第24章:【高校時代】(8)
友人と宮崎の似顔絵漫画が描いてある、高校3年のときの宮崎勤からの年賀状。友人の口から出た吹きだしには「アムロ歌ってくれよ」と書いてある。
『機動戦士ガンダム』のテーマソングを3番まで覚えていて、友人がそう頼むと、小さな声で歌ってくれたらしい。
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「宮崎はほんとに、あのころは純粋にアニメが好きなアニメ少年だった。いま会ったら、もう一回言ってやりたい。『アムロ歌ってくれよ』って」
(年賀状をもらった友人)[『現代』10号【幼女惨殺】吉岡忍]
珍しく、ちょっと泣かせる?コメントだ。筆者も当時放送された一作目の『ガンダム』にはハマったクチなので、こんなところも身近に感じてしまう。
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高校3年の夏休み、宮崎の家へ遊びに行った友人四人がいる。五日市駅で待ち合わせ、秋川で泳ぎ、近所を案内してもらい、自宅に泊まった。風呂に入って、夕食に母親の作った鉄板焼きを食べ、父親も挨拶に出てくる。食後、宮崎勤の部屋でトランプをした。
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「当時の彼の部屋は広々としていました。ビデオがなくて、本棚はもっとスカスカだった。お父さんは陽気で、アイツに似ていました。お母さんは腰が低かった。普通の家庭でしたよ」
(友人)[『女性セブン』1989.9.14]
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「あのころはかなりのマンガを持ってました。雑誌は『少年サンデー』『少年マガジン』など、単行本は『ドカベン』とか、特撮ものの図解とか写真集。けっこうきちんと本棚に入ってました。量が多かったのでびっくりしたんですよ」
(3年の夏休みに宮崎の家に泊まりに行った友人)[『現代』10号【幼女惨殺】吉岡忍]
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「東宝系の特撮物で、ゴジラばかり集めた写真集が自慢でした。『なかなか売ってないんだ、これ。おれだけしか持ってないよ』って、言ってましたから。
アニメのセル画も、何枚か持っていたし、変わってるなと思ったのは、『りぼん』とか『マーガレット』なんていう少女コミックもあったことです。へえ、こんなのも読んでるのか、と思った」
(同)[『現代』10号【幼女惨殺】吉岡忍]
この友人は「変わってるな」と感じたようだが、家族に姉や妹がいる場合、本人も少女マンガを読み始めるのは、よくあることだろう。
他にも、友人が家に来たときには、近くのボーリング場へ連れて行ったりした。




