第11章:【中学時代】(5)
宮崎は空手の通信教育をやっていた。
47▼
「中学1年の頃だと思いますが、彼が空手を習っているのは知っていた。おとなしそうだけれど、空手を習っているんなら下手に喧嘩したらやり返されるな、と思ったことを憶えています」
(同級生)[『文藝春秋』10号【追跡!宮崎勤の「暗い森」】安倍隆典]
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
安倍隆典氏は「空手は、右手をきたえ攻撃によって身を守る武術である。右手の後遺症と、何らかの関連を持つと考えてよいだろう」と推測しているが、そんな大袈裟なものではないと私は思う。この時期、格闘競技に興味を示す子供は多い。
蜂巣氏の意見に同意。この時期『燃えよドラゴン』等のブルース・リー映画が大ブレイクしており、全国の子供たちに空手ブームが巻き起こっていた。手の障害と結びつけるのは、少々考えすぎであろう。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
48▼
「そうしたら勤が空手の形をやってみせたんです。誰かが殴る格好をして、それを避ける構えをしてみせたんだけどさ、なかなか堂にいってましたよ。体は小柄で痩せていたけど、ちゃんと格好になっていた」
(中学一年のときの友人)[『現代』10号【幼女惨殺】吉岡忍]
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
49▼
「仮面ライダー、怪獣のプロマイドを集めていたようで、一、二回交換した覚えがある」
(同級生)[『朝日ジャーナル』1989.8.25]
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
50▼
「勤と3、4人で地元のボウリング場に行ったとき、『好きなテレビ漫画が最終回なんで、いったん帰るわ。』と途中で帰宅して番組を見た後、再びボウリング場へ。
当時、発売されたばかりで高額なビデオデッキをすぐに買ってもらった、と言ってたから、ずいぶん大切に育てられたんじゃないかな」
(五日市中3年同級生、K君)[『週刊読売』1989.8.27]
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
当時、ビデオは26万円くらい。ちなみに、ここでいう“好きなテレビ漫画”とは『ガッチャマン』のことである。




