22話
先程まで自分たちがいた教団の本部。
それが、ごくわずかな時間で全て消え去り。
今や、ぽっかりと大穴が一つ空いているばかり。
ただの仲間割れとは思えなかった。
明らかな異常事態だと思った。
にもかかわらず、再び世界は回りだす。
これまで通り時を刻みだす。
見上げれば、いつも通りの青空が。
耳を澄ませれば鳥の声が。
そして、頬を撫でゆく柔らかな風。
普段であれば心地良いと感じるはずのそれが、このときばかりは不気味に感じた。
世界はどうしてこんなにも平然としていられる。
誰が。
どうして。
どのようにして。
浮かび上がる疑問。
だが、その答えは探すまでもなく。
────自ら姿を現した。
穴から浮かび上がってきたのは、一人の魔女。
眼帯をしたその女は、緩やかに両の足を地面につける。
そうして、手に持っていた『何か』を放り投げた。
それが太陽の光に照らされあらわになった瞬間、ダレンの心臓が跳ね上がった。
────それは、下半身を失ったノルヴィス。
「はい、これで教団はおしまいっと」
いとも容易く、言い放ち。
「ねえ、一人残らず殺されてどんな気持ち? 『本体』の教団長?」
「……これまで、騙していたのですか」
驚くべきことに、彼女はまだ生きていた。
だが、その目には光がない。
命の灯火が消えるのも時間の問題だろう。
「騙していた? どこが?」
「そうでなければ、こんなことをするはずが……」
「心外だなぁ。初代北の魔女の再現ができるように協力してあげてたじゃん」
そうして、彼女は名無しの魔女へと視線を向ける。
「邪魔が入らないように、そして、再現の材料となるそこの彼女が来れるように教団を地上に浮上させた。そのうえで、ノクスヴェーレに捕まってた教団長を連れてきて、影の国から誰も来れないように封じ込めた」
「あれは、あなたが……?」
「そうだよ。全部、僕のおかげ。これのどこが騙しているっていうわけ? むしろ、紛れもなく、魔術教団としての行動だと思うけど」
「西の魔女が協力していたのは、あなたに、だったのですか……」
「ん? 西の魔女? ああ、勝手になんかやってるみたいだけど、彼女は僕と関係ないよ」
「であれば、どう、やって……」
言葉は途切れ。
それっきり、彼女が口を開くことはなかった。
シュトラープケは、一瞥もくれず、隣を通り過ぎる。
その様子はまるで、壊れたおもちゃに興味を失くした子どものように。
そして、視線は次の対象へ。
────名無しの魔女へと向けられていた。
「全く、つまらない最期だよね。惨めで無様。こう死にたくはないなぁ。そう思わない? 名無しの魔女さん、だっけ?」
「……仲間じゃなかったのか」
「仲間だったよ」
さも当然、といった様子で。
「であれば、どうしてだ。どうして、教団そのものを潰した」
「飽きたから」
「何を言ってる……」
「これ以上協力しても、面白いものは見れなさそうだから。それ以上でも、それ以下でもないよ」
名無しの魔女は言葉を失っている様子だった。
だが、シュトラープケはそれを微塵も気にせず、楽しげな様子で両手を合わせた。
「そんなことより、勝負しようよ! 勝負! 単純な力比べなら、教団長よりも上でしょ? 君。今の僕の力がどこまで通用するのか知りたいんだよね」
彼女が首を傾げると同時だった。
空は再び紫色に包まれ、再びあの魔法陣が出現する。
その規模は、ついさっき目にしたものと同程度。
目算で直径1キロはあろうかというその大きさ。
それが、自分たちを中心として展開されている。
ダレンはただ、呆然とその場に立ち尽くすことしかできずにいた。
逃げようにも、範囲外には出られない。
あんなものを遊び感覚で連発できるというのか。
舌打ちをする名無しの魔女。
「────君が初代北の魔女だっていうのなら、なおさらにさ」
そして、再びそのときが訪れる。
紫色の空が、落ちてくるのが見えた。
ダレンは静かに目を閉じる。
もうこのまま見続ける必要はないだろうと。
だが。
感じない。
何も感じなかった。
すでに自分は死んでいるのか。
ああ、こうも死はあっけないものなのか。
そう思って目を開けたとき、彼は目にした。
目の前に立っている名無しの魔女を。
地面には青色をした同規模の魔法陣が展開され、光の柱が上空に放たれていた。
それが空中で衝突するが、彼の方に衝撃が訪れることはない。
彼女はダレン含め、その衝撃が来ないように、半円型の魔力を展開していたからだ。
だが、徐々にひび割れていき、ガラスが割れるような音を立てて崩れ落ちていく。
そのときにはもう、シュトラープケの攻撃も止んでいた。
魔力の大半を使い果たしたのか、倒れ込む名無しの魔女の体。
それをダレンは受け止める。
「さすが大魔女! やればできるじゃん!」
対して、余裕の表情を浮かべているシュトラープケ。
「でも、その様子じゃ、あと一回が限度ってところかな。やっぱ君、初代にはふさわしくないね。ま、名前を魔力にしたら、知らないけどさ」
凌ぐことはできたものの、彼女がひどく消耗していることは、火を見るより明らか。
ただでさえ、彼女は教団に多量の魔力を提供しているのだ。
「私を置いて逃げろ、ダレン」
「何を言ってる」
「後一回は相殺できる……。その間に全力で逃げろ」
「俺の名前を魔力に変えれば……」
「そんなの相手の思う壺だ」
わかっている。
そのことについて相手がわざと言及していることは。
やってみろと、そう促されていることは。
だが、それ以外にこの場を切り抜ける方法は思いつかなかった。
ダレンの腕の中で、名無しの魔女は力なく微笑む。
「安心しろ、私はもう死ねないんだ」
「そういう問題じゃないだろう!」
「────いいや、死ぬよ。僕の手にかかればね」
はったりなのか。
「だから、選んでよ。二人諸共殺されるか。それとも、彼の名前を魔力に変えて、生き延びる可能性にかけてみるか」
彼女が死なないという証拠はこの目で見ている。
あの洞窟で、剣で体を貫かれながらも、生き長らえていた。
それなのに、この拭えない不安は何だ。
今回も同じだと。
そう信じることができないのは。
「────だめね」
瞬きをした一瞬だった。
「そんな脅しじゃ彼女は動かない」
その声とともに、ダレンたちの前に現れた魔女。
彼女は二人を背に庇うようなかたちで、シュトラープケと相対する。
「……一体何の用? 協力するのはルクラット様を救出するまでじゃないの?」
彼女は西の魔女に対し、不快感をあらわにしていた。
「初代北の魔女様にあいさつしに来たのよ」
「そうしたら、見知った顔で残念って? じゃあもう用は済んだでしょ、早くお引き取り願いたいんだけど。別に庇う必要もないじゃん」
「私が怖いの?」
「は?」
「彼女はここで名前を魔力に変換する気はない。なら、力比べの相手は、私の方が適任だと思うけど」
「……もう一回魔眼に封印されたいの? 気が強い者ほど実は被虐嗜好が~っていうの、本当だったんだ」
「眼帯の下の魔眼はもう失われているはずだけど」
手のひらに乗った雪が溶ける様子を眺めながら。
「だから私はここにいる。違う?」
「それも『彼女』の指示ってこと? そんなわけないよね」
「そう。これは私自身の意思」
そうして、二人は無言のまま。
言葉の隙間を埋めるように。
次第に降りゆく雪の量は増えていき。
やがて、シュトラープケは大きくため息をついた。
「……ま、いいや。つまらない結果だったけど、収穫は得られたしね」
「もうお別れ?」
「今回は特別に許してあげるよ。でも、次に僕の邪魔をしたら、容赦しないから」
「はいはい」
彼女は魔術教団があったはずの場所へと視線を向ける。
「さて、ここからが本番だ。上手くできるといいんだけど」
その声は低く、小さく。
他の誰にも聞こえないほどに。
二人のやり取りを聞きながら、呆気に取られたままのダレンと名無しの魔女。
理解できなかった。
なぜ西の魔女は自分たちのことを庇ったのか。
シュトラープケの言う『彼女』とは誰なのか。
理解できぬまま、それらはさらに理解できない事態に包まれることになる。
「このタイミングで、地震か……!?」
ダレンは呟いた。
だが、それはすぐに誤りであったと知る。
振動しているのは空気だった。
それは大地の揺れだと錯覚するほどの。
同時に、脳が理解を拒み、思考が停止していくのを感じた。
だって、そうだ。
そうだろう。
こんなものを目にしてしまったら。
────影の国そのものが、地上へ浮上しているのを目にしたら。




