パート1 30
着ているコートをひるがえし、廊下を駆け抜けていくゼロとレイ。
その後ろからジークを先頭に衛兵たちが全力で追いかけるが差が全く縮まらず、それどころか遅れ気味になる衛兵たちにジークが叫ぶ。
「お前らぁ! また逃がしたらタダじゃおかねぇからなぁ!! 死ぬ気で追い掛けやがれ!!!」
前に取り逃がしたことが相当頭に残っているのか、尋常じゃない様子で捲し立てるジークに衛兵たちは体力を振り絞ってジークに食らい付くようにしてゼロとレイを追い掛けるのだった。
「レイ、このまま下に降りる。今は寝室は無理。やつらを巻けない」
「わかった。でも、その後どうする?」
「まだ決めてない。一階からも地下に行けるかどうか探ってみるしかない」
回廊の突き当たりを曲がるも、前方から追手が迫ってくるのが見えた二人は、下へと降りる為の階段室へと飛び込むのだった。
「下だぁ! 追手を回せ!!」
ジークがそう叫んだのも束の間、ゼロとレイの先には階段を駆け上がってくる追っ手が見えた。
挟み撃ち、逃げ場は無い。
今度こそ討ち取ってみせる。
その足取りが鈍ってきて追いつくことができれば勝機はある。
ジークも意気揚々と階段室へ駆け込むが、そこで見たのは信じられない身のこなしだった。
まるで体に羽が生えたかのように、階段ではなく壁を走って下へ下へ降りていくゼロとレイ。
手が届かない高さを一瞬で駆け抜けていく二人に手も足も出ず、衛兵たちは来た道を戻るしかなくなっていた。
「何やってんだお前らぁ! 邪魔だ! 動くな! 伏せろ!!」
言われた通りに身を下に屈める衛兵たちを飛び越すように、ジークは手すりを足場に下へ下へと飛び降りていく。
悠長に一段一段降りている暇はなかった。
その間にゼロとレイは下へと降りきっていて、階段室から出ていく姿が手すりの隙間から見えると再びジークは叫ぶのだった。
「···うるさい女ね」
「この先はどうする! 地下へ行けるようなところは無さそうだけど!」
階段室にも地下へ通じる部分は無く、どこかに隠されている。
走りながらレイが目を凝らしてまわりを観察するが、この回廊にも中庭にもどこにもそれらしきものが見当たらなかった。
と、探すレイの横でゼロが後ろに銃を構えるのだった。
気付いたレイが後ろを振り返ると、追ってきたジークが鬼のような形相で剣を後ろに振りかぶっていた。
「止まれっつっっってんだろぉがぁぁぁぁぁ!!」
その板のように巨大な剣が今にも放り投げられようとしている状況に気付き、レイはその射線上から逃れるようにズレるが、最初からゼロを狙いを定めていたのかレイには見向きもせずにジークの目線はブレない。
するとゼロは射線から外れるように跳び上がり、数メートル上の天井に逆さに着地するとその天井を走りながら銃弾をジークに撃ち込んでいくのだった。
「無駄なんだよ!! 無駄無駄ぁぁっ!!」
ジークが大きく腕を振り抜き剣を放り投げると、剣は回転しながら撃ち込まれた銃弾を弾き飛ばしゼロへと向かっていく。
重力に勝てず落ち始めたゼロの位置に、それがピッタリ来るように飛んでくるのを見ると、ジークの戦闘力の高さが伺えた。
確実に捉えたと思ったジークだったが、ゼロの動きは想定を越えていた。
ゼロは空中で体を後ろに反らすように倒すと、胸元を掠めるように剣はゼロに当たらずその背後へ飛んでいき、突き当たりの壁に勢い良く刺さったのだった。
「お前っ···! くっ···! クッッソアマ···!! 何なんだその武器···!!」
そのまま一回転するように体を回し再び床に着地する頃には、ゼロのもう片方の手にも銃が握られていて、容赦なくジークに向けて引き金を絞るゼロ。
発砲音が響き渡る中、たまらずジークは銃弾を回避するべく中庭方向へ飛び込んで足止めを食らうのだった。
先行して走るレイを追い掛けるようにゼロが再び走り出す。
「ゼロ! 大丈夫か!」
そんなゼロの様子を後ろに振り返って確認するレイ。
いつの間にか廊下の突き当たりまで走っていて右に曲がるしかなかったが、その先にいた存在にレイは気付いていなかった。
「後ろ!!」
そう言い残して跳び上がるゼロ。
一瞬判断が遅れたレイが言われた方向に振り返ると、曲がった通路の先にそれはいた。
「よそ見してる暇があるのかしら? お兄さん」
純白のまさにドレスのような服を纏ったベージュ髪の女性。
その女性がレイに人差し指を一本構えると、彼女のまわりに氷柱のような小さな氷の塊がいくつも浮かび上がっているのが見えたのだった。
「シンディ! やっちまえ!!」
中庭からそんなジークの声が聞こえると、一瞬でその氷柱の矛先が全てレイに向けられる。
その光景に何も言えず、ただ立ち尽くしてシンディと目を合わせるだけのレイだった。
そのシンディの目からは一切の感情を感じとることが出来ない。
人の命を奪うことなど何とも思っていない、ただ虫を駆除するのと同じ、そんな冷徹な眼だった。
人差し指が僅かに動いた。
それと同時に氷柱が一斉にレイ目掛けて放たれたのが見えたが、突如としてレイの目の前の床に大きな剣が垂直に突き刺さった。
シンディの目がレイから少し逸れる。
その先には、天井近くの壁に刺さった剣を放り投げたゼロがいたのだった。
レイは咄嗟にその剣の陰に隠れ、背を向ける。
途端に剣に氷柱が当たる鈍い音が響き、勢いで倒れそうになるジークの剣を必死に腕と背中で抑えるレイ。
「小賢しい···!」
シンディのその言葉は身を隠しているレイだけに向けられたものではなく、いくつか飛んでいった氷柱を撃ち落としつつもかわして迫るゼロにも向けられていた。
全て撃ち尽くしたのか音が治まる。
しかしレイが剣の陰から覗き込んでみると、再びシンディが冷気を纏い始めているのが見えた。
「レイ!!」
叫ぶゼロと、撃ち出されていく弾丸。
シンデイはその弾丸を防ぐために障壁を張らざるを得ず、さっきよりも氷柱が出来る速度が明らかに鈍っていた。
その瞬間をレイは見逃さなかった。
ゼロが作ってくれた隙、思惑を感じ取ったレイは立ち上がって、盾にしていた剣を片手で引っこ抜くとシンディに突撃していく。
「な···」
あまりにも軽々しくレイは剣を振るう。
その軽さに驚いたレイだけではなく、シンディからも思わず声が漏れた。
間合いを詰めたレイは、纏っていた冷気や氷柱を砕くように剣を振るい、障壁へとその剣を思いっきりぶつけたのだった。
「上出来よ」
完全に手が止まったシンディに向かい走るゼロだったが、途中で体が横に吹っ飛ぶのだった。
「お前の相手はアタシだ! おらぁぁぁ!!」
横から全力で突撃してきたジークに抱え込まれて、共に壁にある扉にぶつかり倒れるゼロ。
床に揉み合うように倒れる二人だが、予想以上にジークの力が強く、ゼロは馬乗りになる形で取り押さえられる。
次の瞬間には、ジークは履いていたブーツの中からナイフを取り出していた。
一方その時シンディの障壁が破れると、シンディを押し倒す形で床に倒れ込むレイ。
今にもゼロが刺されそうになっているのを見たレイは、やむを得ず上に馬乗りになり剣の刃をシンディの首もとへと持ってくるのだった。
「彼女を離せ!! ナイフを下ろすんだ!!」
「うるせぇ! 誰に指図してる!! そっちこそシンディを離しやがれ!!」
同じようにゼロの首もとにナイフを構えてレイを威嚇するジーク。
本当に殺す気は無いレイだったが、ここで引けばジークは本当にゼロを殺しかねない状況だったため、続行するしかなかった。
騒ぎを聞き付けた衛兵たちがその現場を取り囲むように集まるが、余談を許さない光景に見守るしかなかったのだった。
「彼女がどうなってもいいのか!! 君の相棒だろう!!」
「うるせぇっっつってんだ!! このクソアマの喉掻っ捌くぞ!! いいのか!! ああぁぁ!!?」
硬直状態が続く。
尚も続くやり取りに、シンディはレイから殺気を感じなかったのか呆れた表情で顔を横に反らし始めた。
するとシンディはジークたちがぶつかった扉がゆっくり開いていくことに気付いた。
「ジーク」
扉の中から声が聞こえた。
若々しい声、男だった。
その声にレイも扉に振り返ると、ジークがゼロの首もとに構えていたナイフを離して扉の先を見ているのがわかり、レイもシンディに警戒しながら、構えていた剣をゆっくりと引いていく。
「なんだか騒がしくてさ、何かあった?」
「ああ···その、そうなんだよ王様。前に言ってた賊が入り込んでてさ」
「賊?」
その扉から廊下に出てきたのは、若い男だった。
高校生くらい、顔立ちから日本人というのがレイにはすぐにわかった。
その年齢からは想像できないほど不釣り合いな貴族の衣装を纏い、堂々とこの光景を観察している。
黒い短髪、その前髪がアルファベットのMの文字のように分けているのが特徴だった。
まわりの衛兵たちは背筋を伸ばして姿勢よく立ち尽くし、その王様と呼ばれた男の言葉を待っていた。
「ふむふむ···、彼女と、あの男の人が賊···ね」
「どうする王様。こいつらきっと王様の命を···」
「違います! あなたの命を狙いにきたわけではありません! もちろん彼女たちも! 戦いに来たわけじゃない! 少し聞きたいことがあって来ただけなんです!!」
レイがそう叫ぶと、王様はレイの顔を見て少し考える。
沈黙の中、時間だけが過ぎていった。
すると王様は、ジークにゼロからどけるように指示を出した。
「で、でも王様···!」
「ジーク、ダメだよ。暴力はダメだ。彼女もあの男の人も今は戦おうとしてない。逃げようとする様子もない。放してあげて」
「うっ···ぐぐぐっ···」
「みんなも、武器を下ろして!」
相当な苦虫を噛み潰したような表情と共に、ジークは立ち上がってゼロからどけると、ゼロも体を起こして手でほこりを払いのけ、乱れた髪を元に戻していた。
まわりの衛兵たちも持っていた武器をしまって完全に丸腰になっている。
レイも手に持っていた剣を床へと置いた。
「···どいてくれる?」
まわりの様子に気を取られていたレイは、自分が押し倒していたシンディが怪訝な顔でそう言った瞬間我に返り、慌ててシンディの上から立ち上がるのだった。
「す、すみません」
「···ふん」
立ち上がる時にドレスの裾を引きずってしまい、ほこりが付いたのをシンディは手で払う。
背筋を伸ばして手を前に組むと、何も言わず王様の指示を待っているようだった。
「みんな落ち着いたようだね。それじゃあ、立ち話もナンだし、二人を謁見室まで案内してよ」
「王様···!」
「ジーク、決めつけるのはダメ。話し合いで解決するならそれでいいじゃないか」
尚も突っ掛かるジークを王様が指一本で制すると、途端に大人しくなった。
意外と話がわかる人間、それが第一印象だった。
「心配だっていうのなら、武器は預かっておこうかな。こちらの女性と、あちらの男の人から」
ゼロの銃はわかるが、レイも銃を忍ばせていることに王様は気付いていたようだ。
ここで渡せば、敵意が無いことを証明できる。
それはゼロもレイもお互いに気付いていたようで、レイが目線を送ると、ゼロは軽くため息をついた。
「···ホラッ、とっとと渡せ。クソアマ」
「チッ」
ゼロは嫌々ながら、持っていた二丁の拳銃をジークに渡す。
想像以上の重さだったのか、渡す時にジークの顔が少し歪んだ。
「あなたも」
「あ、はい」
気付くと、シンディがレイに手を差し出していた。
レイは懐に手を入れると、それをゆっくりと取り出す。
あまり触れたくなかったその冷たい感触。
出した瞬間、シンディの表情が一瞬曇った。
間違って撃たないようにスライドを持ってシンディへと手渡す。
「使うつもりはなかったんです。信じてください。あくまで護身用のもので」
その言葉もむなしく、シンディは疑いの目を逸らすことがないままレイから銃を受け取ったのだった。
よっぽど珍しかったのか、手に取った瞬間クルクルと回して観察するシンディ。
引き金に触らないようにとだけ注意すると、一瞬だけ目線をレイに合わせただけで再び観察に戻っていく。
「返してもらうぞ」
その言葉と同時に体をぶつけられ、振り向かされるレイ。
そこには不機嫌そうな態度でしゃがみこんで剣を拾い、立ち上がりながらレイにメンチを切っているジークがいたのだった。
「謁見室に行く前にこれだけは聞かせて、君たちは何者なんだい?」
王様がゼロとレイに向かってそう尋ねる。
目線を向けることなくだんまりを決め込むゼロにジークは詰め寄り答えるよう圧を掛けるが、それでも尚答えないゼロにイライラが溜まっていってるようだった。
レイも隣にいるシンディからの圧が強く、相手が転生者ならと、この世界に来る時一緒に持ってきたそれを懐から出して見せることにした。
中を開いて、身分を証明できるように王様へと見せる。
「警察です。あなたにいくつかお伺いしたいことがありまして、お時間よろしいでしょうか」
レイが日常の公務と変わらない口調に戻ってそう言った。
ジークとシンディはその変わりように少し驚いて顔を見合せ、衛兵たちは''警察''という聞きなれない言葉に自分以外の様子を伺うようキョロキョロとし始める。
「な、何ワケわかんねぇこと言ってやがる。聞いたこともない仕事だ偉そうに。その態度、王様の前で失礼だと思わねぇのか。な? 王様」
ジークがそう王様に尋ねるが、反応がない。
不信に思ったジークが王様を見ると、さっきまでの威厳ある態度がウソのような引きつった顔で王様はレイの警察手帳を見ていたのだった。
「け、警察?」
絞り出したような声だった。
少し身を引くように体が気持ち仰け反る王様。
レイは話しやすいよう、王様へと近づく。
「北署の渡零です。このお城について話を···いくつか聞きたいことがございまして。返答によっては詳しくお伺いしたいことが」
「あの、この世界も取り締まる範囲とか···なんですか···? 今の警察って···そんな感じなんですか?」
王様の態度が変わる。
わけのわからない男に下手に出るような対応。
その尋常じゃない状況にジークが割って入る。
「おい、何なんだお前。王様に何するつもりだ。シンディ、それも取り上げろ。この世界じゃ聞いたことがねえんだよそんなの。それに···おい、何が可笑しい」
「···別に」
やり取りを見ていたゼロが鼻で笑っていた。
そんな中、ジークの陰に隠れていた王様がハッとした表情になり、何事もなかったかのように態度を戻した。
レイの元へとやってきたシンディが警察手帳を取り上げると、どこにそんなに説得力があるのかと調べ始める。
レイの写真、そして見たこともない文字にシンディは表情を歪めていた。
「···とにかく、何となく素性はわかった。案内してあげて。謁見室だ」
王様の声一つで、ジークやシンディ、衛兵たちは移動を始める。
「歩いて」
シンディに肩を押されてレイも王様が出てきた扉から中へと入る。
ゼロも同じで、ジークに悪態をつかれながらも完全に無視して従っていた。
この若すぎる王様のどこに王たる素質があるのか。
その何でも作り出せる能力以外に魅力的な何かがあるのか。
大勢を従えることのできる理由が未だわからないまま、レイとゼロは城を進んでいくのだった。




