかった。クラスのコンパにも出てこなかった。
陰気で暗いから皆が遠ざけたというのではなく、真面目で勉強しかしない秀才タイプの人間だと思っていたんです。目立たなくて、色が白い人だったという記憶しかないですね」
(同級生)[『文藝春秋』10号【追跡!宮崎勤の「暗い森」】安倍隆典]
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箱根に写真撮影の実習に行ったときは、ひとり、テレビを観ていたという。
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「学生食堂や教室移動のとき、女の子同士で固まって話していると、遠くから、じっと見ているんですよ。にやにやしているんじゃなく、無表情というか、むしろ怒っているような感じでね。
私、最初は宮崎君に朝会うと、『おはよう』と挨拶してたんだけど。逆ににらまれるんで、怖いからやめることにしたんです」
(短大同級生、T子さん)[『テーミス』1989.9.13]




