パート1 27
簡単な南京錠で施錠された扉。
その鍵をチップは開けて、ゆっくり扉を開くのだった。
「どうぞ、私の部屋で少し待っていてください。私はおば様と話して時間を作ってきますので」
ミシミシと木の擦れる音を立てて開かれたその部屋の中はとても小ぢんまりとしていた。
壁に簡単なベッドと、中央に丸いテーブル。
トタンのような作りの屋根と、その屋根から下に伸びるように簡単な電球が一つ吊り下がっているのだった。
壁や床は一面木材そのままで、よく言えばログハウス。
悪く言えば物置のような建物だった。
まだニーラムの家畜小屋のほうが広々としている。
「すみません、お邪魔します」
チップに頭を下げて中へと入っていくレイ。
外から見えない所に小さな台所と食器棚、木のクローゼット。
様々な小物や写真などが置かれていて、ベッドやテーブルも含めよく掃除されており家に比べてとても綺麗になっている。
ゼロも部屋の中に入ると、腕を組んで中を見回していた。
「椅子が一つしかないので···申し訳ありませんがどちらかベッドにでも座っていてください」
「ああ、いえいえ。急に押し掛けたのはこちらなので」
それを聞いた瞬間、ベッドに座るゼロ。
レイもチップに頭を下げて、言われた椅子に腰掛けるのだった。
部屋を後にするチップ。
扉が閉まると、ゼロは部屋の中を更に見回していた。
「町並みからしたら、とても人が住んでいる建物には見えないわね」
天井近くにある一つの小さな窓からしか光が入らない。
昼間であるにも関わらず室内は薄暗く、少しジメジメしている印象だった。
「衛生的にも···よろしくない。チップさんたちは本当にこんな扱いを受けているのか」
「端から見たら丁度いいのかもしれないわね。物置にしか見えないから獣人がいるなんて想像もつかないし、人権なんてほぼ無いようなものよ」
住み込みで働くにしても、まともなオーナーならこんな場所に住まわせようなんてまず考えないだろう。
そうレイは思ったが、この世界の常識が根本から違うのであれば、それを直すのは難しいと黙り込む。
転生者という存在が自分と同じ考えを持っているなら、街のトップに君臨する以上そういう部分にも切り込んでくれる存在であればいいと願うレイだった。
「城に着いたら、その転生者に陳情でもすれば何とかなるのだろうか」
「ムリね、そんな優秀なこと考えられる人間ならそもそも転生者になんて選ばれないで元の世界で出世してるわ」
文化を変えるのは簡単じゃないと切り捨てるゼロ。
その言葉にレイは何も言い返せなかった。
「すみません、お待たせしました。それで···相談というのは?」
部屋の扉が開くと、チップがレイたちの様子を伺いながらそう尋ねる。
いまだ警戒を解いていないのか、視線は主にゼロに向けられており、ゼロもその様子に眉間が少し険しくなるのだった。
「まず始めに、俺たちは敵じゃありません。誤解させてしまったのなら謝ります。彼女は···本当に俺を捜していたのであって、危害を加えようとは」
「案内所での一件の事を私も聞いています。見た目もあなた以外にそんな格好をしている女性はこの街にはいません。どうしてそんなことを?」
「やらなきゃこっちがやられてたからよ、誤解しないで。仕掛けてきたのはあっち」
ゼロはそういい放つと、立ち上がって中央のテーブルに手をつく。
「単刀直入に言うわ。城に入る方法を知りたいの。前と違って警備が厳しいから、簡単にはいかなくなった」
「それは···何故なんでしょう。悪いことなら私は手を貸せません」
そんなゼロに物怖じすることなくチップは言いきる。
二人の間に割って入るように、レイは説明を始めた。
「あなたたちを守るためです。チップさんたちだけではなく、街のみんなも。といいますか···この世界も」
「この世界···?」
こちらに近づき、首を傾げるチップ。
再び座り込むゼロに今度はチップがテーブルに手をつくのだった。
その視線の先にはレイが映っている。
「あなたたちは本当に何者なんですか?その格好もそう、私たちと同じ匂いがしないというか···この世の人ではないみたい」
「···それは」
「あなたが知る必要は無いわ。言っても理解できないし、全く関係ない。で、入る方法知ってる?」
今度はゼロが遮るようにそう言った。
チップは困惑するような表情でレイを見るが、レイは一言、信じてくださいと頭を下げるのだった。
考え込むチップは少し黙ると、ゆっくりと話し始める。
「そう···ですね、丁度今日なら···お助けできるかもしれません」
「何か策があるんですね?」
「はい。今お城ではお妃選びの真っ最中で、その方々に宿を提供する打ち合わせに行く予定だったんです」
「···キモッ」
思わずゼロの口からそんな言葉が漏れる。
お妃選び、それは···王様と呼ばれている転生者が考え付いたものなのだろうか。
同じ日本人としての感覚からは、女性を並べてその中から伴侶を選ぶなど考えられないとレイも思わず疑うのだった。
「私たちとしては、そのお妃候補さんたちが宿を使う以上お城から莫大なお金が入るので断る理由がないのですが···こんなことは初めてで、私としてもどういう顔をしたらいいのか···」
「やっと意見が合いそうね」
ゼロが厳しい表情から変わり、やっと涼しい顔でチップを見る。
チップも目を伏せがちにしながらも細かく頷いているところを見ると、そのお妃選びについては考えるところがあるようだった。
「王様は、私が見た感じではそんなことをするようには見えない方だったんです。直接お会いしたことはありません、ただお付きの方々と一緒に歩いているのを見たことがあって···。その、お客様と同じ地域に住まわれているような顔の特徴でした」
「俺と···ですか?」
「これで間違いないわ。''よそ者''のクセに随分なご身分だこと」
吐き捨てるように言うゼロ。
''よそ者''という言葉に一瞬レイを見るチップ。
だがレイもどう返事を返したらいいのかわからず、チップから軽く目を反らしつつ頷くしかなかったのだった。
「とにかく、もう少ししたら私がおば様が作った計画表を届けにお城へ行くことになっていますので···その時に使用人として同行したということにすればいいかと」
「この格好じゃあ、目立ちすぎるわよね?」
ゼロが腕を広げて、自分の格好とレイを見ながらチップにそう言う。
このままでは考え無しに敵陣に突っ込むおバカさんになってしまう。
言葉にせずとも気付いていたチップは、部屋の角にあった木のクローゼットから二着のコートを出してきたのだった。
薄茶色のものと、赤いもの。
宿屋から逃げる時に二人が脱ぎ捨てていったものだった。
「またお会いしたときにお返ししようかと思って。あの時、あなたが私に被せてくれたおかげでお城の追っ手の方々に目をつけられなくて済んだので···」
「あら、そんな偶然があったのね。連行されてなくてよかったわ。じゃなきゃこうやってお話しできないから」
「あの時はドタバタしていて、衛兵の人たちも宿からみんなすぐに出ていってしまいましたから」
''そう''っと白々しく首を傾げるゼロ。
二人の間の空気が少し和らいだ気がした。
チップはゼロとレイの前まで来ると、二人にコートを差し出して尋ねるのだった。
「本当に私たちを助けてくれる?」
チップのその言葉は、未知の脅威に対してだけではなく、自らが置かれている境遇についても聞いているように感じた。
なにも言わずコートを受け取るゼロと、どう返したらいいかわからずチップの表情を伺うしかないレイ。
自らの正義に苦しむレイだったが、救いを求めるようなチップの眼差しにニーラムの姿が重なる。
「···お力になれるよう全力を尽くします」
''あなたは甘すぎる''と、またゼロに言われかねない言動だったが、まずはその気持ちに寄り添ってみることにしたレイ。
その手からコートを受け取ると、レイは手の中に納めてチップに頭を下げる。
「まさか、こんな人間がいるなんて思わなかったです。私も人間と手を組むことになるなんて思ってもみなかったですし」
「この世界で私たちは人間と呼べる存在なのかはわからない。少なくとも姿形は人間だけど」
「そ···それは?どういう意味で···?」
「世界は思った以上に広いのよ、あなたたちのことを受け入れてくれるところも、もしかしたらあるのかも」
そう言うとゼロは立ち上がって、レイを待つ。
「すみませんチップさん。俺も···ハッキリわからなくて」
「···いいんです、細かいことは気にしません。悪い人たちではないってことがわかっただけで十分ですので」
「で、どうする?」
出入口の扉に手を掛けたゼロはチップに問い掛ける。
「では···、私が支度をしてお城へ向かい始めたら···路地裏で合流しましょうか。その方が都合がよさそうですし」
そして三人は小屋から出ると、それぞれに別れて宿屋を出るのであった。
その際に宿屋の中から聞こえてきたチップへの怒号に、時間を掛けさせたことを少し申し訳なく思ったレイだった。




