パート1 23
「どうなった?レイは大丈夫?」
「ん~?んっふっふっふ~」
エレベーターの扉が開くや否や、書類を抱え、レイが忘れていった牛乳を片手に駆け足でデスクへ近づきパソコンの画面を覗き込んでくるデイ。
オペレーターは椅子に座りながら少しデスクから離れて画面を見せる。
そこにはレイとゼロが向かい合い、拳を構える姿が映し出されていた。
今にも両者が踏み込む一歩手前、一触即発な状態だった。
「···いきなり実戦?」
オペレーターの顔を覗き込むデイ。
ゼロと同じ反応だった。
思わずオペレーターの顔に笑みがこぼれる。
「習うより慣れろってことでねっ。ん~、さすが鍛えてるだけあって筋はいいかも。だけどまだ感覚を掴めてないってカンジ」
キーボードを操作して少し前の映像をデイに見せた。
一方的に攻めるゼロ。
地面に立ってはいるが、攻撃に耐えきれずレイが蹂躙される様子が映し出されていて、見る限りでは圧倒的に不利であることは明らかだった。
「ここからが楽しみね。果たして素質はあるのかしら」
「···レイ」
考え込むように画面を覗くデイ。
構えたまま動かない二人。
その様子は最初と一緒だが、レイの構えが少し変化していることにデイは気づいた。
「大丈夫、レイは入り口に立ってる」
「ほほ~ん?」
オペレーターは首を傾げてデイに問いかけるが、デイは変わらない様子で淡々と返事を返す。
「何も心配いらない、信じ始めてる」
言い切ったデイは画面から顔を離して、代わりにオペレーターが元の位置に戻り画面を覗き込む。
変わらないように見えるオペレーターだったが、背後で頷くデイに行く末を見守ることにした。
その直後だった、レイが動く。
──────────
一瞬で距離を詰められる。
想像よりも速く体が飛び込み、レイはその勢いのまま拳を体に打ち込んできた。
「···っ」
ゼロは動きを読めていないわけではなかった。
予想以上のスピードに体の反応が一瞬遅れ、手刀で弾いても拳がまだ伸びていることに気付く。
だが咄嗟に体を反らしたことで、その拳は空を切った。
が、しかし、さっきと違ったのはそこからの行動だった。
間髪入れずにもう一発拳が飛んできたのだ。
「んっ···」
手刀で弾く余裕もなく、腕で咄嗟に防げたのは経験の差だが、ゼロの口から思わず詰まるような息が漏れた。
一瞬目が合うゼロとレイ。
レイはその自分の行動に驚き半分手応えを感じたのか、その目付きは先程の困惑するようなものとはまるで違う、鋭く一直線に貫くような意思をゼロは感じたのだった。
尚もレイは攻撃の手を緩めない。
ゼロが防ごうともひたすらに拳を打ち出し、足を伸ばす。
その頻度は攻撃が続いていく毎に手数が増え続け、ゼロも手と足で打撃を繰り出すがそれは先程のようなダメージを与えるものではなく、レイの攻撃をいなすためのものに目的が変わっていく。
普段繰り出す打撃と打撃の合間に、何発もの拳を打ち込める。
いや、打ち出せる肉体と環境に変わっていることにレイは気づいた。
それは身体能力にも恩恵が跳ね返り、常人を超えた跳躍力や反射神経に繋がっていることを理解するのにさほど時間はかからなかった。
ゼロとレイの拳が交わり、つばぜり合いになる。
「もっと重くできる!私に打つんじゃなく打ち抜くの!」
レイはその返事を拳で返し、ゼロもわずかな隙を狙って反撃に転じる。
しかし攻撃の勢いはとどまるところを知らず、さっきとはうって変わってゼロがどんどんと後ずさっていくのであった。
ゼロが拳を打ち抜いた瞬間、レイはそれを手刀でいなして蹴りを入れる。
入ったと思った一撃はゼロの腕で防がれるが、その一撃が予想以上に重くゼロの体が後方に大きく吹き飛んだのだった。
先ほどの自分と同じ状況、叩きつけられて倒れる。
レイはそう踏んでいたが、予想は大きく裏切られることになった。
遥か後方にある大きなコンテナに叩きつけられるかと思いきや、体を翻しコンテナを足場にしてゼロは空中に飛び上がったのだ。
足場となったコンテナの側面は車でもぶつかったかの勢いで陥没しており、そのコンテナ自体も衝撃でゼロの後ろに勢いよく倒れる。
それでも平気なほど、信じられない筋力まで底上げされていることを目に焼き付けられたレイ。
だが考えている暇もなく、空中で回転しながらゼロは蹴りをレイに入れるべく勢いをそのままに落下してくるのが見えた。
判断が遅ければそのままレイはその足で地面に叩きつけられて終わる。
考える前にレイの体が動いた。
「···!」
後ろに跳び跳ねた瞬間、それまで居た場所にゼロが落ちてきて、床が陥没した。
その時見たゼロの表情は目を見開いていて、ゼロも完全に捉えられたと思ったのか驚くような表情でレイを見るのだった。
舞い上がる床の破片が落ちるのよりも早く、レイは背後にあったコンテナの後ろへと着地した瞬間、コンテナを蹴り飛ばし、前方へと弾き出す。
金属が思いっきり凹む轟音と共に飛んでくるコンテナ。
ゼロも瞬時に空中に飛び上がりコンテナをかわすと、次に飛んでくるであろうレイの攻撃に備えて構えるが、そのコンテナを蹴り飛ばしたレイの姿がない。
背後で飛んでいったコンテナどうしがぶつかる激しい音の後に、自分と同じようにコンテナを足場に飛び上がる音が聞こえたのがわかった。
レイは飛んでいくコンテナをカモフラージュに、バレないよう前方へ加速したのだ。
それは一瞬生まれた隙だった。
ゼロがそれに気付き振り返るよりも早く懐に飛び込み、その体を押さえて地面へと二人で落下する。
空中で揉み合うようにしていた二人は床に叩きつけられ、砂煙が晴れた瞬間現れたのは、ゼロを床に組み伏せてその顔面の目の前に拳を打ち出していたレイだった。
──────────
「ひゅ~ぅ、やるねぇ新人さん!ゼロが組み伏せられるなんて久しぶりに見たわ!」
「レイ···!」
椅子の背もたれに深く腰かけて腕を組み、何回も頷くオペレーター。
画面を覗いていたデイも思わず抱えていた書類を抱きしめる。
「いいセンいくかもね新人さん···レイ君だっけ?いい同僚が増えたじゃない、こりゃあんたも喜ぶわけだ」
「うん、これから仲良くなる予定。男の人がいなかったから、私も嬉しい」
「確かにね~、女神業務もあるから人員が偏るのは仕方な···あら、あらあら、早くも人気者かしらね新人さん」
レイの騒動を聞きつけてか、まわりで業務に当たっていた女性たちも何人かチラチラとこちらのパソコンの画面を見ていることに気付くデイ。
もしかしたら何人かはシミュレータールームのカメラに切り替えて観戦していたのかもしれない。
その時少しデイの目の前の空間が揺らいだ。
「まぁ確かに、警察官ってだけで目を引いてたけど、彼もその名に恥じぬジェントルマンみたいね。人となり含めていいセンいってるってのも間違いない」
「チーフっ···!ちょっ、その''いきなり''のやつやめてくださいよ~!今度はどっから来たんですかぁ!?」
突然背後に''出現''したチーフに驚くオペレーターの女性。
怪訝な顔で、出現によって乱れた髪の毛を直しながらチーフに抗議するが、何も意に介さず眉を一瞬上に上げてイタズラっぽく微笑むチーフに嫌々しく少し舌を出す。
「会議室よ。何だか面白そうな声が聞こえてね。デイ、見つかった?」
「見つかった。あの転生者についてと城の設計図」
「ありがとう。···その牛乳は?」
「これはレイに買ってきたやつ。朝ごはん」
「後で私にも買ってきて?」
「わかった、またスーパーに行ってくる。丁度今ゼロたちのおかげで繋がってるから」
特に気にすることなく淡々と答えて資料をチーフに渡すデイ。
その大きな本を胸元で支え、ページをめくっていきながらチーフは本に目を落としていく。
その真面目な様子をデイは少し気にかけるが、オペレーターがふんふんと鼻を鳴らしながら画面を見ていたので、デイも覗き込む。
そこにはゼロの手を引いてゆっくりと立ち上がらせるレイの様子が映っていたのだった。
「ジェントルマンねぇ···、あんだけバッカスカ蹴ったり殴ったりしてる時点でそんなの消し飛んでると思うけど~···」
「あなたは男心がわかってない。あの状況で女の子の顔面を殴るなんて私でもできない」
「ふ~ん···とにかく、チーフのお眼鏡にもかなったみたいだし、シミュレーターはここまでってことで」
オペレーターはキーボードを叩くと、インカムのマイクを持って話し掛ける。
「─こちらオペレーター、ゼロ~」
''─はい、こちらゼロ''
すると画面の中でゼロは自分のウォッチを口元で構えると、応答して話し掛けたのだった。
「ーなんだか落ち着いたみたいに見えたんで~、そろそろ戻る?」
''ーそうする。設定は戻していい''
「─わかった~。随分とジェントルマンね彼。いいスジしてるし~」
''─···なんか、あからさまに女の子の顔面殴るのはどうとか何とか''
その言葉にデイは一瞬チーフの様子を伺うが、無言で目を閉じて小さく頷いていた。
「─んっふっふっ、女の''子''扱いねゼロ」
''─やめて。それに、私の方が年上だから''
「─わかったわかった~。じゃ、戻ってきて」
''─ったく''
ふてくされたように返事をすると、ゼロは一方的に通話を切った。
乱れた上着を直して、置いてあった銃を懐にしまうと、レイを連れて出口へと向かってくる。
「···まだまだね」
二人の様子を見て本を閉じると、チーフがポツリと呟いた
「そりゃあチーフの目から見たらそうですよ~。でも中々ですね、初戦でゼロを組み伏せるとこまでいくなんて。スーツを戦闘モードにすら入れてないのに」
「私だったら戦闘モードに入れられても、そうならない自信はあるわ」
「チーフは規格外。この世のルールから逸脱してる疑いがある」
デイがそう言うと、チーフは鼻で笑いながらも、今回の録画データを保存しておくようにと指示を出し、帰ってきたらゼロとレイ、デイの三人は会議室に来るようにと告げた
「それに私、組み伏せられるのはベッドの上だけって決めてるの。それじゃ、会議室で待ってるから」
チーフは何気なくサラッとそう言うと、一瞬で姿を消す。
空間が一瞬揺らぎ、後はそこに誰も存在してなかったかのように元に戻るのだった。
表情を一切変えないデイと、そんなデイを目だけでチラッと見るオペレーターの間に妙な沈黙が流れる。
「っすぅ~···あの技術は一体どうなってんのかしら~。瞬間移動したあとの空間の処理が私にはわからなくて~」
「ベッドの上だけっていうのは私にはわからない。どういう意味なのか後でレイに聞いてみよう」
「もうちょっ···と仲良くなってからのほうがいいんじゃないかなー。でも男とのほうがまだ話しやすいか···スルーしたのに···」
ボソボソとオペレーターが呟くのも束の間、扉が開いて二人が戻ってくる。
オペレーターがゼロを見るなり頷くが、ゼロは首を軽く左右に振る。
「レイ、大丈夫?」
「···ああ、大丈夫だよ。不思議な感じだった。まだ完璧じゃないから、学んでいかないと」
「まだ体が慣れてないからしょうがない。あそこまで出来たら合格。はい、牛乳」
「あ、そうだ忘れてた。ありがとう」
デイから牛乳を受け取ると、口に運ぶレイ。
レイは若干肩で息をしているが、ゼロは全く息が上がっていない。
追い詰めはしたが、その経験の差は歴然だった。
続けていれば反撃は免れなかった。
デイはレイを励ましてはいたが、このままでは異世界で足を引っ張ってしまうのではないかとレイは決意を新たにするのだった。
「そういえば、二人が戻ったら私も一緒に会議室に来るようにとチーフが言ってた。多分、あの世界のことについてだと思う」
「···休んでる暇無いわね。行きましょう」
「準備しとく~」
ゼロは二人に声を掛けると、ゼロに続き会議室へと向かっていく。
本当の意味での実戦が近づいてることに気付くレイは、自然と体に力が入る。
異世界とは何なのか、その正体を実感するまではまだまだ時間が掛かりそうだった。




