パート1 34
ウォッチを確認しながら廊下を駆け抜けるゼロとレイ。
幸いにも廊下には使用人たちの姿しかなく、姿を隠しながらの移動は決して難しくはなかった。
「王様たちは、きっとあのチップさんがいた部屋に?」
「ええ、そうみたいね。今は品定めの真っ最中よ。ホント趣味悪い」
地図上には最初チップと訪れた控え室とその外の廊下に人が集中しており、中では大勢に見守られながら一つの点が部屋の中を行ったり来たりする様子が捉えられていた。
おかげでここから目的の場所までは衛兵は殆どいないようだった。
先程と比べるとまるで嘘のようにスムーズに進んでいく二人がたどり着いたのは、謁見室の大きな扉の前だった。
「本当にここから続いているのか?」
「ええ。ああいうのに限って妙なギミックに凝りだしたりするから。隠すとするなら、自分が普段足を運びやすい場所で···それっぽいところ」
ゼロが自分のウォッチを見て、中に衛兵がいないことを確認すると、その扉をゆっくりと開いていく。
「行きましょう」
その一言にレイは頷いて、ゼロの後をついていくのだった。
大きな謁見室には見向きもせずに、ゼロはスタスタと奥へ奥へと歩いていくと、二人が案内された面接室の扉の前に差し掛かった。
「ここか?」
「そう」
ゼロは遠慮なく扉を開くと、面接室の中へと入っていく。
テーブル、ソファー、暖炉。
二人がいた時と様子は全く変わらないようだった。
「見たところ···扉みたいなのは無さそうで行き止まりだけど。あるとするなら床か?」
面接室の扉を閉めて、レイがまず疑ったのは床だった。
綺麗に敷き詰められた真っ赤な絨毯のどこかに切れ目があって、そこから地下へと続いているのかと探してみたが、それらしき部分は見当たらなかった。
部屋の中を見回してみても、壁にはこの部屋の照明のスイッチしかなく、自動で開きそうな仕組みでもなかった。
「ゼロ、そっちは···」
ゼロの様子を確認するレイは、ゼロが自分とは全く見当違いの箇所を調べていることに気づく。
「···この暖炉の下を潜ったりするのか?」
「きっと違う、でもこの暖炉が一番怪しいと私は思う」
「なぜそう思う?」
「あの時、転生者が頑なにそこから離れなかったから」
暖炉の前に陣取って、ゼロは隅々まで観察していたのだ。
レンガで作られた炉台、大分前にくべられていたであろう薪の灰、その奥、上に飾られていた写真立てと調べていくゼロ。
「これがあいつらの歴史ね」
「こんな小さな頃から···あの二人も、子どもの頃から転生者と一緒だったのか」
「ニホンにいた時の姿そのままではなく、全く別の見た目、別の命に転生する方法。管理していなければ見た目だけじゃ発見は難しくなる」
ゼロが写真を手に取る。
そこには子どもの頃の転生者の姿と、その両隣にはシンディとジークらしき面影のある女の子が写っていた。
今の印象と変わらず、シンディは大きな本を抱えおとなしそうに佇んでいる傍ら、ジークは木剣を勇ましく構えている様子だった。
「こんな昔からじゃ、あの転生者の力に入れ込むのも不思議じゃないわ。きっと想像も出来ない体験をいくつもしてきたと思うから」
写真を戻し、更に隣の写真へと移っていく。
写真の中の人物たちは少しずつ歳を取っていき、人数も写真を追って増えていく。
背景も様変わりしていく様子から、各地を転々としていく中で仲間が増えていったと推測できた。
「そして···これね」
最後にゼロが眺めていた写真には、この土地に存在していたのであろう獣人たちと仲睦まじい様子で写っているアルトたちがいたのであった。
そこにはニーラムやチップといった見知った人物と、アルトの隣にはエニージェの姿も確認できた。
「この頃はこんなに仲が良さそうなのに、どうしてこんなになるまで···」
「犯罪者ほど善人の顔をして近づいてくる。それはあなたにも痛い程わかるんじゃなくて?」
その言葉を考える程、写真に写っているチップたちの笑顔が余計に痛々しく思えてきてしまうレイだった。
写真に手を掛けようとしたレイが、ある違和感に気付く。
「ん···これは」
「どうしたの?」
その獣人たちとの仲睦まじい様子の写真の写真立てが、暖炉に下が固定されていて動かなかったのだ。
「他のは固定されてないわ」
ゼロは写真立てを手にとって確認していたから、他は全部なんてことない写真立てだが、これだけは違うようだった。
上に引っ張ってみても、写真立てがビクとも動かない。
「···前には倒れるみたいだ」
後ろは倒れないようにスタンドが設けられていたため、写真立ては前にしか動かない仕組みになっていた。
試しに写真が伏せるように手前に倒してみるが、特に何も起こらなかった。
「起こしてみて」
ゼロに言われた通りに写真立てを起こしてみると、暖炉の中からガチャっと鉄のように重い部品が動いたような音が聞こえたのだった。
短く響いたその音からして、何かのロックが外れたような感じがした。
「大当たり」
「こんな仕掛けがあったとは···」
次の瞬間には、その大きな暖炉が設置されている炉台と壁ごと後ろへと動き出したのだ。
その暖炉の壁があった天井付近の隙間からは土埃がパラパラと落ちて舞い上がり、ゆっくり後ろへと後退していく暖炉一式。
するとその奥には背丈より少し高いくらいの空間が出現し、暖炉は下がりきると横にスライドして壁の中へと消えていくのだった。
「これは···なんだ?」
「階段ね」
その階段の下から生暖かい風が吹いてきて、室内を包み込んでいく。
その乾いた埃っぽい匂いはまるで地下室のようだった。
階段は螺旋のように下へと続いており、窓が一切ないそのコンクリートの壁には等間隔で照明が取り付けられていて、一つまた一つと階段の先を灯すように点灯していくのだった。
その様子を見つめるしかなかったレイの背中をゼロが軽く叩く。
「行くしかないわよ」
一言そう言うと、ゼロは先陣を切って階段を下り始めていく。
レイもその後を追いかけて、階段をゆっくりと下り始めた。
「─オペレーター」
''─こちらオペレーター。ゼロ、どうしたの?''
「─地下へ続く道を見つけた。これから進んでいくけど、あいつらの位置はどう?」
''─未だにあの部屋から動いた様子は無いわ。地図にリンクしてる通りよ。でも衛兵が数人離れていって監視に戻り始めてるからなるべく急いでね''
「─わかった。出口を探しておいて」
''─りょーかい、気をつけてね''
ゼロが通信を切った瞬間、後をついていくレイの後ろから大きな音が響いて、思わず振り返るレイ。
壁に吸い込まれていった暖炉がまた動き出し、大きな音を轟かせて元の位置へと戻ったのだった。
「自動で戻る仕組みなのね。これなら一人で来ても入り口を隠すことができる」
「でも、ここまでして守る''何か''って何なんだ? 本当に、神様のような何かがいるのだとしたら···」
「人間の力如きで簡単に作れてしまうほど、神様って単純じゃないと思うけど」
カツンカツンと靴の音を響かせて階段を下りていく二人。
天井も床も壁と同じコンクリートで作られており、下りてはいくが同じ景色が続いてデジャブを感じてくるレイだった。
本当に目的地に向かっているのか、不安が押し寄せてくる。
「···ゼロ、どうした?」
「···別に、まだ何でもないわ」
ふと気がつくと、ゼロがウォッチを気にしている様子に気付いて尋ねるが、煮え切らない返事だった。
その後もゼロは階段を下っている最中、ウォッチの画面を何回か覗き込む素振りを見せていた。
その画面には何かの波形のようなグラフが表示されていたが、レイには一目ではわからなかった。
進んでいくしかない二人、またしばらく下ると、足音の響き方が変わっていくことに気付く。
「そろそろね」
足音が響かず詰まるような聞こえ方になってくる。
階段が終わると途端に天井が高くなり、少し広い空間が現れた。
ゼロたちの目の前には年季の入った古い鉄製の大きな扉が佇み、そこだけ文化が違う印象で異質だった。
「この扉は、あの王様が作ったものじゃなさそうだな···」
今まで見てきたどの建物とも一致しないベクトルの装飾が施されていた。
よく見てみると、ニーラムやチップたちのような獣人を型どったようなものもある。
ドアノブを見ても、普段見る回すタイプや指で押すタイプではなく、垂れ下がっている鼻輪のような形の金属の輪を持って開ける種類のものだった。
ゼロがその輪を掴んで引いてみると、鍵が掛かっているわけでもなくその扉はあっけなく開いていく。
「なん···だ、これ···」
その先の光景に、レイは思わず言葉を失う。
金属が重たく軋む音を響かせながら扉が開いていくと、その音が中にある広大な空間に響いて反響していた。
中に足を踏み入れてみると、思わず顔を見上げて見回してしまうレイ。
扉を閉めて入ってくるゼロも、何も言わずにまわりをグルっと見渡していた。
「これが隠したかった秘密? 何の意味があるのかしら?」
そこはエントランスや謁見室が霞んで見える程の比べ物にならないくらい広大な空間だった。
街にある建物が何軒も収まってしまう程の敷地と、体育館よりも高く見上げてもその視線が遥か先に行ってしまう天井。
野球ドームよりも一回りも二回りも大きい空間がそこにはあったのだ。
会議室で見た資料に間違いはなかった。
扉を閉めて進んでいく二人。
足元はコンクリートではなく、土だった。
ジャリジャリと土煙が舞うのがわかる。
上に隙間があるのか、太陽の光が細い線になっていくつかこの空間に差し込んでおり、舞っていく土煙を照らし出す。
「···これは」
小さくそう呟くゼロは、ウォッチの画面を指でなぞって何かを操作し始めた。
線グラフが現れては消えを繰り返しており、ゼロの表情が段々と険しくなっていく。
「何かわかった?」
「···ええ。とにかく、ここを探しましょう。なるべく早く、詳細は後で説明する」
ウォッチの操作を終えると、レイの前にでるようにゼロは早足で歩いていく。
するとその先で、背丈ほどもある丸太で作られた柵に遭遇するのだった。
「何か隠されているのか···?」
「入り口を見つけましょう」
その柵は一定のエリアを円を描いて取り囲むように作られており、その中には建物が隙間からうっすらと見えた。
柵に沿って歩いていくと、途中で丸太の並びが切れている箇所に到達する。
「ここか?」
「そうみたいね」
上部がアーチ上になっている、扉の無い門だった。
そこから中へと足を踏み入れると、天井から差す光に照らされてそれが見えてくる。
「···家?」
そこにあったのは、ニーラムが住んでいた家を思わせる平屋の一軒家と、家畜を飼うのに使っていたのであろう、丸太で出来た馬小屋のような建物だった。




