パート1 22
エレベーターが到着し扉が開くと、昨日来たときと変わらず沢山のオペレーターの人達がインカムをつけてパソコンに向かい対応に当たっていた。
そのフロアにところ狭しと並ぶデスクの隙間の通路を縫うようにゼロと共に進んでいくレイ。
目に入るパソコンの画面を見ても、どういう意味なのかさっぱりわからなかった。
「このオペレーターの方々が、俺たちを管理しているってこと?」
「そう。私たちはオペレーターの管理の元、異世界に侵入する。ウォッチの状態からバイタル、スーツの耐久残量、その世界のどこにいるかまで全て管理される。だけど、主な業務は異世界そのものの監視」
こうして歩いている間もパソコンのウィンドウが開いて閉じてを繰り返し、その画面の端には異世界のものなのか日本では見ない格好をした人間たちや、世界地図、そして見たこともない生き物などの画像が表示されていたのだった。
「信じられない···。ここから異世界に繋がっているなんて」
「ところがどっこい、私たちがその入り口業務担当なのよ。新人さん!」
レイがゆっくり歩きながらパソコンの画面を眺めている間に、いつの間にかゼロが立ち止まっていた。
するとすぐ側のパソコンについていた一人の女性が立ち上がってレイにそう言葉をかけてきたのだった。
頭を下げるレイを横目に、ゼロが間に割って入っていく。
「待たせて悪かった。ずっと下で本を漁ってたから」
「いいのよ~、おかげでちょっと休めたし。はじめまして、新人さん。オペレーターよ!」
ハキハキした様子で挨拶しながら、レイと握手を交わす。
ワイシャツにタイトスカートといったOLのような格好をした、ショートカットの似合うオペレーターの若い女性だった。
「ふ~ん、ほうほうほう~」
レイを見るや否や、その体をなめ回すように観察するその女性。
「な、何ですか?一体···」
視線が上に下に左右に動いて観察されることに慣れずソワソワしてしまうレイは、思わず尋ねる。
「いえいえ、深い意味は無いのごめんなさいね。ただ~、警察官っていうのが凄く珍しくてね~。ふ~ん、さすがよく鍛えてるわね~。今まで見た転生者たちとも筋肉の付き方が全然違うもの」
「それは···どうも、ありがとうございます」
満足したのか女性は再びデスクへと戻る。
呆れた様子で首を左右に振っていたゼロに''ちゃんとやるってば~''と手のひらを見せるジェスチャーを交えて応えると、パソコンを操作し始めるのだった。
「でも、その体なら日頃鍛えてるんでしょ~?警察官だもんねそうだよね?」
「はい、犯罪者も様々ですから。道具を使用した対応も含めて鍛練は欠かせません」
「銃とか?」
「ええ、もちろん。射撃訓練は必須ですから」
「なるほど~···、これはちょっと面白いかもね、ゼロ?」
話を振られたゼロは眉間にシワを寄せると、''さっさとやって''と顎で女性をこずくジェスチャーで応えていた。
「はいはい。じゃあまずは···あー、スーツの機能とか使い方とか、色々と説明してからになるんだけど···まー、聞いてるだけで体動かさなくて面白くないしー···、私の興味もあって、時間も無いしもうちょい面白いとこみたいってことでぇ~、初っ端から···ふふふ」
話す言葉の端に笑みが浮かぶように話すオペレーターの女性は、何かを楽しむかのようにキーボードを指で叩いていく。
ジトッとした目でその様子を眺めるゼロに対して、気付いているのか気付いていないのか女性はついに口元に笑みを浮かべながら、振り返ってパソコンの画面を二人に見せるのだった。
「戦闘訓練。どう?」
画面には一つウィンドウが開いていて、そこには大きく''戦闘(実戦)''という文字が表示されていた。
「いきなり実戦?」
「いいじゃないゼロ。まわりくどいのは嫌いでしょ?''百聞は一見に如かず''ってやつ」
「···じゃあ、これから俺は···何かと戦うってことですか?」
あの異世界の光景がよぎる。
怪物に、魔法や巨大な剣を使う女性二人。
そんな相手にどう対処すればいいのかレイはまだ何もわからなかった。
身構えるレイに、ゼロが言う。
「別に、異世界に行って戦うわけじゃない。ここの訓練施設で軽く手合わせして、戦い方を学ぶだけよ」
「手合わせってことは、ここに相手がいるんですか?」
「そのと~り。ね?ゼロ」
女性がゼロに向かってニコやかに微笑みながらそう言った。
自分を見るレイに対して、ゼロは首をゆっくり傾け、ポキポキと首の骨を鳴らしてレイに目線を送る。
何が言いたいのか察したレイは、ゼロを軽く指差して視線を女性に向けると、女性はニコやかに微笑んで軽く頷く。
「ゼロに色々と教えてもらってね。言っておくけど、本気でやらないとかすりもしないから頑張って!」
「かすりもしないって···では、本気で拳を打ち込んでも大丈夫なんですか?」
「ナメられたものね」
そう言い放つゼロに口元をおさえて笑うオペレーターの女性。
マズいことを言ったのかと後悔するのも遅く、ゼロは両肩を軽く回して戦闘状態を整え始めたのだった。
逆にレイは肩身狭く、またキーボードを叩き始めた女性に目線を戻す。
「OK、場所はいつものところにした。新人さん、とくと見せてもらう」
「わ、わかりました」
「行くわよ。こっち」
デスクを離れるゼロについていくレイ。
しかしすぐにオペレーターの女性から声をかけられる。
「ゼロ!場所の基本定数はあの世界に合わせてあるから!」
「わかったわ」
「···どういう意味?き、基本定数?」
聞いたことのない言葉に迷っているレイに、ゼロはついてくるよう促す。
またオペレーターたちの隙間を縫うように歩いていくと、フロアの片隅にあるドアの前までたどり着くのだった。
なんの変哲もない、丸いドアノブがついた白い扉だった。
「色々と気になることはあるだろうけど、説明するよりこれから見せたほうが早い」
ゼロはドアノブを捻ると、扉を開けてレイに中へと入るように手で示す。
レイは恐る恐る中を覗き込むと、その光景に驚くのだった。
「これは···一体どうなってる?広さが全然違う」
「それはそう。全く別の場所にある建物の中だもの」
中に入ると、吹いてくる涼しい風が体を撫でていく。
レイの目の前には、あの地下のモニタールームよりも一回り以上大きい広大な空間が広がっていたのだった。
コンクリート製の平面な床、三階以上の高さはあるであろう鉄骨が入っている屋根に、吊り下げられている照明。
二階ほどの高さに壁を一周できるようギャラリーが付いている。
室内にはドラム缶やパイロン、コンテナや木箱といった物も置かれていて、倉庫に近い印象だ。
「ここがシミュレータールーム。空間を跨いでるけど同じ世界にある場所。一応ニホンの同じ地域にある施設だから、気候も一緒だし時差もない」
ゼロに説明を受けながらついて歩くレイ。
その中を進んでいくと、中央付近にポツンと一つあるデスク以外何もなく開けた場所が存在していて、そこでゼロは立ち止まる。
「環境としては申し分ない。お互いの装備も、これで条件は一緒」
ゼロはスーツの懐に手を入れると、中を探りそれを取り出す。
デスクに近づきそれを二つその上に放り投げると、ゴトッと重々しい低音が室内に響き渡るのだった。
黒々と無機質な輝きを放つ二丁の銃が、照明に照らされて更に輝き、異様なオーラを放つ。
「あとは、ウォッチの画面を押して。バイタルの右下にある」
レイは自分のウォッチを見てみると、確かにバイタルのグラフの右下に、何やら波紋のようなものが広がっている小さな点のようなグラフィックがあった。
言われた通りにそれを指で押してみると、どこからともなくレイの体を覆うようにスーツが現れ、ピッタリとフィットするように包み込むのだった。
異世界の時と変わらないスーツ姿、腰に付けられた謎のカードホルダー。
お互いがあの時と同じ格好で準備が整う。
「スーツのおかげで色々な耐性がつく。戦闘面でも、打撃、斬撃、銃撃。ある程度のレベルなら耐えられるようになる。肉体の補助も兼ねているから、普段から様々な動きが可能になるの」
レイは異世界で経験したことを思い出す。
重いベッドを一人で持ち上げるような、人間を超える筋力。
軽々壁を飛び越えることができる跳躍力。
人でも動物でも、全く未知数の外敵が存在する以上、それだけ対策は必要なのだとレイは思った。
「後はさっきオペレーターが言ってた通り、ここの基本定数はあの異世界に合わせてあるから」
「その···''基本定数''って何なんだ?」
「口で説明するよりも、これから見せたほうが早い。とりあえず、あなたがどれほどのものか見せてもらう」
ゼロはレイから少し距離を保って離れると、向かい合って半身を引き、拳を構えてくる。
室内に響く構える際の小さな足音。
それが妙に大きく聞こえるほど静寂に包まれる中、レイもゼロに向かい合い構えるのだった。
お互いが静止すること数秒、先に動いたのはゼロだった。
ほんの少し体が前に傾いたと思った瞬間。
その一瞬で間合いを詰めてレイの懐に飛び込んで来ると、斜め下からレイの脇腹目掛けてとてつもないスピードで拳をねじ込んでくるのだった。
「···くっ!」
その光景にレイの口から声が漏れるのよりも早く、レイはその拳を腕で弾く。
レイは反応できたことに自分でも驚いていると、今度は弾かれた反動で回し蹴りを繰り出してくることに気付く。
顔を後ろに反らすのもつかの間、ゼロの体が目の前から消えた。
回し蹴りを放った姿勢から更に一回転し、しゃがみこんで今度はレイの足を狙って蹴りが飛ぶ。
「ぐあっ!?」
反応できずにまともに食らったレイは足払いをされるように体が空中で真横に向いてしまう。
落下の衝撃に備えようとしたその時、まだゼロの攻撃が終わっていないことに気付くのだった。
なんだそれ!と自分の言葉が頭の中に響くのと同時に、ゼロは更に一回転して一本足で立ち上がるように動くと、反対の足で空中にいるレイの腹に蹴りを入れた。
「がぁっ!」
軽々と吹き飛ぶレイの体は、その後ろにあった木箱を粉々に吹き飛ばしながら地面に着地するのだった。
辺り一面に木くずが飛び散る。
「ふむ···」
土埃が舞う中、ゼロがレイに歩いて近づいていく。
埃が晴れる頃には、レイは片ひざをついてゼロを見上げていた。
「あそこから防げるなんて、さすが鍛えてるだけはあるみたいね」
「うっく···、それはどうも···」
レイは立ち上がりながら、自分の両腕に付いている靴底の汚れを払っていた。
蹴りを入れられるその一瞬に、レイは腕を交差させて腹を守っていたのだった。
「吹き飛ばされてどう?」
「信じられない速さだった。神経のスピードが人間とは思えない」
「感想はそれだけ?木箱を粉々にするほどの衝撃だったみたいだけど」
「それが···痛くないのが不思議で」
体が吹き飛ぶということはそれだけの打撃がレイの体に入ったにもかかわらず、防いだ腕も体も少しの痛みだけで何ともない。
普通ならノびていてもおかしくない状況なのに。
不思議がって自分の体を眺めるレイに、ゼロは言う。
「あらゆる常識を捨てて、そして知るの。世界がどういうものなのか。そこで自分がどういう存在なのか。何が出来て何をしてはいけないのか。何もかも」
頷いて答えるレイ。
すると今度はレイが拳を構え始める。
軽く身を引くだけのゼロに、拳を突き出して飛び込んだ。
「ふっ!くっ!ふぅっ!」
驚くほど体が軽い。
最初に抱いた感想はそれだった。
自分が思っているより数倍早く間合いに入り込み、拳を打ち込んでいける。
右、左、右と、腕を伸ばす感覚が驚くほど短く、拳が相手に飛んでいく。
しかし、それでもゼロの体勢は崩れなかった。
打ち込んでいるはずの拳が体に届かない。
レイのスピードと同じかそれよりも早くゼロの手刀がレイの拳をいなして外し、当たらないように動く。
腕だけではなく体全体を使い、かわしながらも次の攻撃へ反転できるように動いているのがレイにもわかった。
言ってしまえばいつでも反撃できるにも関わらず、攻撃をしてこない状態だった。
完全にゼロが動きを読んでいる。
「なら···!」
レイは自分の腕に飛び込んでくる手刀を逆に利用し、その手を掴むと引き寄せて腕を掴み上げた。
その勢いのままレイは一瞬で背を向けて腰を落とすと、一気にゼロの懐に入り込む。
腰にゼロの体を乗せて前方へ背負い投げようと一気に力を込めてゼロの腕を絞り上げ、引き落とす。
ゼロの体が完全に浮いた。
これで一本入れられると思ったレイだったが、いつもとは違う展開に思わず体が戸惑い動きが止まる。
前方に放り投げた。
間違いなく決まった一撃だった。
しかし体が地面に投げ出される姿勢から、ゼロは体を即座に捻り、両足で完全に勢いを殺し着地したのだ。
レイの体重も掛かっているはずなのに、不利な体勢のまま細い二本足で、二人分の体重を支えている。
「な、なんでっ···いいっ!?」
次の瞬間、レイはゼロの腕を掴んだまま自分の体が空中に投げ出される感覚に襲われる。
何が起こったのか一瞬わからなかった。
気がつけば重力を感じなくなり、さっきまでいた床が遥か下に見える。
「うわっ···!おおっ···!なんっ···!?」
天井近くまでの高さに、放り投げようとしていたゼロの腕を今度はしがみつくように握るレイ。
ゼロはあの不利な体勢のまま両足で地面を蹴って空中にレイ共々跳び上がったのだった。
「ちょっ···!まっまっまっ···!待っ!」
空中で何回転もねじれるように体が回る二人。
その状況を利用して逆にゼロはレイの腕を掴み直し、床に叩きつけるように放り投げた。
全く抵抗できず、なされるがまま体が風を切り、大きな音を立てて床に叩きつけられるレイだった。
「うっ···ぐっ···」
予想外の動きが全く読めず、痛みに悶えながらうつ伏せになり、ゆっくり膝を立てるレイ。
ゼロは綺麗に膝を曲げて衝撃を逃がしながら傍らに着地すると、起き上がろうとするレイを見下ろすのだった。
「うん、やっぱり腕は悪くない。咄嗟の切り替えも応用が効いてる。だけどそれだけじゃ、私には勝てない」
「うっ···はぁっ···どういう···意味なんだ?」
顔をあげることができず、床に顔を向けながらそう尋ねるレイ。
攻撃が全く通じない。
ゼロの動きが速すぎる。
今まで相手してきた人たちと何もかもが違う。
常識を外れている相手になす術がない。
頭の中にここからどう組み立てればいいのか考えが浮かんでこないレイ。
「あなたの今の弱点は、格闘のテクニックじゃない」
その時、そんなゼロの声が聞こえた。
顔を上げてみると、息一つ上がっていないゼロがレイの顔を見ながら立ち尽くしている。
弱点がテクニックではない。
その言葉にレイは何かを感じたのか、ゼロの顔を見ながらゆっくりと立ち上がる。
「常識を捨てるの、レイ。常識なんてものは大人になるまでに見てきた偏見の塊なんだから」
「···偏見」
「今この場所は、あなたの暮らしてきた地球とは違う。今のあなたも、普段とは''装い''も違うでしょ?···それを感じて。そして知るの」
ゼロが少し距離を取り、改めてレイに向かって構える。
「今あなたの頭にある常識は、どこの世界のもの?」
そう言われると、レイはゼロの瞳を見てゆっくりと頷く。
そしてゆっくりと、ゼロに向かって拳を構えるのだった。
その表情からは決意の他に、何かを感じるような、何かに気付こうとするような、自分の瞳の中から何かを感じ取ろうとするような意図を感じるゼロ。
その刹那、レイは地面を一気に蹴りこみ、ゼロとの距離を一瞬で詰めるように動いたのだった。
最初のゼロの動きと全く同じだった。




