↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
18/54

第17章:【高校時代】(1)

 69▼


 「五日市(いつかいち)中学から初めて明大中野へ合格した、と校長先生も喜んでくださった」


 (宮崎の母親)[『週刊朝日』1989.8.25]


 (※)「旧・五日市町(いつかいちまち)」は、令和8年現在、合併し・・・「東京都・あきる野市」の一部になっておりますね。


 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆


 70▼


 「私が国語教師だったせいか、彼の書く文章は、非常に特徴のあるものだったのが、印象に残っています。美文(びぶん)とか名文(めいぶん)というのではなく、おもしろい文章を書く生徒でした。

 折句(おりく)というのか、頭の文字を取ってゆくと、ある単語、言葉になる、そんな文章を細かい文字で、びっしり学級日誌に書いたりするんです。

 “あくまで”という単語を“悪魔で”と書いたり、そんな文章遊びもよくしていました。文章の中の宮崎は、饒舌(じょうぜつ)で明るい生徒なんですが、実際に本人に接すると無口で暗い生徒なんですね。そんなことが、今思い出されます」


 (高校1学年の担任だったM氏)[『文春』1989.8.31]


 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆


 71▼


 「クラブ活動もせずに、目立たなかった」


 (同校教頭)[『サンデー毎日』1989.9.3]


 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆


 72▼


 「印象がまったくといっていいほどありません。宮崎勤についてと言われても、どの宮崎なんだか――。それほど印象の薄い子でした。

 成績も中の下。1、2年の頃からそんな成績だったようです。

 遠くから通ってきているのに、遅刻早退がないという意味で問題の無い生徒だったように思っていた気もします。教師に逆らうわけでもないし、自己主張するわけでもなかった」


 (高校3年時担任のI先生)[『女性自身』1989.9.5]

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。