ざぁ
会話が途切れて、雨の音だけが響く。
「仕方ない」
やれやれ、と小林は肩をすくめる。重くなった空気を吹き飛ばすように、明るく告げた。
「清水に一つ、秘策を授けましょう!」
「秘策?」
思わず聞き返す。小林はビシッと指を差してきた。
「ズバリ――失恋上書き理論!」
「は?」
「誰かを好きになっちゃえば、失恋なんて即リセット! 今すぐ雨も止む! ……天才かもしれない、私」
どや顔で胸を張る。何を言ってるんだ、こいつは。
「今すぐ解決できる方法じゃねぇだろ!」
「なんでよ!」
「その惚れる相手がいませんが?」
ずぶ濡れの猫を拾ってくれそうな綺麗なお姉さんがそこらにいたら、一発で好きになっちゃうかもしれない。たぶん。
「いるじゃん、ここに美少女が!」
返す手で今度はびしっと自分を指差す小林。
「……は?」
「……『は?』じゃないが?」
なぜか睨まれた。理不尽だ。
「まぁでもさ」
小林は少しだけトーンを落とす。
「迷惑かけたくないって言うけどさ。それって、相手のことちゃんと見てないよね」
「……え?」
「『迷惑かけるかも』って、最初から決めつけてるじゃん」
軽く肩をすくめ、雨の向こうを見ながら、小林はぽつりと続けた。
「もしかしたらさ。ちょっとくらい水差されても、気にしないやつだっているかもしれないじゃん」
「……そんなやついるか?」
思わず聞き返す。小林は、にやっと笑った。
「いるよ」
一歩、こちらに近づく。
「――ほら、私とか」
一瞬、呼吸の仕方を忘れた様に息が止まった。
雨音が、少しだけ遠くなった気がした。
「……それはお前が変なだけだろ」
言葉にした瞬間、少しだけ呼吸が楽になった。
そうだ。こいつが変なだけなんだ。
「なにそれひど」
「いや、実際そうだろ」
「はいはい、どうせ私は変人ですよーだ」
拗ねたように言いながらも、彼女の口元は緩んでいる。
「それにさ」
小林が再び、ぽつりと口を開く。
「清水の言う『日向にいる人たち』だってさ、ずっとああいう場所にいるわけじゃないよ」
返事を待たずに小林は続ける。
「普通に落ち込むし、悲しくもなるし。そういう時はさ、ちゃんと日陰で休んでるって。ずっとキラキラしてるやつなんて、いないっての」
……それはそうかもしれない。
「私だって誰かに迷惑をかけたりする。取り返しのつかないような、とんでもない間違いをして、そのまま誰かと仲違いすることだってあるかもしれない。明日には、誰かに大声で怒鳴られているかもしれない」
小林は、どこか遠くを見るように目を細めた。
「迷惑をかけない人間なんて、この世に一人もいないんだよ。人を傷つけて、自分も傷つけられて、腹が立って怒ったり、情けなくて怒られたり。謝って、謝られて、仲直りしたらいいの。それは私だって、清水だって同じ。何も変わらないよ」
「ただ、ちょっぴり変なだけ」
私と一緒でね、と笑い、僕の目を見て付け加えた。
「感情の、表現方法がね。清水はちょっと、その出力先が人と違う場所に繋がっちゃってるだけ。それだけの話だよ」
本当に、そう、ただそれだけの話だと言うように、飄々と、
「だからさ」
小林はひょいと、軒下から外に出た。雨が顔に、服に当たる。それでも気にした様子はない。
「悲しむのはいいよ。落ち込むのも、別にいい。でもさ……」
くるりと振り返って、僕を見る。
「雨、降ってないのに軒下にい続けるのは違くない?」
言葉が、少しだけ胸に刺さる。
「自分は日向に行っちゃいけないなんて、それってさ、ただ隠れてるだけじゃん」
何も言い返せなかった。
「それに」
小林は、僕の顔をじっと見つめる。
「たまにはさ――」
「雨に当たるのも、悪くないよ」
雨の中、小林がにひひ、と笑った。




