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零の世界  作者: GT
パート1
28/28

パート1 28

 大通りに面した細い路地裏。

 相変わらずここの景観にそぐわない、建物に備え付けられた近代的なガスメーターや水道メーターといった装備が並ぶその路地裏で、大通りの喧騒から隠れるように影に隠れてレイとゼロは身を潜めていたのだった。


「私たちもすっかり有名人ね」


 建物の壁に寄り掛かりながら呟くゼロ。

 少し耳を澄ませば、人が行き交う大通りはゼロとレイの噂話でいっぱいだった。

 道行く人はもちろん、露店を構えている商人たちまで、事のあらましから憶測など様々でとてもではないがそのまま出ていくわけにはいかない状況だったのだ。


「本当にすんなり上手くいくかな」

「上手くいかせないとダメ。何が何なんでも突き止める」


 狭い路地裏からでも簡単に見えるほど高くそびえ立つ城。

 あの中には何があるのか想像もつかない。

 会議室で見た見取り図を思い出しても、時間内にその未知のエネルギーとやらを見つけられるかどうか不安なレイだった。

 

「アレじゃない?」


 その声にレイは振り返ると、ゼロが顎で路地裏の奥を指していた。

 そこには古い革バッグを肩に掛けて、頭にフードを被りながら人目を避けるように歩くチップがいたのだった。

 長いコートを羽織って尻尾も隠していたが、その小さなシルエットに間違いない。


 ゼロが壁に寄り掛かるのを止めてチップに近づく。

 

「お二人ともお揃いですね」

「お手数お掛けします。チップさん」


 ゼロのより先に後ろから話しかけるレイに、ゼロはフンッと鼻を鳴らして顔を反らした。


「ここからお城へはこの大通りからしか行けません。お城へ運び込まれる物資も全てこの道から入っていきますので、私の後に付いてきてください」

「城としての体は成してるみたいね」


 今度は先に行こうとするレイを遮るように、ゼロがチップの後ろについて大通りへと体を出していく。

 その後に続くようにレイも通りへ出ると、人目を隠すようにフードを深く被るのだった。


 近づく度にその圧倒的なスケールと大きさの城に魅せられるレイ。

 日本の城とは違うデザインの洋風な物だ。

 これも転生者の趣味なのかと考えるレイだった。

 街のシンボルとしてそびえ立つその城には様々な役割があるのか、レイたちの他にも商人や学者といった格好の人たちも城に向かう姿が見受けられた。


 徐々に坂の傾斜がキツくなっていき、あの逃走劇の終着点になった広場で一旦平坦になって休憩できるようになっている。

 チップも歩みを止めて一旦体を伸ばし始めると、その様子をゼロは腰に手を当てて眺め、レイは相変わらず城に視線が釘付けになっていたのだった。


「···お城が珍しいですか?」


 そんな様子が目に入ったチップがレイに問い掛ける。

 レイは素直に首を縦に振ると、チップに説明するのだった。


「俺の···あー、住んでいる国にはこういった形の城は無いので。ちょっと物珍しいというか···」

「えっ?それでは、敵に攻め入られた時にはどう対処するのですか?」

「対処···というところでは、国民を守ってくれる部隊みたいなのがあってですね···そもそも攻め入られる機会が全く無いといいますか···」

「それでは、お客様の故郷は侵略を受けないくらい堅牢な守りを敷いているクニなんですね」

「あぁ、いや、なんというか···そうじゃなくて···」


 再び歩き出すがチップの好奇心は止まらず、レイに質問を続ける。

 ゼロは何も言わず観察しているだけで、成り行きを見守っていた。


「他の国たちが、俺の国に攻め込むのをタブーとしている節があるというか···そもそも戦うということ自体をタブーとしていて、争いを避けているんです」

「そんなところが存在するんですか、つまり戦いより和平を求めているんですね。クニ同士が協力して···私もそんなところに生まれてみたかったです」


 そうチップは言うと、革のバッグから書類を取り出して確認を始めた。

 チップからしてみると何気ない会話だったが、レイは平和であることは当たり前ではないのを改めて感じ、目の前に迫る城を見上げる。

 いくつもの棟が立ち並ぶ、古城と呼ぶと想像しやすいのかも知れない城。

 窓がいくつも設けられていて、360度どこからでも城下町の様子が観察でき、外敵の侵入に気付くことができる。

 この街の最終防衛ラインとして実際に稼働する造りとなっていた。


 司令官たる王が決定を下し、それを部下に直接伝えて動けるように出来る軍事的な機能もさることながら、行政や政治に関することも担い、経済の中心部分でもあることから様々な職種の人間が出入りする。

 観光地としてしか城を見たことがないレイにとっては新鮮だった。


 ゼロも何か思うところがあるのか、神妙な面持ちで城を見上げている。


「···では」


 チップの掛け声で前を向く二人。

 再び歩いていくと、目の前の通路が段々と狭くなっていき、空へと伸びる大きな門塔が見えてきた。

 城の周りは切り立った崖となっていて、入っていく通路はここしか見えない。

 敵の侵入を防ぐ役割を担っているのがわかる。


「まず私がお城の門番の方とお話をします。お二人は私の後ろで少し離れてお待ちください」


 チップは少し背中を丸めてフードを深く被った。

 大きな扉を左右から挟むように佇んでいる門塔の左側に窓が設けられており、その中には訪れる来訪者を監視するように制服を着た門番が目を光らせていたのだった。


「すみません」


 チップはその窓の前で止まると頭を下げて、門番へ話しかける。

 凛々しい返事が返ってくると、窓が開いてチップへ顔を出したのは、髪の長い女性だった。

 その様子を見ていたレイも思わず呟く。


「···女性が門番なんですね」

「この城の衛兵や使用人たちはみんな女性。男は転生者くらいしかいないわ」


 ゼロの言葉にレイは思わず門番とゼロの間を視線が交互に泳いだ。

 

「ホント、やりたい放題いいシュミしてるわよね」


 ゼロは腕を組んで城を見上げる。

 レイはチップの成り行きを見守ることしかできなかった。


「では、候補者の宿泊に関しての打ち合わせですね。担当者への連絡は必要ですか?」

「いえ、すでに時刻は知らせてありますので。あそこで待っている助手の分も追加で入城許可をいただけますか?なにぶん候補者が多くて、本人確認に時間が掛かるので手伝いに来させたんです」

 

 チップがそう言うと、門番の視線がチップの肩をすり抜けてゼロとレイに向く。

 視線を気にせず城を見上げるゼロと、フードを深々と被り頭を軽く下げる。

 再び視線がチップへと戻ると、門番はペンを取り出して手元にあった書類へ追加で書き出すのだった。


「かしこまりました。お二人追加ですね。お名前は?」

「名前は、えーと···すみません、呼んできますね」


 チップから頼りない声で呼ばれた二人は、チップの元へと歩み寄る。

 門番から事のあらましを説明された二人は、一枚の紙を渡されると名前を書かされるのだった。


「ゼロ···と、レイ···」


 その光景を見ていたチップは、ぼそっとつぶやく。

 紙を回収した門番は、手元にあった書類へと二人の名前を書き写す。

 自己紹介をしていなかったことに気付いたレイは、チップに向けて申し訳なさそうに短く謝るのだった。


「···かしこまりました。お手数をおかけしまして申し訳ございません。最近賊が城へ侵入したり、案内所を荒らしたりと事件が立て続けに起こっておりまして」

「それはヒドいわ、私たちも気を付けましょ?ねぇ、レイ」

「そ、そうだな。お互い気を付けようゼロ。門番さんも、対応が大変そうでお察しします」


 門番を労るレイだったが、門番は''いえ''と短く返事を返すだけで、職務に没頭していた。

 すぐに白々しく対応するゼロに、レイも何とか合わせて相槌を返す。


「お待たせ致しました。わざわざご足労いただき感謝します。今、門を開けますので正面にてお待ちください」


 門番はそれだけ伝えると、書類を持って後ろにあった扉を開けて城の中へと行ってしまったのだった。

 門番が居なくなった瞬間、先陣を切るようにゼロは踵を返して正門の前へ歩いていく。

 慌てて追いかけるチップと、誰も居なくなった門塔の窓を閉めて後を追い掛けるレイ。


「ご、ごめんなさい。私お二人のお名前を聞いてなくて···」


 正門を眺めているゼロに追い付くと、チップは慌てた様子のまま二人に謝るのだった。


「言ってなかった俺たちが悪いです。チップさんは何も」

「ちょっと、開くわよ」


 尚もゼロは微動だにせず、正門を眺め続けていた。

 するとその正門の下、右側の部分から何やら音がすることに気付いた。

 金属の部品が動く音、よく見ると細かな装飾が施されていて、その部分が微かに動いている。

 ガチャン、ガチャンと次から次へと何かが外れていく音がしたと思ったら、装飾で絶妙に隠れていた普通のドア一枚分のスペースが奥に開くのだった。

 

「どうぞお入りください。城内にて担当者がお待ちしておりますが、案内されるお部屋以外への入室は控えるようお願いいたします」

「ええ、もちろん。勝手なことしちゃダメよ?レイ」


 さもわざとらしくゼロはそう言うと先陣を切って正門をくぐっていく。

 その様子を見ていたチップはレイに視線を送るが、レイも困った表情で返すしかなかった。


「···不思議な人ですね」

「俺もまだよくわからない人でして···」


 二人も続いて正門をくぐり中へと入っていく。

 スタスタとゼロの後を追うチップとは対照的に、レイはその豪華で大きな噴水が目立つ、周囲を城壁で囲まれた見事な中庭の光景に目を奪われていた。

 綺麗に伐採されている芝生や植木。

 正門から噴水まで真っ直ぐ伸びる石造りの通路。

 その後ろには城本体の大きな入り口に続く通路が伸びていた


「レイッ、早くっ」

「あ、ああ。すまない」


 遅れていたレイは慌ててゼロたちの後を追う。

 ゼロもチップも中庭の景色に目もくれず一直線に城へと向かっていく。

 見慣れなさすぎて不安なレイだったが、敵陣に乗り込むにあたり、気を引き締めた。


「じゃあ、私は予定通りお妃候補の控え室へ向かいます。このお城に居られるのは私の仕事が終わるまでの間です。それ以降は怪しまれますので、やりたい事があったらそれまでにお願いします」

「どれくらい掛かりそうなの?」

「1時間···、頑張ってもう少し伸ばせるようにしてみますが、あまり期待はしないでください」

「ありがとう。ここからはこっちはこっちで動く。時間までに戻らなかったら、私たちのことは置いて帰って」


 ゼロはスーツの懐に手を入れると、一つの巾着袋を取り出してチップへと手渡した。

 中からはジャラジャラと硬貨が入っているような音が聞こえ、チップも受け取る際に予想外の重さに小さく声が出るほどだった。


「あの窓の修理代に使って。余ったらあなたにあげる」

「えっ?あっ···、えっ···?」


 中を覗き込んだ瞬間、チップの耳がピンッと上に伸びてフードが膨らんだのが見えた。

 その表情はまさに驚愕という意外表現のしようがなく、急いで巾着袋の袋を閉めたチップの手が震え始める。


「あ、あのっ···こ、これ、宿がもう二軒建つくらいあるんですけど···」

「だったらもうあんな所に住むのやめて、家でも建てて暮らしなさい。そうね、お風呂は広く造ったほうがリラックスできるわ。家具も全部良いのを買うの」


 ゼロはチップの手から巾着袋を取ると、チップが肩から掛けている革のバッグへと押し込んだ。

 何事もなく歩いていくゼロと、戸惑うチップの視線に頷いて頭を下げるレイ。

 先を行くレイを見て、チップは自分のバッグに手を当てる。

 そして何かを決断するように小さく頷くと、先で入り口の扉を前に佇む二人の間を通って、扉の取っ手を握る。


「では、ゼロさんレイさん。幸運を祈ります」


 チップが扉を引いて開けた瞬間、中から涼しい風と、石や木材といった自然な匂いが飛び込んできた。

 それは自然に存在するようなダイレクトなものではなく、建築素材として加工された物の匂い。

 高級ホテルのような感覚、レイが最初に抱いた印象がそれだった。


「控え室は上の階の左です。こちらの階段から上がっていきましょう」


 一階のエントランスは二階部分まで吹き抜けとなっている広々とした作りで、その中央には天井のガラス近くまで高く造られた転生者と思わしき石像が堂々と佇んでおり、その石像の前から後ろに回り込むように上に続く階段が伸びている。


 様々な人の声が響く中、チップを先頭に他の来城者の間を抜けて、左の階段を上がっていく三人。

 二階に来ると壁づたいにバルコニーのように通路が設けられていて、下を見渡せるようになっていた。

 二階は使用人の姿が多く見受けられるようになり、チップがその内の一人に尋ねると、案内された通りに左の棟へ続く扉を開けるのだった。


「···これでひとまずは安心です。控え室に一緒に入ったら、何かしら理由をつけてお二人を部屋から出しますので、後はお二人のお仕事を続けてください」

「ありがとうございます。チップさん。もしチップさんも危ない状況になったら、何も知らないと言ってすぐに逃げてください。元々チップさんは何も関係ありませんから」


 奥まで一直線に伸びる長く広い通路。

 たくさんの窓から入る光で床の絨毯が鮮やかに赤く輝いていた。

 窓の反対側にはいくつも扉が設けられていて、部屋がいくつあるか想像できない。

 ゼロはウォッチを確認してこの城の地図と時間を確認していた。

 レイも自分のウォッチの時間と、懐に忍ばせている銃を確認しておく。

 使うことがないことを祈るばかりだった。



ーーーーーーーーーー



「ジーク様、新たな来城者のリストです」

「···あぁ、そこの机に置いておいてくれ、後で見ておく」

「わかりました。新たに追加で二人増えましたので、ご確認お願いしますね」

「二人?」


 衛兵の一人が事務室の机に書類を置くと、それだけ言って出ていった。

 その言葉が引っ掛かったジークは、手元の仕事を止めて立ち上がり、コーヒーの入っているカップを片手に書類を手に取るのだった。


「宿屋か···確かに打ち合わせは今日だったが···」


 そこに追加された二人の項目に目が行く。

 ''助手''とだけ関連事項に書かれていたが、その名前に違和感を感じていた。


「ゼロと、レイ···、聞いたことがない。''助手''···?」


 新たに雇ったのだろうか。

 だがあそこは獣人と女主人でまわしているイメージだが、このタイミングで新人を雇う違和感。


 ジークは自分のデスクに戻り、電話の受話器を手に取って、ボタンを押す。


「···ああ、私だ。今、城に来ている宿屋の使用人たちについて詳しく聞きたい。···そうだ、随時伝えてくれ」


 それだけ伝えると受話器を元に戻すジーク。

 その顔には違和感と、頭に浮かぶ不快感が入り混じったような表情が浮かんでいたのだった。

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