パート1 36
ゼロは窓から外の様子を見ながら、時折ウォッチに目を向けている。
また何かのグラフを確認しているが、レイには未だそれが何なのかわからないでいた。
「じゃああなたたちは、あの王様や衛兵から逃げてここに来たってわけなのね」
「はい。お恥ずかしながら、ここに忍び込んで調べたいことがあって、それで···悪いのは私たちなんですが···」
「お尋ね者ね。でも、なんでだろう。あなたたちからは悪意を感じないの。私を助けてもくれたし」
エニージェはソファー、レイは中央にある大きなテーブルに備え付けられた椅子に座り、話していた。
窓際に立つゼロの様子が気になるのか、エニージェは話の合間にそちらにも何度か顔を向ける。
「それで、あなたたち···」
レイに向き直って、話を始めるエニージェ。
その声はニーラムよりもトーンが落ち着いていたが、見た目や話し方も相まって改めて姉妹だというのがわかった。
「ここで調べたいことって何? お城でそんなことするなんて、相当な理由がないと誰もやらないわ」
「それは···俺たちもよくわかっていないんです。この城の地下に何かがあると情報を掴みまして。それが悪いものであるかどうか調べなければいけないんです」
「···あなたたちも、それを感じ取れるのね」
「知っているの?」
エニージェの反応に、ゼロがテーブルへと戻ってきた。
しかしゼロの問い掛けに、エニージェは素直に頭を縦に振っている様子ではなく、傾げるように頷くのだった。
「しばらく···前かしら。ここよりももっと地下に、何かがいるように感じるの。でも、生き物かどうかハッキリわからなくて。何か巨大な···力のようなものを感じるわ」
「何かの力···それは、魔法のようなものですか?」
「最初は私もそう思った。でも違うの。全く別の何か、そう感じる。この感覚は魔力を扱える人にしかわからない感覚で、どう説明したらいいのかもわからないわ」
申し訳なさそうにそう言うエニージェ。
レイは咄嗟に首を左右に振るが、ゼロは腕を組んで立ち尽くす。
「···なるほど。ここからその地下には行けるの?」
「行けないわ。ここはお城以外どこにも繋がっていない。王様たちに聞かないと、行き方もわからない。そもそも···ここは元々お城とは何の関係もない場所だから」
「じゃあ···ここは何なの?」
最後に言葉を少し詰まらせるエニージェに対して何の躊躇いもなく詰めるゼロ。
レイは一瞬それを止めようとするが、それよりも早くエニージェは答えた。
「ここは、元々私たちの村があった場所なの。それを、王様がお城で丸ごと抱え込んだ」
レイが感じていた違和感。
あまりにも上と文化が違う光景がそれで説明がついた。
この場所の土も、土地も、家も、元々はお天道様の元にあった村のもので、その上から覆い被せるように王様が城を建築した。
なぜわざわざそうしたのか理由はわからないままだったが、その王様の行動に驚きを隠せないレイだった。
「なぜそんなことをしたのかしら? あまりにも常識を外れすぎていて、私にはちょっと理解できない」
「もちろん反対されていたわ。でも、この村を守り、この土地が新たなクニとしての出発のためには必要だと説得されて、こうなった。村を無くしたくないっていう住民のみんなの声が、こんな形になってしまうなんて···」
「それなら、他の獣人たちはどこに? 出ていったって王様は言っていたけど、村を捨てて移り住んだのかしら」
「出ていった? 王様がそう言ったっていうの···!?」
ゼロが尋ねると、エニージェの声に力が入り始めた。
レイはその様子を黙って見ることしかできず、エニージェと向き合う。
「私がどうかしていたのよ。間違ってた、受け入れるべきじゃなかった。神の御業···なんて、あんなの神じゃない。あんなことをする人間たちなんて···。みんなの意見をもっと聞くべきだった」
「で、その他の人たちは? どこへ行ったの?」
容赦なく踏み込んでいくゼロ。
しかしそんなゼロに反して、エニージェの視線は下へと落ちていくのだった。
「···眠っているわ、この土地で。私たちの愛したこの故郷で。誰も離れようとはしなかった。外に出て人間たちに奴隷のように扱われるのなら···死んだほうがいいって」
その意図を理解したレイは、ゼロを見る。
ゼロも一瞬レイに視線を送っていた。
その間にもエニージェが膝の上で握り拳を作り、震え出すのを感じた二人は話し出すのを待つ。
ポツリポツリと、声を震わせながらエニージェは続ける。
「気づいたときにはもう···遅かった。神の御業っていうのに絆されて、友好的に受け入れてしまっていたの、心からね。生活が豊かになっていって、彼ら無しでは生きられなくなりつつあった」
「電気や···水道といったような?」
「そう···。そしたら人間たちがどんどんと入ってきて、村が乗っ取られた。もう農業を学びたいなんて誰も言ってない。人間の誰も、私たちの話なんてもう聞いてなかった。それに···」
エニージェは自分の拳を胸の前に持ってくると、開いてレイたちに見せる。
「彼らはそれ以上に、求めてきたの。これを」
そう言った瞬間、エニージェの開いた手の平から天井へ向けて炎が上がったのだった。
見たこともない大きさの火柱だった。
熱気がレイやゼロにも感じられる程の強い炎。
そして激しい光に思わず目を細めるレイだった。
「···魔法ですね。ニーラムさんや、チップさんも使っていたのを見ました」
「彼女たちのは、可愛らしいでしょう? 本来ならああいうのが理想なのよ。でも私は何の因果か···魔力が濃いのか目に見える形で放つことが出来てしまう」
「それを人間が求めたのね」
「そう。私たちが考えているのとは、全く別の用途で」
エニージェは開いた手を閉じた。
すると今の今までの火柱が嘘のように消え去り、再び薄暗い室内へと戻っていく。
「私たちの間では最大の禁忌。争いや戦争への応用として魔法を使えないかと考え始めたの」
再びエニージェが拳を開くと、手の平の上で、小さな稲妻のような閃光が弾けて音を出し始めるのだった。
「そんなことは許されない。古来から、魔法は生活を豊かにするものだと言い伝えられてきた。誰かを傷つけるための武器じゃない。私もここまでの力なんて望んでいなかった···!」
エニージェの感情が昂った影響か、稲妻が手の平から腕まで伸びて空を裂くように大きくなる。
室内が雷鳴に震え、閃光が眩しく弾けた。
それがどれ程の威力なのか想像もつかず、レイは息を飲む。
「だから私たちは反対の声を上げたの。私たちが扱える唯一の武器である魔法、それがあったからあいつらも乱暴に手が出せなかったみたい。村を潰すなって、父や母とも反対した。そんな時よ、王様が命令を下したの」
エニージェが拳を再び握ると、その稲妻はピタリと収まった。
「獣人のみんなと協力して、クニを作れって」
閃光に慣れたのか、目が元の暗闇を捉えられず、この時エニージェがどんな表情をしていたのかレイにはわからなかった。
静まり返った空気の中で、エニージェは話を続けた。
「そうすればお互いに信頼が生まれるって言われたけど、現実はそう簡単ではなかった。魔法が使える私たちは奴隷のようにこき使われて、もう限界で魔力が枯渇しても無理やり働かせられたの。重いものを動かしたり、掘り出したり、捨てたり、要らないものを片付けたり」
魔法を使ったニーラムの姿が思い浮かぶレイ。
そんな状態になっても働かせられるのは、やはりこの世界の差別的な文化が常識的に根付いているからだと改めて思い知らされる。
「確かに私たちの村には手を出さなかった。その周りからあいつらは造り始めたの。見たこともない建物が次々と建っていったわ。逃げ場を封じるように、まるで···侵略されていくようだった」
「あの転生者が考えそうなことね。欲しいものは手に入れないと気が済まない。物事を何でも簡単に考える。あの人が王の器だとは考えられない」
ゼロの返事にエニージェが無言で頷いた。
そしてソファーから立ち上がると、窓から外の様子を見るのだった。
「そう、王様よ。いつの間にか王様だと言って君臨すると、最後の最後でこの村の上に城を建てた。私たちの村には確かに手を出していない。だけど誰の目にもここはもう···監獄同然だった」
振り返ってレイたちを見るエニージェの目には光が灯っておらず、悲観する表情でそう語る。
「それからよ、一人、また一人って。こんな環境で農業は無理、生活するためにあのクニに働きに行かないといけないって···そこからは私にも詳しくわからない。でも戻ってくるのはいつもその''知らせ''と···遺骨だけ」
「奴らに利用されるだけされて、死んだってわけね」
何の遠慮もなくそう言うゼロに、反論することなくエニージェは頷く。
「···ええ、だから、私たちの家族はニーラムだけは逃がしたの、療養ってことにして。王様はすんなり了承してくれたわ。なぜだかわからないけど、私たちの別荘に設備も用意してくれて」
「···自分たちに何かあってもいいように、ですか?」
レイのその言葉に、今度はレイを見てエニージェは静かに頷いた。
「時期村長候補として、逃げるわけにはいかなかった。たとえ私に何かあっても、あいつらから取り戻す、そう伝えたわ。あの子もきっと、思いは同じはずよ。私たちがいなくなっても、あの子なら繋いでくれるはず。血を絶やさないように、未来へ」
エニージェの言葉がイヤというほど突き刺さるレイだったが、それでもニーラムのあの言葉を隠さずに伝えることにした。
「···でも、ニーラムさんはこうも言っていました。きっと分かり合えるときが来る、人間にも心があって、通じ合えると信じていると。前よりももっと良い結果になるって」
「あの子がそんなことを···。私には···とてもそうは思えない···」
その時、エニージェの体がフラついた。
咄嗟に動いたレイが抱き抱えるように支えると、エニージェはレイの胸の中で苦しそうに息をし始めるのだった。
「エニージェさん、また···。ゼロ、あの薬みたいなのは?」
「ダメよ。一時的なものだって言ったでしょ? 短時間であまり使いすぎると、体に負担がかかって毒になる。ここまで早く切れるってことは、相当症状は重いみたい」
近づいてきて様子を見ているゼロは、そういうだけで何もしないようだった。
いや、出来ないと言ったほうが正しいのかもしれない。
レイはゆっくりと無理がかからないようにソファーへ連れていこうとするが、そんなレイの胸の中で再びえずき出したエニージェは、レイの手を振り払うとよろけながら走っていき台所のシンクの中へと顔を突っ込んだ。
「おう゛ぅっ···! おえ゛え゛え゛ぇぇぇ!! ぇぇぇえ···っ! え゛っほ! え゛っほ!」
再び苦しそうに吐き出すエニージェ。
レイは側に駆け寄ると、その背中を擦りながらゼロに向かって尋ねる。
「彼女は一体、何の病気なんだ? さっきウォッチを近づけていただろう? 何かわかったんじゃないのか? 早くしないと彼女は」
「お゛え゛え゛え゛ぇぇぇぇぇっ!!!」
吐き出すものがないのか、胃液と唾液が混ざった液体で口が覆われていくエニージェ。
力なく床にへたり込むと、シンク下の収納扉に頭をつけて苦しそうに息をするのだった。
レイは近くにあったタオルで口元を拭ってやると、それを見ていたゼロは言う。
「伝えるかどうか迷ってる。あなたにも、そして彼女にとっても、同じ女としてもこんなに絶望的なことってないと思うから」
ゼロの言ったことがどういうことなのか、レイはすぐ理解できなかった。
しかしその苦しそうな彼女の様子に、レイの中に仮説が生まれていく。
その仮説が本当なのだとしたら、彼女にとってそれはどれだけの意味をもたらすのか、レイには想像できなかった。
「少なくとも、あなたが考えているよりも状況は悪いと思う」
ゼロがそう言ったその時だった。
エニージェはゆっくり顔を上げると自分の耳を立てる。
「···来た」
ボソッとそう呟いた瞬間、窓の外がいきなり明るくなったのだ。
さっきまでの様子が嘘のよう、眩しいLEDのような光で村全体が照らし出される。
ゼロが窓際まで駆け寄り外を覗いてみると、この村の入り口付近で慌ただしく人が動いているのが見えた。
「奴らね、バレたみたい」
レイも窓を外を見ると、無数の人の影が動いているのが見える。
エニージェを放っておくわけにはいかない。
再びエニージェを気遣うが、そんなレイの体をエニージェは弱々しく突き放したのだった。
「逃げて···私は···大丈夫だから」
「ですが···!」
「─オペレーター」
''─こちらオペレーター。ゼロ、大丈夫?''
「─すぐに出口が欲しい。戻って伝えなきゃいけないことがある。このままじゃ厳しい、追っ手も来てる」
''─地下だから正確な位置は掴めないけど、近くに大きな池みたいなのがない? そこに繋げる準備はしておいた''
ウォッチを口元に構えながらゼロは外を見回すと、家の外にある溜め池が見えた。
「─わかった。それらしきものは一つしかない。すぐに繋げて」
''─了解。10秒くらい待ってから入って''
ウォッチの通信が切れる。
ゼロはレイに合図すると、レイはエニージェとゼロを交互に見て、踏み切れないでいた。
「ここにいたら···あなたたちが···危ないわ。大丈夫よ···慣れっこだから···」
精一杯の笑顔をレイに向けるエニージェ。
強がりだとわかってはいるが、レイはその言葉に従って立ち上がるしかなかった。
「必ずまた戻ってきます。絶対に助けに戻りますから」
「···寝室」
「寝室?」
ゼロが出入り口の扉を開ける。
もう衛兵たちは家の柵のすぐ側まで迫っていた。
「王様の寝室に···ある···入り口は。すごく下に···潜っていくの···」
「ですが···エニージェさんはどうしてそれを?」
「寝室には···よく、行ってたから」
その言葉にレイはどう返したらいいのかわからなかった。
それと同時に王様が進めているお妃選びの意味もわからなくなってくる。
「行って···早く···!」
「レイ! 行くわよ!」
エニージェがレイを突き放すと同時に、ゼロがレイの腕を引っ張る。
最後にエニージェの顔を見ることもできず、レイはゼロと共に家を飛び出した。
一目散に溜め池へと駆け出すゼロとレイ。
レイが門の方向を見ると、衛兵たちの影が小さくなり、数人の衛兵たちが見え始めていた。
「飛び込んで! 早く!」
ゼロが先に溜め池に飛び込むと、レイもそれに続き前と同じように飛び込むのだった。
「待て! お前たち!」
背後から衛兵の言葉が聞こえたが、既に体は不思議な感覚に包まれていく。
水の中とは思えない、重力を感じない前と同じような感覚。
真っ白な空間。
先に飛び込んだゼロの姿が見えた。
「危なかったわね」
「···ああ。でも、エニージェさんを置いてきてしまった」
「あの状況じゃ仕方ないわ。殺されはしないでしょう。前に処刑さえ免れたんだから」
ゼロは器用に体を動かしてレイと向き合う。
そんな中レイは、何もしてあげられなかった自分を悔やんでいた。
どうしてあげればいいのか正解がわからなかったのだ。
「一旦戻って、チーフに報告する。どう対処するかは、そこから本部の判断に委ねる。もっとも、もう答えはわかりきってるようなものだけど」
「どういうことだ? さっきも、伝えるかどうか迷ってるって···」
「その事について、帰って協議するの。さ、もう着くわよ、準備して」
ゼロがそう言った瞬間、レイにあの感覚が襲いかかる。
激しい頭痛、めまい。
上下の感覚がわからなくなる中、レイの視界が真っ白く支配されていくのだった。




