ダイレクト03 時よ進め、過去を目指して
カレンダーが逆に進む世界、ノスタルジウム。
その転換点は星暦2030年7月2日のことであった。国民的な憎しみを滾らせた三つの国がこの日戦争を開始した。
超核弾頭を空から降らせるA国、感染力の強い殺人ウィルスをドローンで拡散させるB国、ネットワーク破壊BOTを送信して、世界経済を瓦解させていくC国。
この”祭り”とも言える状況に見事に呼応して、自然界も参戦した。
世界各地でM7クラスの巨大地震が発生し、巨大ハリケーン、竜巻が襲う。全長1kmサイズの隕石が同時に数個、地上に落下した。その結果、人間の生存環境は徹底的に打ち砕かれた。
「あの絶望と破滅の未来にあっても、我々ノスタルジウムの民は、そこから立ち直ることができました。親を失った小さな子供が、笑って瓦礫を積み上げている姿が見えました。私たち大人はその奇妙な行動を見て、ついに正気を失ったかと悲しみ、哀れんだんです」
クラシカは、自分が見てきた出来事。それは彼らの言うところの『未来(到来はしているが)』に起こったことであった。星の表面がすべて吹き飛ばされ、わずかに生き残った人間は、廃墟の中で慟哭していた。
しかしそこで彼らは不思議な光景を見た。子供たちが、目の前に父や母、あるいは死んでいった身内や仲間が、あたかも生きているかのように語らい、笑い合う姿であった。
「お父さん、”明日”はもう来ませんよ。あなたが元気に生きていた、今は”昨日”なんです。お母さんも、妹もここにいます。今日は”昨日”だから、まだ生きていられるんです。そして、あの忌まわしい”未来から遠ざかっているのです」
ボウフラはようやく事の次第が飲み込めた。
「ようやくわかったよ、クラシカ。君たちは僕らと同じ時間を生きているけど、夜が明けると昨日に戻っているんだね」
「忌まわしい未来はどんどん記憶から消え去っていく。カレンダーを逆戻りするだけで、明日は昨日になる。考え方ひとつで、心安らかで幸せに生きていけるんだ。過去の出来事は記録を見ればすぐにわかる。あらかじめ分かっているから、心配がない」
子供たちがクラシカの手を掴んで、ぴょんぴょん跳ねている。
クラシカは自分たちの思想を、誇らしげに語る。
「災害の記録も残っていますが、その日が来ても急に天変地異が起こるわけではありません。
その日は黙祷をささげ、亡き人に思いを馳せる。それと同時に、その日亡くなった人は”生き返る”ということになります。未来に破滅の終末を迎えましたが、その日をもって、ノスタルジウムの歴史は、『聖書』に進化したのです」
ボウフラは、大事に抱えてきた「記憶バンク」(日記帳みたいなもの)を開いて、レーザー熱転写機能で、ノスタルジウムの記録を書き込んでいく。仕上がりは、活版印刷したように出来上がっていく。
新しいボウフラの旅では、物々交換が主目的ではなく宇宙構造の解析であるため、フィールドワークの記録が何より大切であった。(日記は、∞REACTORの起動エネルギーにもなる)
「これが、宇宙構造を解き明かす手がかりになるといいのだけどね」
歴史を後戻りするうちに、過去の大戦の終戦記念日に到達することもある。その日は戦争が終わった大祝賀際となり、国際スポーツ大会が開催宣言される。戦争期間中はずっと、世界大会が行われ、百年スポーツが続く時代もあるだろう。その間多く人の復活が祝われる。
「開戦の当日は、”許し”の日となる。戦争を引き起こした当時の指導者を断罪するのではなく、国際スポーツ大会の成功を祝し、同時に”復活”したとされる多くの人々の名を読み上げ、『あなたたちの子孫が、あなたの罪を償い、世界をスポーツで満たすという偉大な成功を収めました』誰も罪を背負っていないから、”許し”となるのです」
ピトピトはひとつ気になって聞いてみる。
「あなたたちの歴史が、紀元1年になったらどうしますか?さかのぼる過去もないでしょう」
ボウフラも同じことを考えていた。そこで反転するのか?
想像の過去へ進むのか。しかしそれは”未来”と同じなのではないか?
クラシカは静かに目を閉じ、次のように話す。
「そのことは、ノスタルジウムの民の間で議論されています。まだ結論は出ていませんが、私の見解を言いますと、これは国民の意見の大半と同じですが、ノスタルジウムを旅立つだろうと思われます」
新しい世界を探して旅立つ。歴史を完成させた文明は、次の世界に進む使命があるのだという。
ボウフラもピトピトも深く納得した。一箇所に留まり続ける文明は、果たして文明と呼べるのだろうか?
過去の文明は滅んだのではなく、新たな文明を作るために旅立って行ったのではないか。そう考えると、巨大帝国の興亡などもすんなり受け入れられる。小さな文明の種が新しい世界に旅立つ。宇宙はそれを受け入れるほど広大なのだ。
ボウフラは日記に書き残す。―――宇宙構造解析の旅、まだ始まったばかりで、重要な視点を得た。
「宇宙は旅をするためにある」
日記にはそう書いておこう。
ーー続くーー
小話をひとつーーー最後の判決
終末の日が訪れた。
天使のラッパが鳴り響くと、地上に生きたすべての人々が死から蘇り、最後の審判の法廷へと集められた。
裁判長の席にはイエスが座っている。
誰もが固唾をのんで判決を待った。
善人も悪人も、聖職者も罪人も、自分の永遠の行き先が決まる瞬間だった。
イエスは静かにガベルを打ち鳴らす。
「皆さん、静粛に。それでは判決を言います。」
法廷は静まり返る。
どこからともなくドラムロールが鳴り始めた。
そしてイエスは、にっこりと微笑んだ。
「全員、無罪!」
その瞬間、歓喜の声が宇宙を揺るがした。
人類が誕生して以来、死んでいったすべての人々の歓声はあまりにも大きく、その振動で地球の回転軸が少しずれたほどだった。
しかし、イエスは続けた。
「そして……ボクが有罪だ。」
法廷は凍りつく。
地獄の鬼が涙を流しながらイエスに手錠をかける。
司祭たちは泣いて異議を申し立て、神を信じる者も、信じなかった者も、その判決だけは受け入れられなかった。
イエスは困ったように笑う。
「だって、ボクが人類の罪を肩代わりするって言ったじゃない。」
誰一人、言葉を返せなかった。
やがて人類は、涙を流しながら天国への門をくぐっていく。
そのはるか後方で、手を振っていたのは――
笑顔のまま手錠をかけられた、一人の裁判長だった。




