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第23章:【高校時代】(7)
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「英文科志望だったようですが、一、二年の成績から、無理だと思ったんでしょう、三年一学期の面談では、“家が新聞をやっているので、印刷関係の専門学校に進みたい”と言ってきた」
(3年時担任教師)[『文藝春秋』10号【追跡!宮崎勤の「暗い森」】安倍隆典]
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「宮崎は、どうしても明大に進みたいということもなかったみたい。家が印刷業だから跡を継ぐのでその関係の学校に行くんだと、早い時期に言ってました」
(同級生N君)[『女性自身』1989.9.5]
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「高校卒業の半年ほど前、電車の中で宮崎と出会った。“大学はどこへ行くんだ”と訊くと、“明大への推薦が取れなかった。家の仕事を継ぐため、専門の短大に行くよ”と、自嘲気味に答えてました。ずいぶん淋しそうだったな」
(中学の同級生)[『文春』1989.8.31]
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「『明大一部の推薦入学がダメ、二部なら大丈夫と先生に言われた』と言ってました。がっかりした様子で、英語教師の道もそれであきらめたのでしょう」
(中学の同級生。)[『サンデー毎日』1989.9.3]




