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この家の、あかり  作者: めこねこ


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第三話「マロンは、びびってない」― マロンの話

 オレはボスの息子だ。


 それだけは、忘れたことがない。

 そこだけは、譲れない。


 親父のことはあんまり覚えてない。でっかくて、どっしりしてて、誰も逆らわなかった――そのくらいだ。話した記憶もほとんどない。親父のことは周りから聞く話ばかり。近くにいたはずなのに、遠かった。


 でも、それがよかったんだと思う。

 それで、よかったんだと。


 ボスってそういうもんだろ。そこにいるだけで、場が締まる。声を出さなくても、みんながしゃんとする。そういう存在だった。オレも、いつかそうなりたかった。言葉じゃなくて、存在で示すってやつ。


 母ちゃんは、いた。

 なんなら親父以上にでっかくて、どっしりしてて、誰も逆らわなかった。


 いつもオレたちのそばにちゃんといた。

 オレらの飯を確保するために、縄張りをバリバリ仕切ってた。危ない場所を避け、人間との距離を測る。言葉じゃなくて、背中で全部教えてくれた母ちゃん。

 オレは母ちゃんの後ろをついて歩いて、その姿を見て、覚えた。

 でも、母ちゃんとは離れ離れになった。保護施設のやつらに連れていかれるまでの、ほんの短い間しか一緒にいられなかった。


 最後の朝のことは、よく覚えてる。


 母ちゃんがオレの頭を舐めた。いつもより長く、ゆっくりと。オレはされるがままにしてた。その時は、「なんだよ今日は」くらいにしか思わなかったけど、今ならわかる。

 あれは、お別れだったんだ。


 母ちゃんは言った。

 「父ちゃんのように強く、誰よりも誇り高く」


 よくわかんなかったけど、わかった。うん、わかったよ母ちゃん。オレ、ちゃんとやるよ。元気に暴れてやるから大丈夫だよな、きっと。


―――


 だから、施設の人間には甘い顔をしなかった。


 飯はくれる。水もくれる。同じ施設にいるやつらと喧嘩をしてケガをしても手当てをしてくれる。悪い人間じゃないのかもしれない。でも――こいつらのせいで、オレたちは母ちゃんと引き離されたんだ。あの最後の朝、母ちゃんが頭を舐めてくれたあの温かさを、終わりにしたのは、こいつらだ。そこは、忘れない。


 飯をくれても、そっぽを向いた。声をかけてきても、そっぽを向いた。

 腹が減ったら食うけど、それは負けじゃない。

 生きるため、妹を守るために仕方がなく食べるんだ。

 腹が空いたまんまじゃ、守れるものも守れないからな。


 これがボスの息子の流儀ってやつ。信頼は、飯じゃ買えないんだよ。

 そのくらいのことは、オレでもわかる。


 妹は臆病者だ。すぐ怯えて隅に行くから、オレが前に出た。怖くないぞ、って背中で示した。妹はオレの背中を見てた。それだけで、あいつが少し落ち着くの、わかってた。そういうもんなんだ、兄貴ってやつは。言わなくていい。ただ、前にいる。それだけでいい。


―――


 そうやって過ごしてたある日、見かけない人間がやってきた。


 でっかかった。施設で見たどの人間より、でかかった。隣に女の人もいた。二人して、ゆっくり歩いてきて、オレたちのケージの前に来た。


 じっと見てくる。オレも見た。そっぽは向かなかった。こういう時は、目をそらしたら負けだ。でっかい人も、目をそらさなかった。しばらく、お互いに見てた。


 なんか、こいつ、優しい目なのに鋭い。怖いとか、そういうんじゃない。ただ、鋭い。何かを、ちゃんと見ようとしてる目。オレのことを、ちゃんと見てる。そういう目だった。ちょっと緊張する。親父にも、母ちゃんにも感じたことがない、プレッシャー。


 オレのホントを見抜こうとする目。

 強がりも誤魔化しも通じない、そんな目。


 でも、ホントのオレを見るんだったら、オレは目線を逸らせない。


 そんなことを考えていたら、ケージが開いた。施設のやつが手を伸ばしてくる。

 あ、やばい。連れていかれる。

 でも、それより先に頭に浮かんだのは――妹のことだった。


 妹は、一人にしたらダメだ。あいつは“慎重”って言い張るけど、違う。本当は臆病で怖がりだ。一人だと固まる。固まって、ご飯も食べられなくなる。オレがいるから動ける。オレを見てるから、なんとかなってる。オレがいなくなったら、どうなる。


 思わず、妹の方に体を寄せた。離れたくない、って言葉じゃなく、身体で言った。

 低く、シャーと一発。

 牙も剥いた。


 それでも、容赦なくオレを抑えようと手が伸びてくる。

 離れたくない!を一生懸命伝えるため、逃げ惑おうとする自分たちを施設のやつがひょいっと捕まえ、オレと妹はそれぞれカゴに入れられた。

 引き離された。唯一の家族、妹と引き離された。

 母ちゃんに次いで2度目。妹はどうなる。不安しかない。


 そしたら、でっかい人が、右手にオレの入ったカゴを、左手には妹の入ったカゴを持って立ち上がった。


 え?


 そのまま施設のやつらに見送られ、オレらはそれぞれカゴに入れられていたが、一緒の車に乗った。一緒に施設から連れ出された。


 車の後部座席。隣のカゴから、妹の気配がした。震えていた。不安でいっぱいで、大きな目をより一層大きくして見開き、一点をジッと見ている。そばにいてやりたい。今は無理だけど。


 でも、さっきよりはましだとも思った。引き離され、最悪の状態になるのでは?と感じていたが、妹と一緒にどこかに連れて行ってくれるようだ。


 ――こいつら、わかってるじゃないか。


 引き離さないんだ。二匹一緒に連れていく。そういうことか。


 ちょっとだけ、人間を信じてみてもいいかな、って思った。ちょっとだけ。

 母ちゃんには内緒で。


―――


 車が止まって、家に入ったら、嗅ぎ馴れたにおいがして、びっくりした。


 ひとのにおいがした。


 しかも一匹じゃない。施設にもいろんな猫がいたけど、どいつもこいつも、怯えて弱気になった、辛気臭いにおいをさせていた。まぁ、快適だけど不安な毎日だったからわからなくもない。でも、ここの猫のにおいは違った。

 どこか上品で、どこか落ち着いていて、どこか安心感がある、そんなにおいだった。


 特ににおいの強い主が誰か、一発で分かった。でっかいグレーのあいつだ。あいつから、何か知らないけど、親分的なにおいがぷんぷん臭ってくる。でも、不思議と嫌じゃなく、どこか上品で、どこか落ち着いていて、どこか安心感があった。

 そして、片割れに、白黒のきれいなやつがいる。サビ色のちょっと母ちゃんに似たやつもいる。そこには三匹いた。


 三匹?え?思ってたより多い。全然多くない?


 グレーのやつが、こっちに目線を合わせてきた。カゴについた小窓から様子を伺っていたオレに目線を合わせてきたんだ。すごい目だった。強いとか弱いとか、そういうんじゃなくて、ただ、どっしりしてた。何も言わないのに、存在感があった。顔立ちはシュッとして色男なのに、全然似てもいないのに、なんか、親父みたいだな、って思った。会ったことほとんどないのに、こういう感じだったのかな、親父、って思った。


 白黒のやつは、目をまるくして、ちょっと驚いた顔をしてた。その澄んだ目で、グレーのやつと同じように、小窓から覗いている自分に目線を合わせてきた。きれいな顔をしてるな、と思ったけど、それは口には出さなかった。随分年が離れているよな。なんかきれいなお姉さんって感じがした。


 サビ色のやつは、じろって見てきた。品定めするみたいな目だった。でも、冷たくはなかった。なんか、温かさがある目だった。そして、グレーと白黒と違って、オレと妹を交互に見て、そして妹にジーッと視線を合わせているようだった。温かさがより一層増した気がした。そして思った。この人は、苦労してるな、って。なんとなくだけど。


 オレはどうしたらいいんだ。ボスの息子として、どう振る舞えばいいんだ。威張るのか。馴染むのか。観察するのか。母ちゃん、こういう時どうするか教えてくれなかったぞ。


 妹をチラリと見る。


 車に乗っていた時よりかは遥かに落ち着いた感じだが、全身の警戒はマックスのまま。そうだよな。警戒を解くほどにはここがどんなところかはわからないよな。とは思うものの、オレは少し警戒を緩めてもいいんじゃないかって思っていた。


 カゴの蓋が開いた。

 妹の方の蓋も開けられたが、カゴの奥で固まっている。しょうがないな、兄貴が先に出るか。


―――


 そしたら、チビっこい女の子が来た。


 人間の、女の子。家族の中で一番小さいやつ。そっとしゃがんで、オレの目を見た。何も言わなかった。ただ、そこにいた。


 なんだろう、この感じ。


 怖くなかった。変な感じもしなかった。圧もなかった。ただ、居心地がよかった。不思議な目だった。スーッと心に届くような、自分のことを心底大事にしてくれそうな、そんな目だった。


 見つめられると、なんでこんなに居心地がいいんだろう。


 考えてもわからなかった。でも、わからなくていいと思った。気持ちいいもんは、気持ちいい。


 気づいたら、その子の足元に擦り寄る自分がいた。


 自分でもびっくりした。オレ、今なにしてる?ボスの息子が、初めて会った人間の足元に擦り寄る?でも、気持ちよかった。なんか、自分のにおいを女の子に付けたかった。なんならオレを撫でて欲しかった。たぶん、撫でてくれたら目がとろんとなるだろう。我慢したくない。もう女の子にすべてを任せたかった。ボスの息子の威厳はどこにもない。手遅れだった。


 その子の手が、オレの頭を撫でてくれた。希望どうりに撫でてくれた。


 うまかった。


 力加減が、ちょうどよかった。転がり落ちるような笑い声で、嬉しそうにオレを撫で回す。どこが気持ちいいか、わかってる手だった。もしかして、この子、ひとのことわかってるんじゃないか。そう思った。


―――


 そのあと、白黒のハチワレの姐御――かぐやさんって言うらしい――が近づいてき

て、くんくんとにおってくれた。そして、ぺろって頭を舐めてくれた。


 え、なんで。突然すぎる。


 オレ、何かしたっけ。汚かったか。いや、でもこれ、違うな。汚いから舐めてるんじゃない。なんか、こう――受け入れてくれてる感じ、がした。ここにいていい、って。この家の一員として認めてやる、って。そういう感じがした。


 こんな感じ、知ってる気がした。母ちゃんに舐めてもらった時のこと、もう、あんまり覚えてない。でも、こんな感じだったかな、って思った。あたたかくて、やわらかくて、安心する感じ。そんな気がした。


 目の奥が、ちょっと熱くなった気がした。


 ……気のせいだ。


 恥ずかしいから、妹には絶対言わない。


―――


 夜、みんなが寝た後、一人で部屋を見回した。


 でっかい人。お母さん。うるさい男の子。ちびっこい女の子。グレーのかっこいい・・・諭吉さん。白黒のかぐやさん。サビ茶のチャトランさん。妹。


 なんか、多いな。にぎやかだな。


 施設にも多くの仲間がいたけど、なんか大人しかった。なんか、みんなが言うには、大人しくした子から、いいところにいけるんだって。だからみんな静かにしてた。静かすぎて、落ち着かなかった。音がなさすぎると、かえって怖い。


 だから、オレは妹と一緒に暴れてた。オレはオレ。大人しくしてどこかいいところに行っても仕方がない。オレらしくない。そんなオレでもわかる。この家は4人と3匹がうるさいくらいに交わっている。


 だけど、こっちの方がいい。

 ずっとこっちの方がいい。


 そして、暴れていたから、妹と一緒にここに来れた。大人しくしていたらここには来れなかった。やっぱりオレは、オレらしくして、ふさわしいところに来た気がする。


 諭吉さんのことが、また頭に浮かんだ。あの目が、忘れられない。あの、どっしりした目。親父みたいだな、って思ったやつ。なんか、あの人のそばにいると、落ち着く気がする。かっこいいな、と思った。ああなりたいな、と思った。


 母ちゃん、聞こえてるか。


 オレ、大丈夫だよ。妹も、大丈夫だよ。いい場所に来た気がするよ。ちょっとだけ、そう思ってる。誇り高く、やってくよ。


 オレ、今、スッゴク幸せかもしれない。

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