第九話 エモノを、狙う
<マロンとおはぎ>
オレは、お昼のこの時間が大好きなんだよね。
メシを食って、お腹いっぱいになって、ちょっと休んだ後、みんながのんびりとしている中でパトロールをする。これが、オレの午後の楽しみ。
諭吉さんはいつもの椅子の下で丸くなっているし、かぐやさんはピアノ横の戸棚の上で丸くなっている。チャトランさんは冷蔵庫の上で、おはぎと毛づくろいをし合っているはずだ。人間たちも、それぞれどこかへ行っている。
つまり、この家はオレのもの!
どこに行こうが、何をしようが、オレのやりたい放題。今日こそ二階の奥の部屋まで探検してやる。あそこには、まだ嗅いだことのない匂いがする段ボール箱があるんだよ。扉の下をちょいちょいっと引っ張れば、うまくいけば開ける事ができる。いつもならお母さんに見つかって直ぐに閉じられちゃうけど、今日だったらじっくり確かめて、匂いの正体を暴いてやる。それがボスの息子の仕事ってもんだ。
よし、出発だ。
「ってお兄ちゃん、盛り上がっているところ悪いんだけど、ちょっといい」
一歩目を踏み出そうとしたオレの尻尾を引っ張る声。振り向くと、おはぎがこちらに向かってくるところだった。いつもより毛並みがツヤツヤしているから、さっきまでチャトランさんに念入りに毛づくろいをしてもらっていたんだろうな。
「なんだよ。チャトランさんのところで毛づくろいしてたんじゃねえのかよ」
「もう、終わったもん」
おはぎは、オレのそばで足を止めた。どこか、もじもじしている感じがする。こういう時のおはぎは、面白い話を持ってくることがある。そうじゃなかったらとっとと行かせて貰おう。
「で、なんだよ」
早く二階に探検しに行きたいのにと思いながら聞いてみる。
「あのね、さっき冷蔵庫の上から見えたんだけど、なんかさ、居たんだよ」
なになに、何が居たって言うんだよ。やっぱり、二階に行くよりも面白いことなんじゃないの。でも、あんまりうれしそうにすると、おはぎに舐められちまう。
「居たって?何がいたんだよ」
「黒くてね、すっごく速かったの。それがね、冷蔵庫の横の隙間から出てきてね、お母さんがいつも立っているところあたりに行ったの」
な、何!それって、獲物じゃん!
オレの体に、ビリビリと何かが走った。本能ってやつ!こういう時のために、オレはパトロールをしているんだ。そうだ、これがオレの役目。この家を守るのは、オレの仕事っつうの。
「それでそれで、そいつ、そこからどこ行ったの」
「だから声かけたのよ。まだその辺りにいると思うのよ」
よし、行くぞ。二階の探検なんか、後でいい。今はこっちだ。
オレは台所に向かった。まだ距離が結構あるが、慎重にゆっくりと足音を立てずに近づかないと、相手に気が着かれっちまう。なんか、こういう動き、血に刻まれてる感じがするな。ボスの息子の本領発揮ってやつだ。
ドタドタ……。
く〜、なんか足音が立っちまう。
お母さんがいつも立つ場所が見える場所で、姿勢を低くし、後ろ足を踏ん張りながら、ジッと様子を伺う。
でも、いくら待っても、黒くて早いやつは出てこない。
おはぎに言われた場所を目の隅に置きつつ、台所の隅をちらりと覗く。冷蔵庫の下もちらりと覗く。台所の下のところまでの道筋をじっくりと観察する。どこにもいない。おはぎの発見からさほど時間は経っていない。
さっきまで確かにいたはずなんだよな。オレは、尻尾をブンブン、前足にジリジリとバネの力を溜めながら、緊張した時間を過ごす。
「お兄ちゃん、あっち」
おはぎの高い声が響いた。振り向くと、おはぎが最後に目撃した場所とは全然違う場所に、黒くて小さい影がすっと走った。
速い。
オレはバネの力を黒い影に向けて解放した。そのままトップスピードで追いかけた。
ドタドタドタ。
リビングへの曲がり角に入ったところで見失った。確かに黒い物体は曲がったが、追いついた時にはもう姿がない。見回すと、小さな隙間はあちこちにある。どこかに逃げ込んだのか。全体を見渡せる場所でさっきと同じように、ジリジリとバネを巻き上げる。
カササササササッ
思っていない場所から、また、黒い影がすーっと流れる。
また追いかける。また見失う。
その繰り返しが、夕方まで続いた。
結局、獲物を狩ることが出来なかった。ハンター失格である。
オレはリビングの真ん中にへたり込んだ。疲れた。全身が疲れていた。でも、悔しいとか、情けないとか、そういう気持ちより先に、なんか、楽しかったという気持ちの方が大きかった。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
途中で飽きてしまいチャトランさんのところで丸まっていたおはぎが、横に来て静かに座った。自分がオレを煽ったくせに、飽きたから知らん顔ってなんだよ。
「大丈夫!ちょっとコツが分からなかっただけだから」
「コツ……?」
おはぎが、なんとも言えない目でオレを見た。
「次は絶対に獲れる。今日でバッチリ分かったから、次はあいつはオレのもんだ。」
おはぎはそれ以上何も言わなかった。ただ、オレの隣で丸くなった。
夕方の光が、リビングに斜めに差し込んでいた。今日は、探検できなかった。
でも、まあ、それはまた明日でいい。
――――――
<おはぎとかぐやとマロン>
縁側の網戸の前に、ひとりでかぐやさんがいた。
じっと、庭を見ていた。
興味が惹かれたわたしは、そっとかぐやさんの横に座った。かぐやさんは何も言わなかった。でも、来てもいい、という雰囲気がしたの。
茶色い小鳥が二羽、ちょんちょんと地面を跳ねながら、庭に落ちた何かをついばんでいた。わたしはしばらくそれを眺めた。体の奥の方が、ざわざわとしてくる感じがした。目が離せなかった。
かぐやさんが、小さく喉を鳴らした。クルルル、という音。わたしも、気がついたら同じ音を出していた。体が勝手にそうなる。頭で考えているんじゃなくて、もっと深いところから来る感じ。
「網戸があるから、無理よね」
かぐやさんがつぶやいた。
そうだ。網戸がある。ここに来た時に登れるもんだから楽しく遊んでいたら、毎度毎度、お母さんに怒られた、あの網戸。その先にいる小鳥たちは、気が緩みきった感じで、ダンスを踊るように庭をちょんちょんと跳ねている。
段々と、体の反応が我慢できないくらいにじわりと熱くなる。気がついたら、この前のお兄ちゃんみたいに、後ろ足にグッと力を入れ、前足で体のバネ押さえつける体制を取り、ジッと小鳥たちを監視する。
でも、こんなに体が反応するのはなんでだろう。わたしはさらにじりじりと網戸に近づいていった。一歩、また一歩。できるだけ気配を消して。鳥はまだついばんでいる。小鳥たちは気づいていないんだ。もう少し近づいたら、何かが変わるかもしれない。
「あの鳥、全然こっちを気にしていないのよね」
かぐやさんが、ふと言った。はたっと気がついた。そうだ、網戸の先だ。確かにそうだった。あの小鳥たちは、わたしたちが見ているのを知っていて、なんにも出来ないんだろうって無視しているんだ。
そんなことを考えながら、諦めの気持ちが胸に広がり始めた時だった。
ドーン
すごい音がした。
音に反応して、緊張していた体が、自然に飛び上がった。かぐやさんはさすがに私のように飛び上がらなかったけど、ぴくっと耳を立てた。小鳥たちは、音がした瞬間に飛んでいった。庭が、一気に静かになった。
音のした方を見ると、マロン兄さんが、網戸に体ごとぶつかって、弾かれていた。鼻先を押さえながら、その場にへたり込んでいた。
しばらく、誰も何も言わなかった。
かぐやさんが、ふいっと顔を背けた。肩が、かすかに揺れていた。
わたしは、マロン兄さんを見た。マロン兄さんは、立ち上がって、何事もなかったような顔をした。その顔が、かえって切なかった。
「作戦があったんだよ」
マロン兄さんが言った。
わたしはしばらく黙っていた。どんな作戦だったのか、聞いた方がいいのか、聞かない方がいいのか。
「お兄ちゃん、網戸があるって、さっきわたしたちが言ってたじゃない」
「き、聞こえてなかった」
そうか、聞こえていなかったのか。それはそれで、マロン兄さんらしいな、と思った。
かぐやさんが、静かに立ち上がって、縁側から離れていった。その後ろ姿が、どこか笑いが我慢出来なくてたまらないように見えた。
もう一度庭に目をやったけど、飛び立った小鳥は戻ってこなかった。
マロン兄さんは、しばらくその場に座ったまま、鳥が飛んでいった空を見ていた。その横顔が、なんとなく、悔しそうというより、ぼんやりと次の作戦を考えているようだった。
わたしも、隣に座った。何も言わなかった。
夕方になると、また鳥は来るかもしれない。でも、その時もきっと、うまくはいかないだろう。
それでも、来るたびに、こうして並んで見てしまうんだろうな、と思った。
――――――
<チャトランとマロン>
冷蔵庫の上は、この家の中で一番落ち着く場所なのよね。
高いから、台所を中心に見渡せる。誰がどこにいるか、何をしているか、だいたいわかる。諭吉さんが窓辺に移動したのも、かぐやさんが二階に上がったのも、ここからならよく見えた。それに、ここに来る子はみんな、あたいに会いに来る子だから、気持ちが決まっている子しか来ない。
だから、下からマロンが飛び上がりながらここまで上がってきた時、少し驚いた。
あの子は滅多にここには会いに来ない。ここは見晴らしはいいけど、せいぜいふたり寝転べれば良い方。おはぎちゃんに遠慮をしているから、とても珍しい。
「チャトランさん、ちょっといいですか」
あたいは少し伸びをして背筋を伸ばす。毛づくろいで来たわけじゃないわね。マロンが、いつになく真剣な顔をしてこちらを見てくれている。何か抱えているのかしら、というのは、すぐにわかった。
「いいわよ、何が聞きたいの」
マロンがぴーんと背筋を伸ばして、隣に座ってきた。それから、少し間があった。あたいは急かさなかった。こういう時は、待つのが一番いい。
「チャトランさんって、外にいた時、狩りとかしてたんですか」
やっぱり男の子ね。あたいたちの本能で、狩りは切っても切り離せない。この子たちはお母さんから狩りのやり方、教えてもらえなかったんでしょうね。かぐやちゃんは外にいたけど狩りなんてする間もなくここに来たって言うし、あたいに聞きたくなったんでしょうね。
「狩り、ねえ」
あたいは、少し考えた。外にいた頃のことを。
あの頃、あたいが毎日していたことは、ご飯を確保すること。誰よりも美味しいご飯を人間からいただく狩りをしていた。あたいの子たちにもちゃんと教えてあげた技をこの子は学びたいのね。
「あたいの狩りはね、ちょっとしたコツが必要なのよ」
「やっぱり!それってどんなコツなんですか」
マロンの目がキラキラと輝いている。あたいのコツをこんなに目で聞かれたんじゃ、全部教えてあげるしかないわね。
「あたいの狩りはね、まずは、早めに場所を取るのよ」
「場所ですか?」
マロンが、首をかしげた。その顔、まだまだ子どもね。
「そうよ。誰よりも早く場所を確保するの。そしてね、エモノが来たらね、こんな感じで声を上げるのよ」
そういって、とっておきのニャオ〜ンを聞かせてあげる。マロンはこんな声、出せないわよね。
「そんな声を出したら、獲物が逃げませんか?」
「逆よ逆。エモノが多くあたいのところに来るわよ。」
少し自慢が強すぎるかしら?とは思うけど、少し大げさなくらいが、あたいのコツをしっかり覚えようとするわよね。
「獲物が寄ってくるんですか?」
「寄ってくるっていうか、エモノが運ばれてくるのよ」
あら?マロンが、あたいの話を聞きながら、だんだん顔が複雑になってるわ。そんなに難しいことだったかしら。
「あとはね、鳴きながら、体を擦り付けながら歩くのよ。そこでさっきのニャオンよ」
「そ、それって、体を何に擦り付けるんですか」
「足よ、足」
マロンは理解不能って顔になっている。そんなに難しくないけど、程よい距離感が必要だものね。ちょっとこの子には高度な技だったかしら。
「そうね……この家じゃ、あたいのコツを使う機会が少ないから、覚えにくいわよね」
「は、はぁ」
マロン、下を向いてなにかブツブツ言ってるわね。しっかり覚えようとしているのかしら。それなら、分からないところもしっかり教えてあげなくちゃね。
「マロンは、どんなコツが聞きたいの」
「一番聞きたかったのは、目線です。どこを見ていたらいいのか分かんなくって」
あら、この子、分かってるんじゃないの。たしかに、目線が大事よね。心を鷲掴みにするあの目線は、この子にも教えてあげなきゃね。
「基本は上目遣いで見ることよね。必ず目線を合わせるために、ずっと相手の顔を見ておくの。あたいはここにいるわよって目いっぱいアピールするのよ」
「えぇ!獲物に自分の居場所教えるんですか!」
「もちろんよ。自分を見てもらわなきゃ、エモノは狩れないわよ」
あら、マロン。どうして天井なんか見ているのかしら?やっぱり、あたいのコツはちょっと高度だったかしら。あたいの子たちでも、うまく出来なかった子もいたからね。
「あたいのコツはね。何度も何度も失敗しながら磨き上げてきた方法だからね。マロンは、マロンの得意な方法を磨いていったらいいんじゃないの?」
「そ、そうなんですか。オレの得意な方法で?」
あ、やっと理解できたって顔をしている。確かに、あたいのようには出来ないわよね。
「そうよ。例えば、あなたは体が大きいじゃない。その大きな体を前面に出すのよ。その体は武器になるわよ」
「オレの体が武器になる……」
目がキラキラとしてきたわ。もう一押しね。
「そうよ。最大の武器になるわよ。ほら、おチビちゃんはあなたを抱っこしてフッカフカってお腹に顔を埋めているじゃない。おちびちゃんの顔が全部隠れちゃうその体は最大限に生かさなきゃ」
「は、はぁ」
マロン、気のない返事をしちゃって。今まで自覚していなかったから、いきなり言われて戸惑っているのかしら?あたいは、少しだけ笑った。笑いたくなったわけじゃないけど、この子の素直さが、なんか、可愛いわ。
外の空が、少し赤くなり始めていた。そろそろ夕方になるわね。
「マロン、これ以上になると、あたいよりも諭吉さんに聞いたほうがいいかもよ。やっぱり、最後は男らしさから答えが出るかもしれないわよ」
マロン、そうだ!って顔をしている。やっぱり、いい子ね。
マロンはお礼もそこそこに、ドタっと、冷蔵庫から降りていった。
あたいは、その後ろ姿を見ながら、ひとりでぼんやりと思った。あの子は、あたいの狩りのことを聞いているようで、もっと別のことを聞きたかったんじゃないのかしら、と。
それが何なのかは、あたいにはわからない。でも、諭吉さんなら、きっとわかるわよね。
――――――
<諭吉とマロン>
窓の外を見ると、そろそろ夕暮れになる頃だな。
空の色が、少しずつ赤と黄色が混じり合い、白い雲を染めていく。夕日は遠く見える山の向こうに沈むが、まだその先に沈みきっていないので、空はまだまだ明るい。俺はただそれを眺めていた。この時間が、好きだ。何かをするわけじゃない。ただ、ここにいる。それだけでいい。
重く荒々しい気配がした。
振り向かなくても、わかった。マロンだ。足音で、わかる。いつものドタドタとした歩みを、できる限り丁寧に行おうとしている。俺に会いに来るときはいつもそうだ。気を使うなと言っているが、あいつなりの礼儀なのだろう。それにしても、今日はやけに慎重だな。何かを抱えているんだろう。あの子がこういう歩き方をするんだから。
「諭吉さん」
「ん」
少しだけ距離を空け、俺の隣に、そっと座った。ちらりと見る。夕日に茶虎の柄が当たり、心持ちオレンジ色に輝いているように見える。大きくなったな。ここに来た時は、ちびっこい子が来たもんだと思ったが、見違えたな。体重だけなら、俺を越えたかもしれないな。
マロンが言葉を紡ぐまで、そのまま夕日を眺めていた。この子とこんな時間を過ごしたのは、初めてのことだな。急ぐ必要もあるまい。ゆっくりとマロンの言葉を待った。マロンは少し背筋を伸ばしたうえで、言葉を続け始めた。
「狩りって、どうやってするんですか」
狩り……か。俺が子供たちに何かを教える日がくるとはな。
ここのところ、マロンが狩りに興味を持っているのは知っていた。階下でのドタバタと走り周る騒動は、ここにいても感じられた。そんなに焦る必要なないだろうに、急いで狩りの腕を上げようとしている感じだった。夕方になってへたり込んでいるが、諦めずに、次の日もその次の日も、獲物を変えて臨んでいた。うまくいかなかったのだろう、というのも、わかっていた。
「マロン、一つ聞いていいか」
「はい」
「どうして、狩りがしたい」
マロンが、少し黙った。すぐには答えなかった。この沈黙は、いい沈黙だ。ちゃんと考えている。
「ボスの息子なんで、この家で出来ることをって思い始めたんです。この家を守らなきゃって。お母さんたちだって、獲物をオレが狩ったら、喜んでくれるだろうなって。オレの役目だって思って」
なるほど、と思った。
この子は、強くなりたいのではなくて、役に立ちたいのだ。守りたいのだ。気持ち良いくらい真っ直ぐだな。
「この家を、守りたいのか」
「はい」
俺は、もう一度空に目を向けた。夕焼けが、さっきよりも濃くなっていた。
「外の世界なら、それもありだろう。外敵を追い払う。縄張りを守る。そういう力が必要な場面はある」
「ですよね」
だがな……、と少し言葉を置いた。マロンに、理解が出来るだろうか。
「この家の中では、狩りが必ずしも必要じゃない」
マロンが、少し黙った。納得しているのか、していないのか。ただ、しっかりと考えていることは、その表情から読みとれる。
「じゃあ、どんな力が必要なんですか。」
「本当の強さかな」
「本当の強さ……」
少し抽象的に伝えすぎただろうか。もう少しマロンに寄り添うか。
「本当の強さってのは、安心を与えることができる、大きさだな」
マロンが、首をかしげた。
「大きさって、チャトランさんが言ってた体の大きさじゃないですよね」
「違うな」
チャトランの話はわからないが、あの子の事だ。マロンに、体の大きさを有効に使うように伝えたのだろうな。
「じゃあ、どういう大きさですか」
俺は、また空を見た。言葉はすぐにでも出るが、マロンに考えさせる時間も与えたかった。こういうことは、自分で考えることもより深く理解することに繋がると感じるから。
「そこにいることで、みんなが安心を感じることができる、心の大きさだな。」
少し、気取った言い回しだろうか。だが、この子には全てを伝えておきたい。
「俺の話は、少し難しいかもしれないな」
マロンが、それ以上は聞かなかった。俺も、それ以上は言わなかった。二匹で、また外を見た。
空が、だんだん暗くなっていく。風が出てきたのか、庭の木が少し揺れた。
しばらくして、マロンが言った。
「あ、なんか分かった気がする」
一拍置いて、言葉を紡いできた。
「大きさって、諭吉さんみたいな感じのことですか」
俺は、すぐには答えなかった。
「諭吉さんのそばにいると、落ち着くんです。怖くなくなるっていうか。なんとかなるって思えるっていうか。それって、諭吉さんが大きいからかなって」
この子にうまく伝えることが出来ただろうか。自信がないが、答えには満足が出来た。
「分かってくれたか。オレも安心出来る」
そう言うと、マロンが少し照れたような顔をした。
「でも、オレ、そんなふうになれますか」
キラキラとした目を俺に向けてきた。ここに来たときとは違う、なにか吹っ切れたような素直な目だ。
「今日、おはぎのそばにいたか」
「いました」
マロンが少し戸惑い気味に答えてくる。
「ちゃんと、一緒にいたか」
「……いました」
「それが、大きさじゃないかな」
マロンが、また黙った。今度は、少し違う沈黙だった。何かが、すっと落ちた感じがした。
「諭吉さん」
「なんだ」
マロンの目が輝きを増している。うん、いい目をしている。
「こういう子が近くにいるって、どうですか。オレみたいな、まだ全然わかってないやつが、そばにいて、うるさくして」
俺は、その言葉を、少し味わった。
この子が、俺のそばにいる。かぐやが来て、チャトランが来て、マロンとおはぎが来た。この家がうるさくなった。にぎやかになった。それが、悪くなかった。いや、よかった。
「マロンがいる、ということが、俺の安心かもしれないな」
マロンは、その言葉の意味を、全部は理解しなかったかもしれない。でも、それでいい。今日、少しだけ、何かが動いた。それで十分だ。
二匹でまた、外を見た。
空は、すっかり暗くなっていた。でも、家の中は明るかった。お母さんが、台所に立った音がした。ご飯の時間が、近いのかもしれない。
マロンが、少し耳を動かした。
俺も、同じ方向に耳を向けた。
どちらからともなく、窓辺を離れた。




