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零の世界  作者: GT
パート1
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パート1 29

 チップが扉をノックすると、中から返事と共に扉が開かれて、使用人の女性に中へと案内されていく三人。

 広い室内、廊下と同じ赤い絨毯、壁には高そうな絵画、暖炉、天井からはシャンデリアがぶら下がっているなど、この城の外観に恥じない一室となっていた。


「皆さん、こんにちは。お忙しいところごめんなさい。なるべく早く終わらせますからっ」


 チップがそう言って頭を下げる。

 その控え室には、並べられていた椅子に座ったり、窓から外の様子を見ているドレス姿の貴婦人が何人もいて、中にはこれから謁見するのか大きな鏡の前で自分の姿を確認している者もいた。


 レイたち一行が入ってきて挨拶したときに、頭を下げる者と全く意に介さず見向きもしない者にハッキリと分かれていたが、その振る舞いにこの時点で成功する可能性のある者と無い者がある程度ハッキリ分かってしまうことにレイも薄々気付く。


「ゼロさん、レイさん。お二人もどうぞ、お仕事に」

「ええ」


 あくまでも自然に、ゼロは中に入る人数を数えるフリをして適当に指を折り、レイは中にいた使用人の女性に話を聞く。


「ええ、そうです。この後王様が一人ずつ謁見なされまして、お妃に相応しいお方を決めるのですが、なんとも···」


 使用人の女性はどこか煮え切らない様子だった。

 王様の前では言えないがと前置きすると、その心中を語る使用人。

 随分前からお妃選びは始まっているが、一向に決まらないことを気にかけているようだった。

 他の地域では、お妃は複数居ることも珍しくなく、たった一人だけを選ぶというのも、その考え方自体が異端だという。


 誰を選ぶかというのも気にかけているが、いつ決まるのかというのも噂になっているとのことだった。


「それぞれに平等な愛をというわけではなく、たった一人を選ぶという考えが珍しくて。王たる人物がそのように個人に拘るというのは私は聞いたことがなく、まるでこの世界の人ではないような考え方で」

「···そうですか、他に王様のことで気になっていることなどはありますか?」

「不思議な提案ばかりな印象です。私が奉公してきたどの貴族とも違う。例えば、寝室に入る際に履き物を脱いだり、神の御業で得体の知れない調味料を生成し、料理に使うよう指示したりなど···」


 使用人の話を聞く限り、この城の至る所は日本仕様にされていっているようだった。

 レイはますます王様···転生者の人となりについて考え始めていた。

 悪ではないことは薄々感じていた。

 ただ自分の欲求を次から次へと叶え好き勝手やっているような、さもそうすることが当たり前と思っているような節、そこが妙に気になっていく。


 自分のすることが絶対で、自分のすることに悪気を感じていない。

 過程を考えず、結果を急いでいるような。

 例えばお妃選びというのも、本来なら婚約者なら、お付き合いを重ねてお互いを知り合ってからそういう関係になっていくと思うのだが、結果だけ先に来ていることが気にかかったレイだった。


 自分の思い描いた結末になるようにしているような、その結果の為に手段も周囲も見えていない、危険な思考回路になっている可能性が見えてきていたのだった。


「貴重なご意見、ありがとうございます。我々も···王様のお役に立てるよう頑張りますので」

「はい、よろしくお願いいたします。よろしければ、お飲み物などお持ちしますが···」

「あ、いえ、私たちは···」


 そのやり取りを聞いていたゼロが、人をかき分けて使用人とレイに近づくと、間に割り込むようにしてレイの前に出る。


「ありがたいです。是非とも頂ければと」


 ゼロがそう答えると、使用人は頭を丁寧に下げる。


「かしこまりました。では紅茶をお持ちしますので少々お待ちください」


 使用人の女性はそうお上品に返事をして、部屋を後にしていくのだった。

 レイが思わずゼロを見ると、短く頷いている。


「これでいい、やっと探っていける」

「···確かに」


 この部屋から出ていける隙ができた。

 チップがレイたちを見ていたので、レイが軽く手を上げるとチップは細かく頷いているのが見える。

 レイたちは使用人が部屋の外に出ていったあとそれに紛れるように廊下へと出ていった。

 幸いにも廊下には誰もおらず、すぐ先の給湯室のような扉の無い一角でティーカップを取り出すような食器の音が聞こえてきた。


「─オペレーター」

''─こちらオペレーター。なんだか久しぶりの連絡ね''


 ゼロがウォッチを口元に近づけて連絡を取り始めた。

 レイが周りを警戒している最中に、ゼロは話を続ける。


「─城に入った。ちゃんと見えてる?」

''─ええ、見える。ビーコンで追ってるわ。でも中の様子までは細かく確認できない。近づいてくる人がいたらその都度地図上で知らせる''

「─わかった。こっちの地図にも表示させておいて」


 それだけ言って会話を終了させると、ゼロのウォッチから地図がホログラフのように浮かび上がり、その中に小さな点が二つ点滅しているのが見えた。


「点滅しているのが私たち。他の人は···あなたも地図を出して。他の人はこうやって点灯して見えるようになってる」


 ゼロに言われるがままにウォッチを操作したレイ。

 画面から少し浮き上がり地図が表示されて、その中に止まっている二つの点滅と複数の点が様々な方向に動いているのが見えた。


「今のところこの廊下にはあの使用人の女しかいない。手早く済ませましょう、そうすれば···あのチップとかいう獣人も手を煩わせなくて済む」

「少しは悪いと思ってるんだ」

「···少しは」


 ぶっきらぼうに答えるゼロは、レイを引き連れて廊下を進んでいく。


 静まり返る周囲。

 食器の音も遥か遠くに聞こえ、地図を確認しながら奥の奥へと進んでいく二人。

 廊下には幸い二人以外の反応はなく、ゼロも地下へと続く道を探し続ける。

 出来るだけ窓から離れ身を隠しながら進むが、中庭に城の衛兵が数人が集まっているのが見えた。


「···まさか」

「嗅ぎ付けでもしたかしら。まぁそれならそれでいいわ」


 廊下の突き当たりにある扉までたどり着く二人。

 地図によると、この先は転生者を含む城に従事しているものたちの生活スペースとなっており、関係者以外は入れないようになっていた。


「···っていうことは、ここから先は使用人とか···貴族が暮らす場所ってこと?」


 城の勝手なイメージからレイがそう尋ねるが、ゼロは首を横に振る。


「貴族はいない。見たところこの街には邸宅が無いもの。それに城は基本防衛拠点だから、そもそも日常生活には向いてない。だけど」


 ゼロは地図で誰もいないことを確認しながらゆっくり扉を開く。

 その先はここまでの廊下とは異なり、天井の高さも扉の大きさも、そこの空気感もまるで違う、言ってしまえば学生寮のように人が使いやすい空間が広がっていたのだった。

 壁には自動販売機まで存在し、ここだけ切り取ってみれば日本と言われてもおかしくない光景だった。


 どこからどう考えても転生者が作り出した空間にしか見えなかった。


「どういうわけか城の中に居住空間が存在してる。これじゃあここを落とされたら全て終わる。この街に関する何もかも全て」


 扉を静かに閉じて、中を物色していくゼロとレイ。

 前と右に伸びる廊下、回廊のような造りだ。

 異質な空間だった。

 日本なのか異世界なのか、廊下を進んでいく度に錯覚を起こす。

 感覚が狂いそうになるのを抑えながら、レイは廊下の窓から周囲を確認しながら進むも、地下へと続くような箇所は一向に確認できない。

 ゼロも地図と照らし合わせながら探っていく。


「地図を見てもこの回廊には無さそう。となると···、この先の王様専用の謁見室が怪しそうだけど」

「それは、お妃選びに使うっていう?」

「それとは別。公務じゃなくて私的な来客があった時に使う方ね。寝室と繋がっているようだから、そこに何か···」


 ゼロがそう言いかけた瞬間、歩みを止めてレイを手で制する。

 レイが思わずゼロを見ると、ゼロの地図上には、自分達を追いかけるように後ろから一つの点が近づいてきているのがわかった。


「···多分、気付かれたんじゃないかしら」

「俺たちの後ろから来るってことは、チップさん、上手く誤魔化して逃げてくれてるといいけど」

「とにかくこっちよ」


 ゼロはレイを引き連れて廊下の一角にあるラウンジに身を潜めた。

 簡単な丸いテーブルや飲み物が置いてあるデスクが並んでいる休憩所だった。

 そのデスクの陰に隠れながら、ゼロは元来た道の扉を確認する。


''─ゼロ、あなたたちが来た方から来る。まず一人、その少し後ろから三人''

「─他に目立った動きは?」

''─その階じゃないけど複数人が動いてる。ほぼ間違いなくあなたたちを探してるわ''

「チップさんは? チップさんは大丈夫なんですか?」


 ゼロが話してる隣からレイがゼロのウォッチへ話し掛ける。

 この廊下へと繋がる扉の取っ手がガチャガチャと回る音が聞こえ、ゼロはゆっくりと陰から身を引いて目線だけを扉に向けた。


''─見張りが入ってったようだけど、連行されたりは無さそう。ビーコンに動きが無いから話を聞いているだけに思える。心配なのはあなたたちの方。ゼロ、何かわかる?''

「─めんどくさい奴が来たっぽい」


 ゼロの手がスーツの上着の中に伸びる。

 そして再び取り出した時には、その手に握られたそれが天井の灯りが反射して黒々と輝き、冷たい印象を醸し出していた。


「甘ったれたこと言ってられないわよ、下手したらこっちがやられる。こんなところで死にたくないでしょ?」


 その言葉にレイは自分の上着を触って、それが確かに懐に納められていることを改めて確認する。

 また対峙することになってしまうのか、しかしそれは相手によるのではないかとレイは考えていたが、その考えはあっさり打ち砕かれる。


「おまえたちはそっち。アタシはこっちを見る。何か見つけたらすぐに連絡をよこせ、いいな?」

『はい!!』


 追い付いた三人が、一人の女性の指示に従い言われた通りに廊下を駆け抜けていった。

 一人の残ったその女性は首を鳴らしながら、背中に背負った大きな剣の持ち手に触りつつゆっくりと廊下を歩いてくるのだった。

 

「宿屋さーん。宿屋の助手さんよーう。ちょっとお話いいかなぁー?」


 防具にしては軽装な肘と膝にプロテクターが目立って所々肌が見える服装、赤い胸当てが特徴的な長い黒髪の女性。

 手首や腰にあしらわれた尖ったアクセサリーが歩く度にチャリ、チャリンと小さく音が鳴り、大きな剣も腰のベルトに時おり当たり、金属の擦れる冷たい音が静かに響く。


「こっちは間違ってるぜー。なーんにも無い。あんたたちが気にしなくちゃいけないものはなーんにもだ。それとも···何か探りをいれてることでもあるのか? んー?」


 その女性···ジークは、ここに二人がいることがまるでわかっているかのように近づいてくる。

 

「とっとと出てきやがってくれよぉー。ん? お話しするっつってんだよこらぁー」


 二人の正体にも薄々気付いてる様子だった。

 昂る感情を何とか抑えているのが言葉の節々からわかる。


 見つかったら速攻で斬りかかってくる雰囲気だった。

 ジリジリとゼロは下がり、レイを押しやるようにデスクの奥へと進んでいく。


「どう聞いても話し合いする雰囲気には見えないわ」

「逃げ場がないぞ。どうしたらいい?」


 ゼロは周りを見渡すと、隠れているデスクに備え付けられていたコーヒーメーカーに気づいた。

 

「そのマシンでコーヒー淹れて、Lサイズ。カップはそこ。フタはそっち。ホットで」

「何するつもりだ?」

「お話しするって言ってるんだから、飲み物でも用意してあげようかと思って。使い方わかるでしょ?」


 ゼロに言われるがまま、レイはコーヒーメーカーにプラスチックのカップをセットしてボタンを押すと、作動音と共にカップにコーヒーが注がれていくのだった。

 日本にあったものと一緒だった。

 淹れ終わると、フタを閉めて言われた通りにデスクの上に置いた。


「おやぁ? おやおやおや? ほうほういいねぇ、お茶でもしようじゃねぇか、あぁ?」


 その音に気付いたジークがラウンジへと近づいていく。

 確信を持ったのか、剣の持ち手に伸びていた手に力が入り、いつでも背中から抜けるようにジリジリと近づいてくるのだった。


 ラウンジに差し掛かると、ジークは体を半歩引いて腰を落として近づく。

 何があっても対応できるように構えている状態で隙が無い。


 ゼロはデスクの裏でしゃがんだ状態になると、片足で体を支えてもう片方の足をデスクに向けて構えたのだった。


「···私の後に付いてきて。いい?」

「···わかった」


 レイにそう言うと、ゼロはデスクに狙いを定めた。


「ほーらほらほら、素直に出てこいよー。アタシが可愛がってやるかr···」


 その瞬間、ゼロは一気にデスクを蹴り抜くと、衝撃音と共にコーヒーメーカーもろともジークへと吹っ飛んでいったのだった。


「くぅぅぅっ! っはぁっ!!」


 その反応速度は実戦やトレーニングで鍛えたのだろう。

 背中にあった大きな剣をいとも簡単に振り抜くと、飛んできたデスクが真っ二つになり、ジークの左右を掠めて床に落ちて転がった。

 同じく飛んでいったコーヒーメーカーが、ジークの背後にある窓ガラスを突き破って下に落ちていくと、外から悲鳴が上がるのが聞こえてくる。


「小賢しいマネしやがっ···」


 前を向いた瞬間ジークに見えたのは、遅れて飛んできたプラスチックカップ入りのコーヒーと、それに向かって銃を構えるゼロの姿だった。


「ふんっ···!」


 反射的にその銃の射線上から外れるように身を伏せるジーク。

 足に力をいれて飛び出せば、撃たれる前に斬り伏せられる体勢だった。


 相手はデスクで自分を押し潰そうとした、その思惑を外してやった。

 単純な戦略だと思わず笑みがこぼれる。


 それでもゼロはコーヒーに照準を合わせたまま引き金を絞った。

 爆発音と共に放たれた弾丸は一直線にコーヒーカップを貫くと、破裂したカップからコーヒーがバラ撒かれて、ジークは額や首や背中など、プロテクターで守られていない部分でモロに受け止めたのだった。


「あっっっっっ!! ちぃぃぃぃぃぃいいい!!!」


 思わず剣を放り投げて、両手で体に浴びたコーヒーを払いながら床の上でのたうち回るジーク。

 そんなすったもんだを聞き付けて戻ってきた衛兵たちをよそに、ジークの横を駆け抜けて逃げていくゼロとレイだった。


「単純ね」

「···熱そう」


 それを見ていたジークは剣を持って床に突き刺すと、鬼のような形相で叫びながら立ち上がる。

 

「追えっ! あのクソ黒服共絶対逃がすなぁ!! シンディに連絡しろっ!!」


 連絡要員の衛兵一人を残すと、ジークたちはゼロとレイを追っていくのだった。

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