パート1 37
複数の人間が土を蹴る音。
音を立てる甲冑。
その持っている武器の剣先を向けて、衛兵たちが門を次々と潜り抜けていく。
「こちらです! この溜め池の中に!」
「今度こそ逃がさないぞ! 取り囲めぇぇー!!」
一人の号令に合わせ、衛兵たちが瞬く間に敷地内の溜め池に集合し、取り囲んだ。
逃げ出す隙や隙間も見当たらないほどの人員で、剣先を溜め池に向ける。
水面がまだ揺れているのが確認できることから、その場の誰もがここに潜んでいると確信していた。
「どうだ、お前ら。いる様子はあるか?」
「ジーク様! 濁っていて様子はわかりませんが。逃げ出した痕跡もございません! 私がしかとこの目でここに飛び込むのを確認いたました! これでもう間違いないでしょう」
「よおし···」
囲んでいた衛兵たちをかき分けて隙間からジークが体を出すと、一歩進んで溜め池のギリギリに立ち尽くす。
背中に背負っていた巨大な剣を取り出して構えると、ジークは溜め池に向かって大きく振り抜くのだった。
「シンディ!」
その直前、ジークにそう言われたシンディがその後ろからジークの剣先に人差し指を向けると、剣の周りに風のようなつむじが出来始めるのだった。
ジークの前髪がその風で揺れる、するとそのままジークは剣を振り抜いた。
「ぜえぇぇぇいっ!!」
振り抜いたと同時に、溜め池の水が左右に割れて、池の底が見えるまでに吹き飛ぶ。
自分達にかかると身構えた衛兵たちだったが、その飛び掛かってくるはずだった水が寸前で止まった。
その水はまるで剣先のように尖り、衛兵たちの目前に突きつけられるように止まったのだ。
ジークの背後ではシンディの指先が溜め池へと向けられていて、その指には冷気が纏われていたのだった。
「お前ら幸運に思えよ。シンディの御慈悲でもってこれだけで済んだんだからな。本来ならあいつら逃した時点で極刑だぞ。王様に何もなかったからよかったものの、今度見つけたら殺せ。いいな」
『···はいっっ!!』
衛兵たちが息を飲みながらジークに返事を返す。
そんな衛兵たちの返事を待たずにジークは溜め池に飛び降りると、凍りついた池の水を詳しく調べ始めたのだった。
「やっぱりいやがらねぇ···シンディ、まただ。また前みたいに消えちまいやがってる!!」
「やっぱり、この世の者じゃないのかもしれない」
「幽霊だってか? あんなハッキリした幽霊がいるか!? 取っ組み合って、体温も感じた! 涼しい顔しやがってたが、完全に生きた人間だったぜ!!」
「違う、そうじゃなくて、この世界のルールに当てはまらないのよ。魔法で強化してる感じでもない。あの引きちぎられた牢屋も、普通の人間じゃ無理よ。だから···全くルールの違う、別の場所から来たのかも」
「でも王様だって同じニホンから来てるんだ。なのにアタシたちと変わらねぇ···もうワケわかんねぇよ!! あぁぁんもう!!」
頭を振って髪を手で掻き乱すジークは、剣をしまうと池から上がってくるのだった。
「あなたたち、武器を下ろして池から離れなさい。もうここにはいないわ、ズブ濡れになるわよ」
シンディの言葉に衛兵たちが返事をすると、言われた通りに武器を下ろし、シンディの元へと戻ってくる。
シンディが再び指先を池に向けた。
その指先に赤く光が灯ったかと思うと、凍りついた池の水から一気に湯気が立ち上ぼり、池や地面に音を立てて崩れ落ちたのだった。
シンディの魔法に衛兵たちが感心する最中、背後から声が聞こえた。
「王様!」
続けて聞こえてきたジークの言葉に、シンディは振り向く。
するとそこには複数の衛兵に守られながらアルトがこの家を訪れに来ている姿があった。
「わざわざ来なくてもいいのによぉ。アタシがキチンとカタつけさせてもらうつもりだから、王様はお妃選びに···」
「いいんだジーク。これはどうやら君だけに任せる案件というわけにはいかないみたいだからね。どうだい? シンディ。あの二人は?」
「···また見失いました。未知の魔法によって、どこかに逃げたのではないかと」
「未知の魔法···、どこかに協力者でもいるのかな」
「···協力者?」
アルトの言葉に頭を捻るジーク。
そんなジークが気になるシンディだったが、アルトが二人よりも家の様子が気になっていることに気付く。
「···気になりますか?」
「うん。今日はどちらかというとこの家に来るために来たんだ。あの二人のことは君たちに任せるよ。この国を守るためだ、どう対処しても構わない」
「···わかったぜ、王様! 任せておいてくれ、必ず首持っていってやる」
「頼むよ。この国を守る神様の為にもね」
その王命を受けた瞬間、ジークの口元に笑みが浮かぶ。
頭を下げるジークを横目に、アルトは家に向かって歩いていくのだった。
「彼らは彼女と接触したんだね?」
「おそらく。何らかのやり取りをしたものと思われます」
後ろからついていくシンディがそう返す。
アルトは何かを考えているのか、シンディに何も言わず家に近づき、扉をノックするのだった。
「エニージェ、僕だよ。また話がしたいな。入れてくれるかい?」
そう尋ねるが返事がない。
一向に待ってみるが物音一つしない様子から、ジークが窓から中を覗く。
「王様、いたぞ。台所だ」
アルトがジークに駆け寄り同じように窓から家の中を覗くと、台所の床の上にうずくまるようにして倒れているエニージェを見つける。
「エニージェ···」
そう呟くのと同時に再び玄関の扉へ戻ると、衛兵が扉を開くのに合わせてアルトは中に飛び込むのだった。
一目散にエニージェに駆け寄ると、その体を抱き抱えて膝の上に乗せるアルト。
エニージェの呼吸は深くゆっくりで、反応は薄いが痛みはないようだ。
外傷もなく、表情が苦痛に歪んでいる様子ではなかった。
「エニージェ、大丈夫かい? あいつらに何か乱暴されたの?」
アルトの問い掛けに虚ろな目をしながら首を横に振るエニージェ。
その言葉に安堵するアルトの背後にシンディやジークたちも集まってきて、やり取りを見守る。
「そうか、よかった。君にもしもの事があったと思うと気が気でなくてね。すぐに駆けつけたんだ。それで、あいつらは?」
「わか···らない。すぐに出ていったから···」
「そっか···。あいつらは何か言っていたかい? どこに行くとか、何をするとか」
「いえ···何も。ただの···世間話」
「世間話ぃ?」
後ろで聞いていたジークが嫌々しく疑うような口調でそう言う。
シンディはそんなジークとは違い、エニージェの口ぶりに何かを隠そうとしているような素振りを感じていた。
ゼロとレイを庇うような、そんな意図を含んだような口ぶりだったからだった。
「世間話か···まぁ、なにより君が無事でよかった。しばらく話せていなかったからね。病気がまだ辛そうだったから、療養してもらおうと思って」
「ええ···体は変わらないわ···。あの人たちに···助けてもらったし」
「···助けてもらった?」
エニージェの言葉にシンディの眉が動く。
ジークは目尻にシワが寄り、腕を組んで鼻で笑いそっぽを向くのだった。
「エニージェ、彼らは犯罪者なんだ。この城に忍び込んで何かをしようとしてる。どこから来たのかもよくわかってない危険人物だ。あまり耳を傾けちゃいけないよ。この可愛いお耳がかわいそうだ」
そう言ってアルトはエニージェの耳を軽く触る。
通常なら反応して軽く耳を払うが、もうそんな元気も残っていないほどエニージェは衰弱していたのだった。
「会うのも久しぶりだね。僕、もう少しでお妃が決まりそうなんだよ」
「そう···ですか。それは···よかったですね···」
エニージェは精一杯の愛想笑いで返す。
アルトの機嫌を損ねないように、目線を何とか合わせる。
そんなエニージェの手をアルトは優しく握るのだった。
「ジーク、みんなも、外で待ちましょう」
シンディの一言でジーク含め衛兵たちは出口へと向かっていく。
二人の邪魔をしないように、シンディが配慮した結果だった。
そして扉が閉まると、アルトはエニージェの体を抱き抱え、ソファーへと優しく寝かせる。
「僕は幸せ者だ。僕を慕い、ついていきたいと思ってくれる女性がいる。僕と一緒になって未来を創っていきたいと言ってくれる人たちがいるんだ」
「そう···なんですか···、よかったです···」
エニージェは相槌を打つが、さっきと返事が変わらず顔を背けてしまった。
微妙な静寂が支配する中、またまたアルトが話し掛ける。
「でも、君を放ってはおけない。僕が守る」
唐突な台詞にエニージェがアルトを見る。
するとアルトは痛いほどにエニージェに視線を送っており、エニージェはどうすることもできず再び愛想笑いを返すしかなかった。
「君は···一人だ。だから僕が支える、たとえ剣で体を貫かれようと僕が君を守るんだ。一緒に、この城で」
「私も···お城に行く···って···ことですか?」
苦しい中、何とかエニージェが呟いたその言葉。
その言葉にアルトはニヤッと笑ったのだ。
「来てくれるのかい?」
「いえ···私は···」
「一緒に平和を作ろう、エニージェ。君となら上手くやれると思ってた。君が城に来たいと思ってくれてよかったよ」
エニージェは精一杯首を横に振るが、他から見ればそれは弱々しく、アルトも本心に気付いていない。
エニージェの容態が再び悪くなっていき、思ったように声が出せないこともあって、アルトの表情がその確信から揺るがなかった。
「運命だったんだよ、エニージェ」
「お妃···さまに、わるい···です」
「僕は、君がいいんだ」
その言葉に偽りはない。
それはその時のアルトの視線が物語っていた。
弛んだ口元、エニージェの目の裏まで貫こうとするばかりのその視線。
体をあまり動かせないエニージェにそれは痛く突き刺さってきた。
もう、彼は自分しか見ていない
そんな意図をひしひしと感じ始めたのだった。
「お妃選びはもう止めだ、君がいるからね。僕が君を守る、絶対に。さぁ、行こう」
「私は···ここを···父と···母に···」
「お父さんとお母さんもきっと願ってくれてる。この国の平和、それはこの村の平和を願うのと変わりないんじゃないかな?」
「それに···今までの···お妃さまたち···」
「君に気付いてほしかったんだ」
何を言っても意見が変わらない。
アルトは畳み掛けるようにエニージェに想いを伝えるのだった。
言葉が途切れず、エニージェが反論する力も間も無く一方的に話し掛けていた。
「君に惹かれていた。君の魔法、僕のチートスキル。この二つがあればきっとこの国を、村を、守っていける···そう思ったんだ。だから···ね? 行こう?」
「ちー···と···?」
「行こう?」
アルトは横たわるエニージェの背中、膝の裏、そこに腕を滑り込ませるように差し込んでエニージェをお姫様のように持ち上げた。
「あ···ああ、···んぐ···」
「大丈夫、きっと良くなる。薬を出そう。医師に診てもらうよ。これからの未来のため、元気になってもらわなくちゃ」
満面の笑みでエニージェにそう言うアルト。
エニージェの意識は大分朦朧としており、眠るように目蓋を閉じる。
ギシギシと木造の床が軋む音だけが室内に響き、アルトが出口の扉をノックすると、扉が開かれるのだった。
「寝室へと運ぶ。いつもの医者を用意してくれ。今度こそ原因を突き止めるように伝えるんだ。費用はいくら掛かっても構わない」
開口一番アルトは衛兵たちにそう言うと、護衛される形で村の出口へと向かっていく。
途中、エニージェを代わりに運ぶと打診されるが、頑なにそれは譲らなかった。
「私たちも行くわよ」
シンディが同じく背中で壁に寄り掛かっていたジークにそう言って起き上がる。
アルトに抱えられたエニージェから垂れる腕、そしてその手の指先が微かに家の方向に向いてるのが見えたが、シンディは見ないフリをして歩き始めた。
しかし、ジークが家に寄り掛かりながら動き出さないことに気付くのだった。
「ジーク? どうしたの?」
ジークはその場から動こうとせず下を向いたまま、親指の爪を噛みながら目線が泳いでいるのだった。
シンディが戻ってきたことにも気付いていない。
「ジーク?」
「なんでだよ···なんであいつなんだよ。アレのどこがいいんだよ···魔法しか取り柄のないアホどもが···。アタシのほうが強えんだよ···何が足りねえってんだよ···!」
歯茎が見えるほどに強く爪を噛み締めているジーク。
シンディが話し掛けるが全く気にしている様子が無く、ぶつぶつと呟いているだけだった。
「ジーク···」
「消えたあの二人はどこかに隠れているかもしれない! 協力者がいる可能性が高い! 見つけ次第僕に報告して!」
シンディの背後からアルトの声が轟く。
門から外を見てみると、衛兵がアルトから指令を受け取っているのが見えた。
この状況であの二人が戻ってきたら、命の保証はできない。
シンディは自分の中に生まれたその考えに驚いた。
アルトやジークのように見つけ次第始末するという考えではなく、あの二人の安全を気にしているからだった。
あの男、レイと呼ばれていたあの男の言葉がやはり引っ掛かっていた。
あそこまでアルトに意見した人間は初めてだった。
愛する人との出会いは巡り会い、それが運命だというあの言葉がシンディの中に残り続けていたからだった。
その時、そんな考えをかき消すように、ジークの飛び起きた土の音で我に帰るシンディ。
そんなジークの目には憎しみといった感情が簡単に見てとれた。
「そうだ···協力者だ···そいつが絶対知ってる···。あいつしか考えられねぇ」
シンディに見向きもせず、ジークはその横を通って門を潜り出ていった。
そのジークの様子からは殺気が感じ取れて、何をするのかわかったものではなかった。
「何が正解なのかしら···」
誰にも聞こえない言葉を呟きながら、シンディは懐からそれを取り出した。
あのレイという男が持っていた、警察手帳という物だった。
何に使うものか、何と書いてあるのか字は読めなかったが、必要なものかもしれないと心に引っ掛かり、とりあえず懐に入れていたのだった。
様々な感情が生まれる中、シンディもその場を後にしていく。
再び出会った時には、まずこれを返して話を聞いてみようと思ったシンディだった。




