タイトル未定2026/04/22 22:31
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数日後の朝。
まだ眠気の残る静かな室内に、扉を叩く音が響いた。
「むぅ……こんな朝早くに、誰ぇ……?」
寝ぼけ眼のまま、リリカが俺を胸元に乗せて扉を開ける。
そこに立っていたのは――カルラだった。
その背後には、梨香とピルクの姿もある。
「あ、カルラさんだ~。まだ眠いんだけど~」
間延びした声を出すリリカ。
だが――カルラの表情は、冗談を許すものではなかった。
『リリカ、様子が違う。何かあるぞ』
「え、そうなん!?」
リリカがぱちりと目を瞬かせる。
カルラは一歩踏み出し、低く告げた。
「――手短に言う。教会のトップが、この王都に入った」
「……へっ!?」
一瞬で空気が変わる。
リリカの眠気も、完全に吹き飛んだようだ。
――忘れもしない。
教会の真実に触れた俺たちは、かつて娘たちもろとも弾圧されかけた。
あの連中が、また動いたのか。
「――どうしたですか~? ……はわっ、カルラお姉ちゃん!?」
遅れて起きてきたタマコも、状況を察して姿勢を正す。
「タマっち、教会の奴らが王都に来てるって。これヤバいやつじゃね?」
「え、そうなんですか!?」
リリカの言葉に、タマコの狐耳がぴんと立った。
その時、カルラの隣に立つ梨香が口を開く。
「教会側は王家に正式な訪問を申し出たみたい。――どう考えても穏やかじゃないよね、パパ」
『ああ。あいつらが動く時は、ろくなことにならん』
胸の奥がざわつく。
あの連中が、ただ挨拶に来るはずがない。
「ヘラクレスってば、急に頼もしいこと言うじゃん。かっこいー!」
『茶化している場合か、リリカ』
軽口に即座にツッコミを入れた、その時だった。
「――ゴホン」
カルラが咳払いを一つ。
場の空気を引き締める。
「本題だ。わらわとムサシ、それからリカーシャ、ピルク……そしてヘラクレス。そなたも王宮での会談に同席せよとの勅命が出ておる」
『……俺も、か』
やはり来たか。
これは単なる訪問ではない。
――俺たちも、当事者として引きずり出されたということだ。
「先日の件の説明と、勇者としての立ち会い……という建前だがな」
カルラが小さく付け加える。
建前、か。
ならば本音は――ジャンの力を巡る話だろうか。
「……あれ、リリカとタマっちは?」
「悪いが、二人には今回は留守番を頼む」
「え~っ!? リリカたちだけ仲間外れ~!?」
不満を露わにするリリカに、ピルクが冷ややかに言い放つ。
「――空気を読まない発言ばかりしてきた方を、あの場に連れていけるわけがないでしょ」
「ひっど~い! ピルクってば鬼!」
『いや、正論だぞ』
「ヘラクレスまでそっち側!?」
頬を膨らませるリリカに、俺は静かに言った。
『相手は教会だ。下手をすれば、前と同じことになる』
「……それは、やだけどさ……」
言葉に詰まるリリカの肩に、タマコがそっと手を置く。
「今回は我慢です。みなさんを信じましょうですぅ」
「ぷぅ……っ」
渋々といった様子で、リリカは俺の角をつまみ上げる。
「はいっ。ヘラクレスのこと、頼んだからねっ」
「ああ。責任をもって守ろう」
梨香が受け取り、俺を胸元に乗せる。
「パパは私が守るからね」
『ああ。……だが、無理はするなよ』
「うんっ」
――そして。
簡単に身支度と食事を済ませた俺たちは、リリカとタマコを残し、王宮へと向かうことになった。
教会との対面。
それが、どれほどの嵐を呼ぶか――この時の俺たちは、まだ知らなかった。
王宮に到着した俺たちは、近衛隊長クランの先導で謁見の間へと通された。
重厚な扉が、静かに開く。
「陛下、勇者ご一行をお連れいたしました」
「ふむ、ご苦労」
足を踏み入れた瞬間、空気が変わる。
広大な空間の中央――玉座には国王陛下。
その隣に宰相。
反対側には――ジャンの姿があった。
そして、その背後に控えるのは鉄のメイド、アイゼル。
すでに場は整っている。
――あとは、あいつらを待つだけか。
「父上ぇ、どうしてぼくまで呼ばれたのかな~?」
「騒ぎを起こした張本人だからだ。ニコラス様に失礼のないようにな」
「ちぇっ。ぼくだってショックアントの研究をしたいのに……」
不満げに肩をすくめるジャン。
この場の緊張とは裏腹な軽さだが――それが逆に浮いている。
……ニコラス。
その名を、また聞くことになるとはな。
ふと、胸元から微かな震えが伝わってくる。
『梨香、大丈夫か?』
「うん。平気だよ。……これは武者震いかな」
『あの男と、また顔を合わせることになるが……』
「心配いらないよ、パパ。私も、あの時より強くなってるから」
静かだが、確かな覚悟。
――頼もしいものだ。
その時。
ジャンの視線が、こちらを捉えた。
「おや、ヘラクレスも来てたんだ! これは嬉しいね!」
「我々も先の騒動の関係者だからな」
梨香が、勇者としての声音で応じる。
軽いやり取り。
だがその裏で、場の空気は張り詰めたままだ。
誰もが分かっている。
――これからが本番だと。
やがて、扉の外から足音が近づいてきた。
規則正しく、揺るぎのない歩調。
そして――
「ただいま、大聖堂よりの客人が参られました」
控えていた使用人の声が、静寂を破る。
「――そうか」
国王陛下の声が、低く響く。
その目が、わずかに細められた。
宰相もまた、無言のまま視線を扉へと向ける。
空気が、張り詰める。
――来る。
この場の全員が、無意識に息を潜めた。
重厚な扉が、ゆっくりと開かれる。




