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零の世界  作者: GT
パート1
32/37

パート1 32

 薄暗い廊下。

 城の中とはまるで違う、壁や床に使われている石が剥き出しの空間。

 奥まで長く続く廊下で向かい合うように鉄格子で区切られた部屋がいくつも並び、小さな電球が室内を照らしている。

 

 その中の向かい合わせの一室で、ゼロとレイの二人はそれぞれ勾留されていたのだった。


「少し落ち着いたらどう?」

「落ち着けるわけないだろう。時間が迫ってる、地下室は見つからない、それに···ここにいるのが個人的に落ち着かない」


 鉄格子の隙間からもと来た道を何度も覗き込むレイ。

 しかし状況は変わらず、出口の前にあるデスクで監視兼デスクワークに励む衛兵が一人いるだけ。

 いつもは捕まえる側にいるレイにとって、初めて見る鉄格子の中からの光景に戸惑う。


「警察官っていうのも大変ね」


 一方で鉄格子の中、少し前屈みになり壁に備え付けられていた鏡で髪型を直していたゼロ。

 拘束されてるまま器用に手を動かし、ジャケットを整え、腰とパンツの間に指を入れて崩れを元に戻す。

 とても勾留されてるとは思えない様子に、レイは同じ様に拘束されてる手首を見ながら、中で右往左往するしかなかったのだった。


「そんな呑気な···。これからどうする、こんな状況じゃ動けないぞ。武器も取り上げられた、どこにあるかもわからない」

「待って」


 体を起こしたゼロは、衛兵から見えない死角に移動すると、ウォッチを構えて口元に近づけたのだった。

 音声入力でウォッチの画面が起動する。


''─オペレーター。ゼロ? 聞こえる?''

「─聞こえる。暗号モードで。奴らが近くにいる」


 ゼロが壁を伝うように鉄格子まで近づくと、見張りの衛兵の様子を確認するように覗き込んだ。

 未だ様子は変わらず、デスクワークに勤しんでいる姿が見えた。

 時おりこちらを確認するが、大きな動きがないからか、動く様子はない。


''─随分と城から離れた位置にいるわね。敷地内にいるけどそこは別館よ''

「─敵の位置は?」

''─あなたたちから見える位置の見張りが一人。その牢屋から出て城に伸びる廊下に今は三人。関係がありそうなのはそこだけ''


 浮かび上がったゼロの地図に、点がいくつも表示されていく。

 見づらいのかジャラジャラと繋がれていた両手を上げて確認しているゼロ。

 鬱陶しそうにその表情が歪んでいた。


''─そこにいる見張りをまず何とかしないと、何かやっても通報されて終わりよ。定期的に見張りが交代するようだから、行動を起こすなら考えて''

「─わかった。好きにやらせてもらうわ」


 それだけ言うとゼロは通信を切った。


 何を考えているのか全くわからない。

 次に起こす行動にハラハラしながら、レイはゼロの様子を伺う。


「···何?」

「まさかとは思うけど···また騒ぎを起こす訳じゃないだろうね」


 壁に寄りかかったままのゼロは、レイのその言葉に鼻で笑う。


「騒ぎだなんてとんでもない。そんなドンチャンやるのはよくわからない若い奴らだけで十分よ、日頃経験あるでしょ? そこまで私若くないから」

「ここまでやって信用できないぞ。それに、歳だってそこまで俺と変わらないんじゃないか。まだ若い」

「あなたよりは歳上よ、失礼しちゃうわね。さて···」


 ゼロは手首から垂れ下がるそこそこ長い鎖を眺めると、再び見張りの衛兵を確認する。

 壁から離れて鉄格子の扉の前に立つと、両手首を合わせるようにくっ付けて鎖が纏まるように下へ垂れさせた。


「ちょっと、何する気だ」

「まずここから出る」


 落ち着くように諭すレイを構うことなく、手を引いて鎖を後ろに振りかぶるゼロだった。

 見張りの衛兵を気にしながら全力で止めに入るレイだったが、そのまま鎖を扉に向かって振り下ろすゼロ。

 凄まじい金属音が室内に響き渡った。


「おい! お前たち何をしている!」


 見張りの衛兵が音に気付いて近づいてきても、ゼロはお構いなしに鎖を鉄格子の扉に叩きつけていた。


「ふむ···転生者印ならさすがに頑丈ね」

「おい! 聞いてるのか!」


 ゼロの前まで来た衛兵が扉を揺すりながら声を荒らげるが、ゼロはまったく気にすることなく自分の鎖を観察していた。


「あの、衛兵さんすみません」


 見ていられずレイが声をかけると、衛兵は振り返りレイを睨み付けるのだった。


「お前たち調子に乗るなよ。王様の御慈悲でもって生かされてることを忘れるな。本当なら殺されててもおかしくないんだぞ。王様と同じ出身だか何だか知らないが、指示があり次第あらゆる手段の実行も我々は辞さない」


 腕を後ろに組んでそう言い放つ衛兵。

 しかしレイの様子が変わり、どこか視点が定まっていない。

 衛兵もその対応に更に機嫌を損ねていく。


「いや、あの、衛兵さん。えっとですね」

「真面目に聞け! そういう態度がお前たちの···」


 その瞬間凄まじい金属音と共に、逸れていたレイの目線の先から何かが勢いよく飛んでくるのだった。

 

「お゛あ゛ぁっ!!」


 普段人間が出せないような悲鳴を上げて、衛兵はレイの鉄格子に叩きつけられると地面に崩れ落ちる。

 それに続いて、衛兵を背中から押し潰した鉄格子の扉が床に転がり、カランカランと乾いた音が室内に響き渡るのだった。


「ちょっと! 大丈夫ですか!? あのっ! ゼロ、なんでこんな···!」

「助かったわ。あなたが気を引いてくれたから隙ができた」


 鉄格子の中からゼロが、片足を時折プラプラとさせながら出てくる。

 床に倒れている衛兵を足で小突いて反応が無いことを確認していた。

 ゼロが蹴り飛ばした鉄格子の扉の威力は凄まじく、衛兵は完全にノびている。

 死んではいないようだった。


「だからってこんな···! 下手したら死んでたかもしれないんだぞ···!」

「あのねぇ、いつまで甘ったれてるつもり? やらなきゃこっちがやられるの、いい? ここはニホンじゃない。こっちだっていつ殺されてもおかしくない状況だった。そういう世界なの」


 ゼロが足で衛兵を転がすと、着ていた鎧が大きく歪んでいるのが見えた。

 受け止めきれなかったようで、鎧の面の中から聞こえる息が浅く苦しそうで簡単には動けない様子だった。


「とっとと行くわよ。時間がない」


 ゼロがレイの部屋の扉に手を掛けると、いとも簡単に扉の錠前を引きちぎって開いたのだった。


「こ、こんな簡単に鉄格子の扉を開けられるのか···」

「この世界の人間じゃムリ。デイが言ってたでしょ? 物理法則が違うって。私たちの肉体は凶器そのものよ。あなたにもできるはず。この世界の鉄格子なんておもちゃもいいところ」


 床で転がっている衛兵を跨いで出口へと向かっていくゼロ。

 倒れている衛兵を横目に恐る恐る出てついていくレイは、自分が入っていた鉄格子の一つを掴んで力を入れてみた。

 すると、まるでプラスチックをへし折る時のように簡単に曲がって引きちぎってしまったのだ。


「思い込みって命取りよ。あらゆる常識を捨てて」


 ゼロは自分の右手にかけられていた手錠力任せに外し、地面へと投げ捨てる。

 もう片方を外そうとしたその時、外の廊下から複数人の声が聞こえてきた。

 

「あら、タイミングが悪かったわね」


 それに気づいたレイも慌てて出口の扉の横に張り付き、身を屈めたのだった。


「交代の時間だったのか。どうする? どう対処する?」

「隠れられる場所もない。このまま正面突破しかないわ。通報される前に片付ける、あなたのそれ、貸して」


 ゼロが自身の腕から垂れ下がっている鎖を指差してレイにそう言った。


「どうする気だ?」

「モノは使いよう」


 レイは自分の腕の手錠を簡単に外し、ジャラジャラと鎖を引きずりながらゼロへと渡す。

 するとゼロは自分の腕に垂れ下がっている鎖の先に強引にねじ込んで結び、長さを延長したのだった。


「これでいい」


 ゼロが腕を軽く振ると、鎖が地面を削るように這って音を立てる。

 そこから繰り出されるであろう威力を想像するとレイも固唾を飲んだ。


 扉が開くと、二人は死角になる壁に張り付いて息を殺した。

 入ってきた衛兵数人が、座っているはずの見張りの衛兵がいないことに気付いて辺りを見回す。


「おーい。おいどこ行った! 見張りには一人必ずついてろとジーク様に言われただろ!まったく···」


 衛兵たちは悪態をつきながら、扉を閉めて一人を先頭に牢屋の奥へと進んでいく。

 まったく応答がないのを不信に思いながら、腰につけている剣に指を走らせつつ状況を確認していくと、その光景が目に入ってくるのだった。


「おい! どうした! 何があった!」


 先頭の一人が床に倒れている仲間に駆け寄り、抱き起こすが返事がない。

 辛うじて息をしている様子で、側に転がっていた鉄格子の扉が状況を物語る。


「男がいません!」

「女も! 扉が破られています!」


 その声に顔を上げて牢屋を見る。

 電球が揺れているだけで、中に入った衛兵以外何も照らしていない。

 

「すぐにジーク様に連絡しろ! 出口の机に···!」


 そう言って出口の方向を見た衛兵の目に飛び込んで来たのは、手錠だった。

 それも、ただ飛んできたわけじゃない。

 地面を這うように凄まじいスピードで飛んできた手錠が、衛兵がしゃがんでいる足元まで迫り、飛び上がって顔面に飛んできたのだ。


「へ?」


 次の瞬間、衛兵の見ていた景色が天井へと変わった。

 とてつもない衝撃が顎へと加わり、同時に顔を覆っていた鎧の面が空中に弾け飛ぶ。 

 体が浮いて仰け反り、そのまま床へと叩きつけられるのだった。


「なんだ!?」


 牢屋から出てきた衛兵がその音に気付く。

 倒れて動かない衛兵と、鎖に繋がれた手錠が出口まで這っていく光景。

 その先には、鎖を大きく横に振りかぶっているゼロがいたのだった。


「貴様···!!」


 衛兵が剣を抜くより先に、ゼロが腕を大きく振り抜いた。

 鎖がムチのようにしなって、再び手錠が一瞬で飛んでいく。


「んなっ!? がぁっ!!」


 壁を削り取り、鉄格子を歪ませるように飛んだ手錠が衛兵の横っぱらを突く。

 ちょうど鎧の切れ目に当たり、鉄格子に叩きつけられ跳ね返って床にのたうち回る衛兵。

 最後の一人がそれを見て剣を抜き、ゼロたちの方へと走り始めたのだった。


「貴様らぁぁっっっ!!」


 叫び声が響き渡るが、一切怯むことなくゼロは振り抜いた腕を戻す方向に素早く動かすと、今度は鎖が衛兵の後ろからその足元を目掛けて迫り来る。


「あ゛あ゛ぁっ!?」


 足元に綺麗に巻き付いた鎖に足を取られ、床に仰向けに倒れ込む衛兵。

 しかし床に叩きつけられることなく、そのまま鎖に引っ張られてゼロがいる方向へと飛んでくるのだった。


「レイ! 手伝って!」


 ゼロがそう言うと、レイはすかさず衛兵の方へと駆け出して跳ぶ。

 レイの腕が丁度衛兵の顔の前まで来ると、レイはその腕を顔面に勢いよく振り下ろすのだった。


 激しく床に叩きつけられる衛兵、鎧と鎖がぶつかる音が聞こえた。


「だ、大丈夫かな」


 振り返って確認するレイだったが、その奥でゼロが再び腕を振りかぶっているのが見えた。


「ちょちょちょっ!!」


 声を掛けるがゼロは容赦なく腕を振り抜いて鎖を飛ばす。

 レイはしゃがみ込んで回避すると、頭の上を鎖と続いて手錠が勢いよく飛んでいくのだった。


「あ゛ぅっ!!」


 レイの背後で叫び声と、地面に鎧が叩きつけられる音が聞こえた。

 振り返るとそこには、先ほど横っ腹を突かれた衛兵が仰向けに倒れてノびている。

 奥の壁から吹き飛ばされた面が転がる音が聞こえてきた。


「一つ貸しね」


 ジャリジャリと鎖を引きずりながら近づいてくるゼロ。

 レイが叩きつけた衛兵を足で小突くと、床からは呻くような声が聞こえてくる。


「ふんっ」


 鼻を鳴らして納得するゼロは牢屋の現状を見回していた。

 レイの隣を通って、その後ろで倒れている衛兵たちの様子を確認していく。


「やっぱり女しかいないか」

「でもなんでこんな···」


 倒れている人間はみんな女性だった。

 見回しても容姿端麗で、いわゆる近所のおばちゃん的な女性は見当たらなかった。

 

「おそらく、衛兵たちも含めてのお妃選びなんでしょうね。あのシンディとかジークだかなんだかって人たちも全部」


 あの謁見室にいた人たちも、使用人の女性も含めて全員容姿が整っていたのを思い出すレイ。

 もしかしたらその中にもアルトに選ばれたい人もいるかもしれない。

 それでも尚、住民からお妃選びだと女性を集めるアルトにレイは首を傾げるのだった。


「ま、あんな奴らのことは今はどうでもいいわ」


 腕から伸びていた鎖を手錠ごと引きちぎって床に投げ捨てたゼロは、踵を返してスタスタと出口へと歩いていってしまう。

 

「とにかくまずは、エネルギー源を目指しましょう。地下に通じる入り口は···何となく予想がついたから」

「本当か?」

「たぶん。あそこしか考えられない」


 ゼロの後を追いかけたレイは、扉に手を掛けるゼロの代わりに扉の横へと背中をつける。

 合図をするとゼロはゆっくりと扉を開いていき、レイがゆっくりと顔をその先の通路へと覗かせていくのだった。

 幸いにも本城へと続く通路には誰も見当たらず、二人はゆっくりと扉をくぐって牢屋の外へと出ていく。


「─オペレーター」

''─こちらオペレーター。ゼロ、無事だったのね、よかった''

「─これから地下に向かう。今から言うルートに人がいないか調べて」

''─わかったわ、地図に出しておく。気を付けてね''


 通話が切れるとゼロのウォッチに地図が浮かび上がり、ゼロたちを含む人間の位置が表示されていくのだった。

 渡り廊下を見つからないように駆け抜け、本館へと繋がる扉までたどり着く二人。

 扉を開ける前にウォッチを見ながらルートを確認するゼロと、何やら考え込むような表情のレイだった。


「どうしたの?」

「···いや、あの王様に従うあの二人も···どういう気持ちなのかなって」

「知らないわそんなの」


 ウォッチの地図を閉じて扉に手を掛けるゼロ。

 レイの言ったことなんか全く気にする様子がないと言わんばかりに、目を合わせることなくドアノブを回していく。


「私たちはね、あいつらの母親じゃないの。そこまで気にしてたらキリがないわ。私たちは言われた仕事をこなすためにここに来ただけよ」

「でも···」


 レイの話を聞くことなく、扉を開くゼロ。

 その先の安全を確認すると、ウォッチを確認しながら扉をくぐり、レイに後をついてくるように促していた。


「肩入れするなら勝手にして、そこまで面倒見きれないから。でも、やるべきことも忘れないで」


 そう言われたレイは、返事をすることなく一つ頷くと扉をくぐる。

 赤い絨毯が伸びる廊下を、ゼロと二人で駆け抜けていくのだった。

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