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鉄のメイド

 結束を強めた俺たちがホテルを出ると、玄関前でジャンが待っていた。


 その隣には、彼のメイドだろうか。まだ若そうな少女が控えている。


「やあ、待ってたよ。やっぱり全員で来てくれたんだね」

「それはどういうことだ?」


 梨香が怪訝な顔をすると、ジャンは得意気に指を振った。


「結束が強くて心強いってことさ! それと、ぼくに堅苦しい言葉遣いはいらないよ、勇者リカーシャ」

「そうか、なら好きにさせてもらう」


 ウインクするジャンに、梨香も肩の力を抜いた。


 ふと疑問を口にしたのはピルクだ。


「そういえば昨日と連れているメイドが違うようですが、どなたですか?」

「ああ、紹介するよ。彼女はアイゼル。ぼく自慢の護衛メイドさ!」


「――アイゼル、です。どうか、お見知りおきを……」


 ジャンに紹介され、アイゼルは少したどたどしくメイド服の裾をつまんで一礼した。


 桜色――ほんのりピンクがかった白髪をおかっぱに整え、ホワイトブリムを添えた頭は、どこか奥ゆかしさを感じさせる。


 一方でその装いとは対照的に、肘まで覆う鉄のガントレットと鉄ブーツが、彼女の只者ではない雰囲気を際立たせていた。


「――へ~、ヘラクレスってメイドが好きなんだぁ?」


 ……目の前のメイドを観察していたら、リリカにジト目を向けられた。


『ち、違う! 俺はただ同行するメイドさんを確認していただけだ!』

「ふーん。それだけでそんななめるように見るなんて、リリカおかしいと思うんだけど~」


 どうやらリリカはまだ疑っているらしい。


「――まあまあ! ヘラクレスさんも悪気があるわけじゃないですし、リリカちゃんも許してあげてほしいですぅ」

「タマっちがそう言うなら……」


「――ははは! 良かったじゃないか、アイゼル。君も人気者みたいで」

「そんな……わたくしなんか、人気になっても困ります……」


 ジャンに茶化され、アイゼルは指を突き合わせて戸惑う。


 そんな彼女に、カルラが興味深そうに問いかけた。


「護衛ということは、そなた戦えるのか?」

「は、はい……」

「こう見えてアイゼルは強いよ? なにせ鉄のメイドの異名を持つくらいだからね!」

「鉄のメイドだなんて……やめてください……」


「ふむ、戦力として申し分ないと。心得た、戦友としてよろしく頼むぞ」

「は、はい……」


 カルラとアイゼルは軽く握手を交わした。


「それじゃあ――ショックアントを捕りに行こーっ!」


 ジャンの一声で、俺たちは動き出す。


 こうして俺たちは、王都の外――昆虫魔物の棲む領域へと向かった。


 ジャンに連れてこられたのは、王都近郊に広がる山林だった。


「――ここだよ」


 見渡す限りの木々。だがその景色は、どこか歪んでいた。


「ここは王家の管理してる狩猟林なんだ」

「管理している、ですか。その割には……」

「荒れておるのう」


 ピルクとカルラの指摘する通り、山林は異様なほど荒れていた。


 下草は伸び放題、藪は人の侵入を拒むように絡み合い、足場すら安定しない。

 ――まるで、長い間人を寄せ付けていないかのようだ。


「……この森、変だね」


 ぽつりと呟いたのはリリカだった。


「ここの草木たち、苦しそう。みんな泣いてるよ」

『それは君のスキルによるものか?』


 俺の問いに、リリカは静かにうなずく。


「……うん。なんか、ずっと追い詰められてる感じ」


 空気が、わずかに重くなる。


「もしかして、ショックアントのせいですぅ?」 「タマコも鋭いね。その通り」


 ジャンはあっさりと認めた。


「ショックアントの巣ができてから、この山林には誰も近づかなくなったんだ」

「……ショックアント。巣に近づく者をすべて餌と見なす、危険な魔物です」


 アイゼルの補足に、場の緊張がじわりと増す。


 ――なるほどな。

 王家の管理地が放棄状態になっている理由も、これで合点がいく。


「ジャン、もしやこの依頼は――」


 梨香が一歩前に出る。


「この山林を取り戻すことも含まれているのか?」


 ジャンはぱちん、と指を鳴らした。


「その通り! さすが勇者様、話が早いね」


 だが――


「……まあ、ぼくにはどうでもいいんだけどね」


 その笑みは、どこか冷たかった。


「ショックアントの女王さえ手に入れば、それでいい」


 ――その瞬間。ぞわり、と地面が蠢いた。


「……っ!」


 アイゼルが反射的にジャンの肩を引き寄せる。


「わっ!?」


 次の瞬間、地面が弾けた。


 土を突き破って現れたのは――人の身長ほどもある、巨大な蟻。


 黒光りする外殻、鋭利に開く顎、そして――獲物を見据える複眼。


 まるで俺の知る最強の蟻、パラポネラのようだった。


「うわっ……あれがショックアント的な?」 「お、大きくて気持ち悪いですぅ……!」


 タマコがリリカにしがみつく。


 だが次の瞬間。


「――お掃除いたします」


 アイゼルが一歩前に出た。


 迷いはない。


 鉄のブーツが振り下ろされ――


 ゴンッ!!


 鈍い音とともに、ショックアントの頭部が地面にめり込む。


「ギチィ……ッ」


 一瞬の痙攣。

 そして沈黙からの肉体の消滅。


 残された魔石を見下ろし、アイゼルはメイド服の裾をつまんで静かに一礼した。


「危ないところでした、ジャン様」


 あまりにも自然な所作。

 だがその威力は、明らかに異常だった。


 ……これが鉄のメイドか。


「ね、言ったでしょ。アイゼルは強いって」

「……それほどでもございません」


 そう言いつつ、アイゼルの頬がわずかに染まる。


「ジャン様、この任務を完了した暁には……その……褒美を……」

「もちろんさ。期待してるよ、アイゼル」


 その一言で、ぱっと表情が明るくなる。


「――はい。鉄のメイドとして、全力でお仕えいたします」


 ――その時だった。


 俺の触角が、微かな異変を捉えた。


 地面。空気。そして――振動。


 ……来る。


『リリカ、梨香!』

「え? どしたのヘラクレス!?」

『囲まれている――四方からだ!』

「なっ……!」

「みんな、警戒しろ! 囲まれている!」


 梨香の声が響いた瞬間。


 ざざざざざざ――!!


 地面が一斉に崩れた。


 木々の間から、土の中から、斜面の陰から――無数のショックアントが姿を現す。


 その数、数十――いや、百は下らない。


 黒い波が、こちらへと押し寄せてきた。

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