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ショックアントの女王

「尖兵も捕獲できたことだし――ここからが本番さ」


 そう言うや否や、ジャンは従えたショックアントへ再び息を吹きかける。


 すると。数匹のショックアントが、まるで意志を共有したかのように、同じ方向へと歩き出した。


 迷いのない足取り。

 巣へと帰る兵隊の、それだった。


「……本当に、従えているのだな」

「虫にしか効かないとはいえ、とんでもない能力ですね……」


 梨香とピルクが、思わず声を落とす。


「さあ、みんな行こうか」


 ジャンは軽やかに歩き出す。


「――ジャン様に遅れないよう、皆様もどうか離れずに」


 アイゼルが一歩前に出て告げる。


 柔らかな口調だが、その視線は明確に選別していた。

 ――ジャンに近づく者と、そうでない者。


 俺たちはその背を追い、ショックアントの進む先へと足を踏み入れる。


 森はさらに深く、重くなっていく。


 途中、小型の魔物が何度か襲いかかってきたが――


「頼んだよ」


「ギチギチィ!」


 ジャンの一言で、ショックアントが即座に応じる。


 群れが一斉に飛びかかり、あっという間に魔物を食い尽くす。


 骨すら残らない。


「……よしよし、いい子だ」


 ジャンがその頭を撫でると、ショックアントは触角を揺らして応える。


 まるで、褒められた獣のように。


「まるで猟犬ですぅ……」

「あれが魔物とは、にわかに信じがたいのう」


 タマコとカルラが感心を漏らす。


 だが――


『気色の悪いガキだ』


 ムサシだけは、吐き捨てるように言った。


『オレはやはり好かん』


「ところでさ、ヘラクレスは何ともないの?」


 リリカが俺を覗き込む。


『ああ。どうやら俺には効かないらしい』


「へ~。もしかして、アルティアナ様の加護のおかげじゃね? ほら、背中の紋様……光ってるし」


 言われて、気づく。


 背中に、じんわりとした熱。

 確かに――何かが、守っている。


『……なるほどな』


 あの力が、俺を支配から弾いているのか。


 だとすれば――ジャンの力は、やはりただの誘引ではない。


 もっと直接的な、上書きに近い何かだ。


 そんな違和感を胸に抱えたまま、歩を進める。

 やがて。


「――着いたよ」


 ジャンが立ち止まる。


 その先。

 巨木の根元に、ぽっかりと口を開けた闇。


 巣穴だ。


 地面がわずかに震えている。

 中で、何かが蠢いている気配。


「ここが……」


 空気が、変わる。


「それじゃあ――行っておいで」


 ジャンは、従えていた一匹を前へ押し出した。


 ショックアントは迷いなく穴へと消える。


「これで女王を引きずり出せればいいんだけどね」


 その声音は、軽い。


 だが――目だけが、笑っていなかった。


「うへっ……ジャン坊、ちょっと怖いんだけど……」


 リリカが顔を引きつらせる。


 その直後。


 ――ゴリッ。

 嫌な音がした。


 次の瞬間。


 巣穴の奥から、何かが弾き飛ばされた。


 バラバラになったショックアントの残骸と魔石が、地面に転がる。


「……やっぱりダメかぁ」


 ジャンが、ため息をつく。


「呑気なことを言っている場合ではございません」


 アイゼルが一歩前に出る。


「――来ます」


 その言葉と同時に。


 ズズズズズ……ッ、地面が、揺れた。


 巣穴の奥から、黒い影が溢れ出す。


 次々と。

 際限なく。


 先ほどとは比較にならない数のショックアントが、奔流のように吐き出されてきた。


「す、凄まじい数ですぅ!!」


 錫杖を抱え、尻尾を巻いたタマコが悲鳴を上げる。


「どうやらここが正念場のようだな……!」

「行きますよ、皆さん!」


 梨香が聖剣を抜き、ピルクが杖を構える。

 二人の紋様――アルティアナ様の加護が、淡く輝きを帯びていた。


「ひとまず働き蟻の数を減らせ! 女王はその後だ!」

「承知したぞ、殿下!」


 ジャンの命を受け、カルラが地を蹴る。


 一閃。振るわれた薙刀が、黒い群れを一直線に薙ぎ払った。


「さすがカルラお姉ちゃんですぅ!」

「リリカたちも負けてらんないっしょ!」

「ですね、リリカちゃん!」


 リリカとタマコが肩を並べ、前に出る。


「大地の怒りぃ!」


 錫杖が振り下ろされる。


 直後、地面が裂け――剣山のような岩槍が突き上がり、蟻たちを貫いた。


「それっ、撃ち抜くよ!!」


 リリカの矢が、間髪入れずに放たれる。


 正確無比の一射が、パラポネラの頭部を次々と射抜いた。


『さすがリリカだ!』

「へへっ、日々鍛えてるんだし!」


 振り向きざまに笑うリリカを横目に、俺も六本の脚で踏み込む。


『うおおおおお!!』


 角を振り上げ、黒い波へ突っ込む。


 衝突の瞬間――群れが弾けた。


『負けてられるか!』


 ムサシもまた、極太の大あごで敵を断ち割る。


 一瞬、お互いの複眼が合う。


 ――負けられない。


 俺はさらに踏み込み、角を振り回して道を切り開いた。


「――害虫(ゴミ)は、お片付けいたします」


 静かな声。

 だがその動きは苛烈だった。


 アイゼルがガントレットを振るうたび、蟻が砕ける。

 鉄のブーツが踏み込むたび、殻が潰れる。


 後に残されるのは無数の魔石。


 ――圧倒的だ。


「――そろそろ、ぼくの出番かな」


 戦場の只中へ、ジャンが歩み出る。


「みんな、ぼくに従うんだ!」


 声が響いた、その瞬間。


 ――ぴたり、と。


 生き残ったショックアントの動きが止まった。


『残党も支配下に置いたというのか……!?』


 だが――次の瞬間だった。


 蟻たちの体が、びくりと痙攣する。


 そして。


 ――崩れた。


「えっ、なに……!? 苦しんでる!?」

「これは、まさか……ですぅ!」


 リリカとタマコが顔を見合わせ、震える。


 その時だった。


 地の底から、ずるりと何かが這い出てくる。


 甲冑のように硬質な甲殻。

 湾曲した巨大な顎。

 ――兵隊蟻が四匹。


 そして。

 その中央。

 膨れ上がった腹部を引きずる、それ。


 明らかに他とは異なる、異形。


 不自然なほど肥大した体。

 歪に脈打つ腹。


 ――女王。


「やっとのお出ましだね、女王様っ」


 ジャンが、愉快そうに笑った。

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