パート1 21
まるで摩天楼のように次々にそびえ立つ、見上げるほど高い本棚。
それが等間隔に並んでいて、見る限りどこまで続いているのかわからなかった。
所々、通路の交差点にテーブルが存在していて、そこで持ってきた資料を閲覧できるような造りになっている。
レイはゼロに続いて歩いていくが、見渡す限り並んでいる分厚い辞典のような本たちを見て呆気に取られていた。
一体どれほどの時間をかけて集めたのか検討もつかない。
広すぎる空間、その為入り口には電動カートが用意されていたのだった。
「これだけあると、資料を探すのも一苦労だ。パソコンでもないと···」
「ここにパソコンは無い。全て本で保管されて、受け継がれているの。記録にデータは信用ならない、アナログが一番確実よ」
この現代にデータでの管理をしない。
ゼロは、そうしなくてもここの人間ならわかるように整理されているとレイに説明する。
そうすることで何かしらのイレギュラーが発生したとしても、簡単に目的の情報を盗まれないような対策になっているというのだった。
「デイー!···全く、どこにいるのかしら。あまり奥じゃないみたいだけど」
入り口にあったカートの数がそのままだったらしく、ゼロは通路を進みつつ左右に伸びる本棚の通路を覗き込んでいくのだった。
すると遠くのほうから何やら物を落とすような音が微かに聞こえてくるのに気づいた。
「いた」
確信に変わり、ゼロが早足に変わる。
スタスタと歩いていくゼロについていくレイ。
するとゼロは一つの通路の前で止まり本棚を覗き込む。
見るや否や腰に手を当ててその様子を見上げるのだった。
「デイ!」
ゼロは声をかけるが、全く気付いてないのか手を動かし続けている。
デイはスライド式のはしごに登り、上の方から本をはしごに備え付けられていたテーブルへと落としていたのだった。
何かを探しているのか、次から次へ本を取り出してはドサドサとテーブルへ落としていて、その音に被ってしまい声が届いていないようだった。
「す、すいませーん!」
レイもゼロの後ろから声をかけてみたら、デイの手が止まった。
丁度本を落とした直後だったのか聞こえたようで、デイは被っていた帽子をズラし顔を下に向けてレイを見つけた瞬間、安心したのか口元に少し笑みが浮かんだ。
「レイ···!」
二階ほどの高さのあるそのスライド式のはしごから何のためらいもなく飛び降りてくるデイ。
黒いコートを舞い上がらせながらしゃがんで着地する大きな音と、何事もなく立ち上がる様子にレイは驚きを隠せなかったが、そんな反応を知るよしもなくデイはレイに駆け寄る。
「レイ、大丈夫?朝まで起きなかったから心配してた。朝ごはんは食べた?ゼロはいいけど、アレでよかったのか分からなかった」
「あ、ああ、全然。あんぱんも牛乳も好きだよ。ごちそうさま、ありがとう」
「元気になったのなら良かった。警察官ならアレだってテレビで見たことあった。それと、その話し方のほうが好き。レイは真面目すぎる」
若々しい真っ直ぐなパワーに圧倒されるレイ。
ぐいぐいと近づきながら、あのあんぱんはオススメの逸品だの何だのと説明を始めようとするデイに、ゼロは咳払いで抗議するのだった。
気づいたデイは、首を少し傾げる。
「それで、デイ。頼んだものは見つかった?」
「見つかったよゼロ、問題ない。今持ってくる、テーブルで待ってて」
そう言うとデイは再びはしごの前へ行くと、今度は二階ほどの高さまで一気に跳び上がり、はしごに足をかけて本を片手に取り始めるだった。
普通の人間では考えられない跳躍力だった。
呆気に取られているレイを他所に、ゼロはそんなこと全く気にすることなくテーブルでデイを待つ。
ここの人間たちは一体何者なのかとその正体が気になるレイだったが、今は一旦置いておくことにした。
レイの目の前に、片手に大量に図鑑のような大きな本を積み重ねているゼロが飛び降りて着地する。
書庫に響き渡る大きな着地音。
華奢な体で重そうな本を片手で軽々と持ち上げテーブルへと運ぶデイ。
次から次へと起こる非日常に、レイの頭が追い付かなかったからだった。
「これが、転生者についての情報」
ドサッといくつもの本がテーブルに広がった。
表紙に何らかの文字が描かれているが、何て書いてあるのかレイにはわからない。
だがゼロは一冊本を開いて目を通し始める。
「···レイ」
表紙を眺めるだけのレイに、デイの声が聞こえた。
レイの様子を伺うような、か細い声だった。
おずおずとこちらの機嫌に配慮するようにゆっくりと近づいてくるデイに、レイは何なのかわからず向かい合うと、デイはコートのポケットからそれを取り出すのだった。
差し出してきたのは、黒い画面に黒いバンド、レイが放り投げたスマートウォッチだった。
「受け入れられなかったと思う。それでも私は、レイも仲間になってくれたら嬉しいと思ってる。こういう時の上手い言い方が私は分からない。でもこのまま喧嘩別れみたいなのは嫌。せめて仲直りしたい」
片手にウォッチを乗せたまま、レイの反応を待つデイ。
歳が分からないといっても、年端もいかないような娘にそんな申し訳なさそうな表情をさせていることに、何だか人として罪悪感を覚えるレイだった。
ウォッチを差し出すデイの腕にも同じようなスマートウォッチがついているのを見つけたレイ。
ゼロやレイのものとは形の違う、丸い画面のものだった。
デイも真実を知り、戦っていることが身に染みてわかった。
「···大丈夫だよ、デイ。そもそも喧嘩なんかしてない。ああなったのは、俺の覚悟が足りなかっただけなんだ。ごめんね、もう違う。向き合うって決めたんだ。そうじゃなきゃ、俺は前に進めない」
それはレイの決意の現れだった。
デイを見るレイの目線は真っ直ぐでブレない。
レイはデイの手からウォッチを手に取ると、自分の腕につけた。
画面が起動して、心電図が表示されていく。
「よろしく、デイ」
「ありがとう、レイ。仲間になってくれて嬉しい」
今度は安心したかのように、年相応にレイに微笑むデイ。
二人は再びテーブルに向かい、本たちに目を通し始めるのだった。
「よかったわね。仲間が増えて」
「うん。始めての男の人だから嬉しい」
二人がやり取りする最中、レイは本の表紙に目を通してみると、先程は読めなかったはずの文字がスラスラと読めるようになっていたことに驚く。
本を開いてみると、表紙と同じく全て日本語で読めるようになっていた。
「ウォッチをつけているとそれが翻訳機になって、装着者は別の言語を読めたり話したりできるようになる。あの世界で会話ができたのはそのウォッチのおかげよ」
異世界での会話や、文字の羅列。
それらが普段の日常と変わりなく受け入れられたのはこの技術のおかげだとゼロは言う。
未だに信じられないことの連続だが、これが当たり前なのだとレイは自分のウォッチを眺めて思うのだった。
「それと、そのウォッチをつけていれば極限環境下でも活動することができる。大気の酸素濃度が違う場所、気温差、有害物質が蔓延している環境でも大丈夫。常にバイタルが測定されているから、異常があればわかる」
「だからこのスーツがあるの。異世界に行くなら、これくらいはしてもらわないと私たちが困るわ。あっちの環境なんてわからないもの」
異世界で着ていたあのスーツにそんな機能があったとは。
レイは改めてテクノロジーの進化を感じ、ゼロやデイが着用しているスーツに目を配るのだった。
「とにかく、それでも異世界ではイレギュラーなことが多いから、必要なのは情報よ。それを調べてから侵入する。特に転生者についてね」
「転生者···一体どういう人たちなんだ?元はといえば、普通の一般人なんだろ?」
「''普通''だったらまだいい。だけど、変わり者が多い印象」
デイが一冊の本を開いて、レイに渡してくる。
そこには顔写真と共に、どんな環境に誰がどのように転生したのかが見開き1ページを使って詳しく記載されていたのだった。
それを見たところ男性女性問わず、若干男性が多いようにもみえたが、どのように活動したのかが事細かに描かれていた。
しかし、レイが目を引いたものがいくつかあったのだった。
その写真を交互に見比べるレイは、首を傾げる。
「この···転生者の顔写真はわかるけど、こっちの年齢が若い男の子の写真は何なんだ?ところどころ写ってるけど」
同じページの、おそらく異世界を写した写真には全く関係ない男の子が写っているものがいくつも見受けられたのだ。
ページをめくっても同じようなパターンがいくつもある。
どう見ても転生者と同一人物には見えない。
明らかに若すぎる、10代半ばくらいにしか見えなかった。
「転生者は、異世界に転生する際に本人が望めば姿を変えて転生することができる。多くは自分の見た目に不満がある人だったけど、理由がそれだけじゃない人も多かった」
「···というと?」
「美男美女に憧れるのはニンゲンの性···と私は聞いた。他人に良くしてもらうのが目的なのかも。私にはよくわからない」
デイの言葉に腑に落ちるところがあるレイ。
写真を見てみると、日頃の生活習慣が悪すぎるのか、肌が荒れてだらしない体型の人も多かった。
楽してダイエットできる方法を探すのと似ている。
簡単にそんな美貌が手に入るのなら、望む者が多いのも納得だった。
「それとこの···能力?っていうのもよくわからない。これは···一体どういう意味なんだ?」
「それが···一番の問題点よ。まともな人ならいいけど、サイコパスならそれを利用して支配者になりたがる」
「転生のシステムの真骨頂。これがあるからニンゲンは進化できる可能性が高まる」
転生者の情報に大きく書かれている、''能力''という項目について。
そこには、一目見ただけではよくわからない様々な要件が書かれていたのだった。
その世界の最強レベルの魔法が使えるようになりたい。
何もないところに何でも造り出せるようになりたい。
無尽蔵の魔力が欲しい。
肉体の強さをその世界最強クラスにしてほしい等々。
本当に一目見ただけでは冗談にしか聞こえない、まるでテレビゲームや漫画のような文言がどのページにも並んでいたのだった。
「その能力を授ける私たちのことを、転生者たちはいつの間にか''神''と呼んでいた」
「本当に···そんなことが可能なのか?これならその転生者に誰も逆らえなくなるじゃないか」
「そうね、厄介なのは確か。世界を生かすことも殺すこともできる。それが私たちの目的でもあって問題でもあるの。めんどくさいわよね、本当に」
「でも、ニンゲン自体がめんどくさい生き物だからしょうがない。だから私たちがいる」
デイがそう言うと、ゼロは二人に目配せするように視線を送る。
レイがそれに気付くと、デイは短く頷くのだった。
「世界を殺させないために、私たちがいる。私たちが求めているのは人類の進化。異世界の支配でも破壊でもない。その兆候が見え始めたら、介入して粛清する」
「それが私たちの仕事よ。どう?覚悟はできてる?」
粛清という言葉にレイは生唾を飲む。
淡々とそう言うゼロとデイに、レイは少し恐怖を感じた。
命を扱う立場という現実に、まだ慣れない自分がいるのだった。
「一切の躊躇を捨てて、レイ。それが私たちが生き抜くのに最も重要な事の一つ。転生者は異世界に行った瞬間、男も女も動物も獣人も見境なく命を奪う存在に成り下がることがとても多い。ニンゲンとして中身は変わらないのに、力を持つと変わる」
「ニホンにいた頃の記憶はあるはずなのに、どうしてそうなるのか未だにハッキリ答えがでないの。ゲームか何かと勘違いしてることが多いのはわかってる」
「···転生するのに記憶を引き継ぐのは何故?」
「いい質問、説明する」
デイは一冊の本を開いて、説明を始める。
人間が輪廻転生しているのなら、ほとんど前世の記憶が無い人が多いのに、何故転生者には記憶があるのか疑問だった。
「輪廻転生と違い、転生は次元を越えて魂と肉体がその世界に定着する。その瞬間にその魂は悟りの道へと一歩進み、人知を越えた力を手に入れられるようになる。その為には記憶が必要」
本にはこの地球から、人間の魂と肉体が異世界へと移る行程が描かれていた。
言ってしまえば神と同じような所業ができる領域へと魂を導かなければならない。
その為には前世の記憶と意識が必要で、そうすることで魂は飛躍的に成長し、新たな知識や技術を身に付けることができるのだそうだ。
能力が得られるのはその為だという。
「ニンゲンが進化するために必要な行程。これを''宿命痛''という」
「しゅくみょうつう···」
「ニホンでは神通力の一つだそうだ」
まさに神の所業。
人間がそんなことをできるようになっている現実に驚くレイ。
この世には常識を超えたことがいくつもあるのだと思い知らされた。
「それと、意識も引き継ぐのも重要」
「意識?」
「違う世界に行くけど、違う人間になるわけじゃない。その人間の人格や性格もそのまま転生する。これは''心相続''っていうの」
今度はゼロが本を差し出してきた。
レイが見てみると、そこにはまるで解体新書のように人間の意識や人格についての記述がズラッと並んでおり、理解するには時間がかかりそうだった。
「意識も引き継がせることで反復学習を繰り返し、得られた恩恵を最大限活用して仏のような救済者となり、世界を安定させる存在になるだろうと思っていたが、現実は違った」
「アレを仏と言ったらそれこそ神への冒涜ね」
ゼロが呆れるようにそう言うと、本を手元に戻して閉じ、腕を組む。
一方デイは、さっきの転生者が載っていた本のページを進めていくのだった。
「ニンゲンはそう簡単に変わらない」
それだけ言って、デイは開いたページを指差していた。
「···これは」
「私が見てきた限り、転生者たちは闘争を求めた」
そこには様々な武器や能力で、兵士のような人達を一人でなぎ倒しているような写真がいくつも載っていた。
人々の真ん中に立ち、まるで政治家のように何かを力説しているような写真。
玉座に座り、その前で民衆が全員ひれ伏して頭を下げている光景もある。
「···犯罪行為や戦争を起こそうとしたってことか?」
「犯罪は、国が行えば犯罪じゃなくなる。力をひけらかし、女をはべらせて、民衆の上に立とうとした。男にとても多かったの」
「転生者が力の次に求めたのは、反逆と権力だった。普段抑制されていればされているほど、その爆発力は大きくなる」
レイにはどうしても、その10代半ばにしか見えない人間が民衆を従えたり崇拝されたりしている姿に違和感を感じざるを得なかった。
「前世では、会社の部長とか役職についていたのか?カリスマがあるようには···見えないんだけど」
「全然、そもそも仕事をしてない人たちばかり。それでも指導者やリーダーに''なろう''とする奴が多い」
「力がある分もてはやされるのよ」
ページをめくってどの写真を見ても、転生者が力説していたり、先頭に立っていたり、明らかに他の人物よりも立派な武器を持っている姿がそこに写っていたのだった。
「そして転生者の最も恐ろしいところは、その欲に限りがないこと」
「限りがない?」
ゼロが首を傾げながらそう言うと、デイは一つ頷いて説明する。
「他次元への進行、下手をしたらこの世界も他人事じゃなく、もろとも消滅してしまう可能性がある。ヒトの欲は恐れを知らない」
「実際に、他次元へのポータルが開いて戦争が起きかけた。エゴとエゴ、持論と持論のぶつかり合い。あんなに醜い争いはなかったわ。何が''神様の為''よ、私たちはそんなこと誰も望んでなかったのに」
説明を受けたレイは本を閉じて一息つく。
両手をテーブルについて項垂れるのだった。
自分が救いたいと思っていた人達が、力を得たことでそうなってしまったことに悩む。
自らの正義は、彼らのなかでは正義になり得るのか。
自分の信じてきた正義は正しいのか、そんなことばかりがレイの頭の中で駆け巡る。
「それじゃあ本当に、俺たちの目的って···」
「救済と粛清だ」
デイが隣で冷たくそう言い放つ。
その目には感情というものが全くこもっていなかった。
「管理局はそんな暴君と化した転生者の粛清と世界の救済を目的に、人を集めて組織した。ここがそのニホン支部よ」
「小さな島国なのに一番忙しい。働き者」
そう言うと本を片付けて、またテーブルへと積み重ねるデイ。
それを眺めるレイに向かって、ゼロは言う。
「異世界も、私たちも、関わるなら覚悟を決めなければならない。今までの常識も、倫理も、何もかもが通用しない世界。そこで生きる為には、他の誰でもない、自分自身で決めなくてはならない。ここはそういう''世界''なの」
何が正しくて、人の数だけある真実の先にはどのような事実が待っているのか。
転生者とは何なのか。
レイは自分のウォッチを改めて眺めて考えていると、デイがその様子を見ていることに気付く。
「情けも容赦も一切捨てて。それが異世界で生き残る為の唯一の手段」
デイの言葉を噛み締めるレイ。
覚悟を決めた以上、もう後には引けない。
それが罪のない命を救う為ならと、レイは心に言い聞かせて、首を縦に振った。
「なら、話は早い。早速あなたに色々教えなきゃいけないわ。ついてきて」
「私はあの世界の本を見つけてから行く。レイは、ゼロとオペレーターに従えばいい」
そう言うとデイは分厚い本を片手にまたはしごへと飛び移るのだった。
スタスタと来た道を戻っていくゼロに慌ててついていくレイ。
「今度は一体どこに?」
「上に戻る。オペレーターに手配して場所を用意してもらうから、あなたはついてくるだけでいい。そこで色々と教える」
「教える···。今度は一体何を学ぶんですか?」
「そうね、色々覚えてもらうことがあるけど···一番大事なことから早めに教えておきましょうか」
書庫から出るとゼロは扉を閉めて、再びウォッチをドアノブに当てるのだった。
「大事なこと?」
「そう、今日もグッスリ眠れるわ。保証する」
ゼロが扉を開けると、そこには来たときに乗ったエレベーターへと続く道が延びていたのだった。
首を傾げているレイに、ゼロが答える。
「戦闘システムについて」




