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しとしと

 このまま本格的に濡れてしまっては見た目も惨めになってしまう、さながら捨てられてずぶ濡れになった猫の様に。


 いや、むしろなんかもう猫になりたい。


 寒さで震えている中、ふと見上げると綺麗なお姉さんが居て、うちの子になるかい?とか言われたりして。暖かいお風呂に美味しいご飯。……悪くないな、惨めも。



 あ、僕人間だった。



 雨音が強くなった。




 急いで目の前にあった商店の軒下に駆け込む。店内の明かりはついていない。少しばかり頼らせてもらっても邪魔になることはなさそうだ。


 傘を探して鞄の底を漁っていると雫が屋根を叩く音に混じって小走りで駆けてくる音がする。



「すみません!隣、失礼しますね!」



 湿った空気の中に、涼やかな鈴の音を思わせる声が混じる。振り返ると、ちょうど軒下に入り込んだ女の子がいた。急な雨に追われて走ってきたのか、少し息が上がっている。


 肩で揃えられた髪は少し濡れていて、毛先にわずかに雫が残っていた。鞄や袖についた雫を慌てた様子ではたいている。


 同じ学校の制服に、整った顔立ち。派手ではないが、目に留まるタイプだ。見慣れた顔だった。



「なんだ、小林かよ」


 綺麗なお姉さんじゃなかった。がっかりだ。



「なんだとはなんだって……あ、清水じゃん」



 ちぇっ、すみませんなんて言って損した、と言いながら唇を尖らせる彼女は僕が告白して振られた時に泣くほど笑っていた友人の一人だ。絶対に許さない。つまりは僕のこの特殊な性質についても知っている。



「天気予報は晴れだったのについてないなぁ……。てか、この雨……もしかしてまた誰かに振られたの?」



 今度はニヤニヤしながら僕の顔を覗き込んできた。



「ちげぇよ。今の年頃は多感なんだよ。ちょっとしたことで気持ちが沈んだりすることがあるだろ」


 小林相手に弱みを見せるのはまずい。いつも良いように弄ばれてしまう。



「へぇ……翠ちゃん」



 うっ……さっきのことが脳裏に浮かぶ。



「雨が強くなったねぇ? ……なんでだろうねぇ? 名前を言っただけなのにねぇ?」



 こちらに投げかけてくる声はものすごく楽しそうだ。もうこいつには気になる子は教えない。心に決めた。



「そっかぁ。翠ちゃんが先輩といるとこ、見ちゃったんだ?」



うんうんと一人頷きながら何か納得している。



「まだ付き合ってないらしいけど、アレはもうねぇ……」



可哀想に、と言いながらこちらの頭を撫でようとしてくる。僕はペットじゃないんだぞ。てかこれ以上煽らせてやるもんか。近づく腕を払い除けながら、



「てか知ってたなら教えろよ!」



 こんな天気になることもなかっただろうに。友達への配慮ってのがないもんかね。



「だって清水は失恋した時って1週間は降ったり止んだりだもの。惚れっぽいし、そのうち他の子に気を移すかなって思ってたしね。」



 女子の中ではちょっとした話題になってたし、と続ける小林。


 せっかく梅雨が明けたのに、また雨なんて洗濯物が可哀想だわ——と呟きながら、空を見上げている。




 ……洗濯物への配慮はするのかよ。




 なんだか納得がいかない。



「それじゃあ僕は帰るから。自然の奏でるヒーリングミュージックをゆっくり楽しんでくれ」



 お返しとばかりに皮肉っぽく言ってやる。ニヤニヤしながら、折り畳み傘を見せつける。この調子なら、しばらく止むことはないだろう。


 僕が温厚でよかったな。今日はこのくらいで勘弁してやろう。



「あっ! ずるい!! 私も入れて!」



 ほほを膨らませて懇願する小林は、コロコロと表情の変わる面白いやつだなぁといつも思う。だが、駄目だ。



「悪いなぁ、こば太。この傘、一人用なんだ」



 傘を持っているという圧倒的アドバンテージ。今日は僕の勝ちみたいだな。いい気分だ。猫型ロボットにでも迎えに来てもらうといい。



「誰がこば太よ! このゲリラ豪雨男!!」



 カッチーン。



「ああ? なんだって?」



「なによ! けち! スネ夫! お天気お姉さん泣かせ! きのこ職人! 歩く湿度100%! 万年失恋男!」



 え? なんか思ったよりスルスル悪口が出てきてるんだけど? え? きのこ職人ってなんだよ。



「傘に入れてくれないなら、雨宿りに付き合いなさいよ。ゲリラ清水のせいなんだし」



 ……ゲリラ清水って言うなし。




「それに、話をしている方が砂漠の救世主様も気が紛れるでしょ」



 もう遊んでるだろ、小林。……ちょっとカッコいいじゃん、救世主。



……まぁ確かに。この雨を止ませる方法は、他のことに夢中になることが一番なんだよな。ゲームしたり、本を読んだり。今できることと言えば、会話くらいか。




「……仕方ないな。主婦の皆様に恨まれるのも嫌だし」




 洗濯物に配慮しよう。開きかけた傘を閉じて、立ち位置を正す。



 なんだかんだ言って、会話をして気を紛らわせるっていうのはありがたい提案だった。


 

 小林は、こっちを見て満足そうに頷くと、にこりと笑った。

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