ダイレクト02 きっかけはラジオ放送
ボウフラとピトピト5号は宇宙の深遠に向かって旅立つ。
そのきっかけは、ボウフラが聞いた深夜ラジオ放送であった。
ラジオといっても、聴くだけのシロモノではない。あるいはお便りコーナーや電話リクエストでもない。
ボウフラのラジオは”インタラクティブ”に反応するのだ。
たとえば、パーソナリティーがリスナーに向けて、
「今日のリクエスト特集は、ペテルギウスポップスでお楽しみいただいています。3050年代の恒星系で一大ムーブメントとなった、ペテルギウス。全身の毛穴が開いて脱力感に満たされるデトックス・サウンドをお楽しみください」
ここで絶妙のタイミングでラジオに話しかけると、マイクが10人分ぐらいの声を拾い、放送中のラジオ局にテキストデータとして送信されるのだ。
早い者勝ちではなく、”タイミング”なので、直感で話し始めるしかない。
その日はボウフラの声がシンクロしたようだ。
「惑星ミニョン仮住まいの『ボウフラ』さんから、あ、夏の定番曲ですね。『真夜中の熱中症』は3曲目に入ります」
「あ、やった」
声にシンクロできた場合、対話が成立するのだ。ラジオからメッセージが入る。
「ボウフラさんリクエストどうもありがとうございます。これは思い出の曲かなんかですか?」
「はい、ペテルギウスといえば真っ先に思い浮かびます。デビュー二曲目でのヒットで、宇宙全域に流れるようになったですよね。お腹のポケットにはいつもこの曲を入れて聴いています。
パーソナリティとの会話だけでなく、ほかの会話者ともライブ・チャットができる。
「熱中症の季節到来ですね」
「ウチの星は真夏でもマイナス30度ぐらいですけど、ペテルギウスサウンドで夏を感じるんですよ」
「早く冬が来て、全球凍結になって欲しいですよ」
季節の話題を話しているうちに、ネットフォーラムに場所を移すこともある。
「ボウフラさんって、遠くまで旅をされていたんですね。僕なんか海から出られないから、そういう話を聴けるだけでも楽しいです」
「水槽に漬かって、じゃだめですか?」
水棲人は笑って、カメラを突っつく。
「モニターで見るのと変わらないでしょう。やっぱりその土地に立って、風に触れて、なにかおいしい物でも食べないと、旅した気分になりませんよ。それでも――」
その星の環境下でないと生存できない知的生命体も数多くいる。リモートコミュニケーションも亜光速になったので、普通に会話ができる。水棲人は話を続ける。
「――遠くまでいけるようになりましたよね。ゲートとかワープとか、技術の進歩で膨大な距離を短縮できる、そんな研究も盛んに行われているようです。――ただ、重力とか空間を湾曲させるためには、大きなエネルギーが必要です。
恒星間飛行には、そこにある太陽ひとつぐらいのエネルギーを必要とするそうです。これって、そこまでしてやる必要があるのでしょうか?一つの星へ行くために、星一つ使ってしまうなんて、意味あるんでしょうか」
「たしかに、星を一つ失って、代わりの星に届いたとしても、なんかムダな努力だなあって思いますよ」
水棲人の言うとおり、星を全部燃やして、エネルギーにしてしまっては、星に支えられている命はすべて死滅してしまう。ボウフラは意を決して水棲人に打ち明ける。
「実は、僕はあんまりエネルギーを使わないで宇宙を飛べるんです。
もう一度宇宙を見てきましょう。宇宙の構造がどうなっているのか、僕が確認して知らせてあげます」
こうして、ボウフラは再び宇宙旅行に行くこと名なった。以前のような物々交換の旅ではない。別の宇宙に行くための手がかりを探す旅だ。むだに多くの命を失わず、ドアをノックしてお隣の宇宙を訪問する。そんな宇宙訪問の仕組みがあるはずなのだ。
ーーー
「進行方向に、文明のありそうな星があるわ。あなた、降りてみましょうよ」
配偶者となったピトピト5号が夫、ボウフラに話しかける。
「そうだね。お腹も空いたし、その星の風に触れて、美味しいものでも探すとしよう」
ボウフラは微笑んで、無駄のないエネルギーで進路を傾けた。彼らだけの静かな旅が、深遠への歩みを進める。
着陸してすぐにその星の人間が出迎えてくれた。
「やあ、お久しぶり。昨日も会いましたよね」
ボウフラとピトピトは顔を見合わせて、不思議そうに話す。
「あなたのお知り合いなの?」
「僕じゃない、てっきり君が知っている人だと思ったんだが…」
星の住人は自分の名前を「クラシカ」と名乗った。
「思い出して頂けましたか?これから、お二人はこの星で過去のことを次々思い出されていくんですよ。
なにしろ、この星は、『未来から、過去へ』と時間が流れる世界なのですから」
時間が逆流する世界。新しいことはすべて、「忘れていたものを思い出す」と表現される。
遠い未来、人々は絶望の淵に立たされた。未来に希望はない。
「ならば、この瞬間から、すべての人類は過去に戻ることにしよう」
このように宣言した指導者のもと、この星の人類はすべて懐かしい過去に向かって生きていくことを目指した。
未来には死と破滅しかない。
過去には誕生と創造があった。
生きていくことは、過去を思い出していくこと。
ーーーこれがこの星の人類の生き方になったのだ。
しかし、本当に時間が逆転しているわけではない。
たとえば、人が亡くなった場合は、「未来において忘れ去られる」ということになるのだ。
赤ん坊が生まれれば「僕たちに子供がいたことを思い出したよ」と言って喜ぶ。
悲しい未来は忘れ去られ、喜びに満ちた過去は思い出される。
この星は過去に戻ることを目指して、幸福な世界を実現させたのだ。
「まあ、考え方一つということなんだろうね。実際は時間は流れていく。だからこうしてお腹もすくというわけだ」
ボウフラは星の住人に食事のとれる場所を尋ねた。
「…思い出しました、たしか町の中心部分にレストランがありましたよ。昨日は9時開店でしたから、今あいていると思いますよ。私も昨日に戻ってからゆっくり食べに行きますよ」
毎日が懐かしさで溢れる世界。
知り合いと思い出を語り、初対面の相手には「思い出しました!再会を喜びましょう」と告げる。
未来に起こった悲劇はすべての人の心から消え去り、ただひたすら美しい過去へと時間を巻き戻す。
この星、「ノスタルジウム」は、そんな「逆転の時間」を生きるふりを続ける世界であった。
ーー続くーー




