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エミネスベルンの約束  作者: 深山 観月
第二部 北の魔女編 3章 背負うもの
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23話

あかりたちがレプシュネル家の正門へと辿り着いたときには、その場は魔女たちでごった返していた。

それも当然のことだろう。

あのような映像が流出してしまったら。


混乱に乗じて教典の原本を盗み、あまつさえ自らが北の魔女になるという宣言。

教団だけではなく、国への反抗も含まれる。

それを、この影の国の権力者である商会長が。


「教団の魔女たちはいなさそうだな」


バルロットの言葉に、あかりはハッとした。

確かにそうだ。

あの特徴的な十字架のネックレスをした魔女はいなかった。

いれば当然、ここで争いが勃発していてもおかしくはない。

それは、教団の本部が地上へと浮上したということに真実味を帯びさせる。


聞こえてくるのは抗議の声。

だが、その内容は想像しているものとは異なっていた。


レプシュネル様は無事なのか。

レプシュネル様を解放しろ。


反逆者に向けられるはずの怒号ではない。

彼女の身を案じる声からするに、ここにいるのは商会の者たちか。

だが、その言葉の意味までは上手く掴めなかった。


「ほれ、行くぞ」


そうは言うが、どうやって進むというのか。

疑問を抱きながらも、先導するバームガルトの後に続く。

すると、彼女が近付いたところから、群衆が道を開けていった。

彼女が学院長だからだろうか。

だが、それにしては不自然だ。

明らかにこちらを認識していない者たちまで、開けていく。

そこで気が付いた。

これは押しのけているのだと。

おそらくは、何らかの魔術によるものだろう。


そうして、彼女の力技によって正門まで辿り着くと、そこには重厚かつ豪奢な装飾の鎧に包んだ魔女が二人立ちふさがっていた。

一瞬、剣を突きつけられそうになるが、バームガルトの姿を見るや、それを仕舞い背筋を伸ばす。


「バームガルトじゃ。ここを通してもらえるかの」

「はっ! 少々お待ち下さい」


鎧の二人は視線を合わせ頷いた。

そうして、一人が耳に手をやりながら、話し出す。

仲間と連絡を取っているのだろう。

その間、バームガルトはもう一人に話しかける。


「状況はどうなっとる」

「トルジラメア様を国家反逆を企てた容疑で、我々は身柄を拘束しに来たのですが……」

「なんじゃ、歯切れが悪いが」


彼女は群衆へと目をやる。


「……いえ、直接見ていただいた方が早いでしょう」





「バームガルト様!」

「ヴェルミナか、久しいの!」


屋敷の中に入ると、快く出迎えてくれたのは、先程見たのと同じ鎧に身を包んだ魔女だった。

まさに騎士といった風貌だ。


「手間を取らせてすまんな」

「いえいえ! そんなことは全くありません! むしろ、お知恵を貸していただきたいところで!」


屋敷内を忙しなく動き回っている仲間と思われる魔女たち。

あかりは黙って腕を組んでいるバルロットに耳打ちをする。


「この方たちって……?」

「ノクスヴェーレ。北の魔女の直下軍だ」


名称を聞いて、思い出す。

バルロットは学院在学中、この組織から推薦を受けていたのだと。

それなのに、商会に脅され……。


少し気まずい気持ちを抱きながら彼女の顔色を伺う。

思うところがあるのではないかと。


「あいてっ!」


握りこぶしで脇腹を小突かれる。


「余計な気遣いすんな」

「あたた……」

「ま、悪い気はしねえけどよ。……当然っちゃ当然だが、嗅ぎつけるまでが早いな」


同時に、正門での抗議の声の意味を理解する。


「トルジラメアの身柄を拘束できなかったということか?」

「拘束できなかったというか、拘束するまでもなかったというか……」

「……まさか」

「ええ、そのまさかです」


バームガルトの表情が曇っていく。


「────トルジラメア・レプシュネルはこの屋敷内で殺害されていました」





屋敷内に響き渡る慟哭。

それは、スージラメアのものだった。

彼女がいる自室と距離は離れているはずだが、こちらにまで薄っすらと聞こえてしまう。

部屋の前に幾人もの護衛がついていた。

彼女が生きていてよかったという気持ちもあるにはあるが。


「このドレッシングルーム内にある衣服収納スペース。大量のドレスの間に埋もれるかたちで、彼女は死亡していました」


ヴェルミナはそのスペースへと一歩足を踏み入れる。

ドレッシングルーム側から恐る恐る室内を覗くと、彼女の言う通り多種多様なドレスがかけられていた。

目を細めながら見回すと、一部不自然にドレスが盛り上がっている箇所を発見できる。

そこにかけられたドレスと床には、多量の乾いた血液が。


あかりは息を呑んだ。

あの場所に、今も。


「ご覧になりますか。あまりおすすめはしませんが」


バームガルトは黙って頷いてから、中に入っていく。

バルロットもその後に続く。

だが、あかりにその勇気はなかった。


ドア付近の壁に凭れて、天井を見上げる。

途端に世界の音が遠のいていくような錯覚がした。


「刃物による背部刺創が心臓まで達し、致命傷になったものと推定されます」


ハンガー同士が触れ合う音がした後、声が聞こえてくる。

否が応でも、頭に浮かぶそのときの情景。


「着替えようとして、ドレスを選んでいたところを背後から押され、服に埋もれてから刺されたのでしょう」

「……随分時間が経過しているようじゃが、全く臭いがしないのはどういうことじゃ」

「今は消臭の魔術をかけていますので。発見当時はひどい臭いでした」

「……見立てではどれくらい経過していそうなんじゃ?」

「──1週間です」

「1週間だと……!?」

「ええ」

「そんなわけはない!!」


突然声を荒らげたバームガルト。

思わずあかりの体がびくりと跳ねる。


「そんなわけは、ない……!」

「……おっしゃる気持ちはわかります。それを聞いた私たち全員がそうでしたから」

「先生、どういう意味ですか」

「……2日前じゃ」

「2日前……?」


「────わしは2日前に、トルジラメアと城で会議をしているんじゃ!」


死亡推定時刻が生きていた時間と重なる……?


「あれは幽霊だったとでも言うつもりか……!」

「我々がバームガルト様にお知恵を貸していただきたいのはそこなのです」

「一体どうなっとるんじゃ……」


そのとき、あかりの腕が掴まれる。

ドアから顔だけ出したバルロットによって。


「おい、あかり。悪いがちょっとこっちに来い」

「え?」

「見たくないなら目を瞑ったままでいい。確かめたいことがある」

「ちょちょ、ちょ!」


強引に腕を引かれ、転びそうになる体。

それをもう片方の腕を振ることによってなんとか重心を保ちつつ。

顔を背けながら、前へと進んでいく。


「どうだ、何か感じねえか」

「急に何ですか! というか、感じるって何を!」

「……この死体が時間操作されているかってことだ」


そこで、彼女の唐突な行動の意味を理解した。

目を閉じて、時計をイメージする。

それごと意識を前方へと。

死体があるという場所へと重ねる。

時計の針は、他の物に重ねたときと同じ位置、同じ速度で進んでいた。


「……いえ、されていないと思います」

「そうか」


死体の時間操作。

それによって、犯人は捜査を攪乱したのではと考えたのだろう。


「となると、この死体が偽物か。もしくは、わしらが目にしたトルジラメアが偽物なのかということになるが……」





「お母様っ……お母様ぁ……っ! ぁぁぁああぁああっっ!!」


悲痛な叫びで胸が締め付けられ、思わず目を逸らしてしまう。

今はそっとしておいてあげるべきだという思い。

早急に真実を解明するため、やむを得ないという思い。

その両方が混ざり合いながら込み上げて、息苦しくなる。


「商会長の姿を最後に目にしたのは屋敷の使用人で、普段と変わらず、彼女が就寝する時刻だったそうです」

「スージラメアが姿を見たのはそれよりも前と。……母親の行動に普段と違うところはなかったかの?」


ベッドの上で顔を伏したままのスージラメア。

ひどく乱れたシーツは涙に塗れていた。


「全部……! 全部ですわっ……!!」

「……全部とな」

「教典を盗んで、北の魔女になるって言い出して……!」

「……まぁ、それを言い出してもおかしくはない人物ではあったがの」


それだけでは、彼女が偽物だということを強める要素にはならないということか。


「……きっと、罰が当たったんですわ」


ぴくりと、バームガルトの耳が反応する。


「罰じゃと?」

「わたくしが、いい気味なんて言ったから……」


鼻をすすりながら、震える声で彼女は答えた。


「あの落ちこぼれのことを……!」

「誰のことを言っておるんじゃ……?」

「マゴちゃんのこと、ですよね?」


あかりの問いかけに、顔を上げないまま頷く。


「……家が襲われた彼女のことを、いい気味だって。いつも私に楯突いてくるから、因果応報だって! 咎めない家族も、家族だって……っ!」


「────1つ、お聞きしてもよろしいですか」


その声に、あかりから血の気が引いていった。

恐る恐るバルロットの顔を見ると、彼女の表情は凍りついたように無表情で。

怒りも憎しみも感じ取れないことが、より一層不気味さを引き立てた。


「教団にわざと俺の家族を襲わせるように仕向けたということでしょうか」


その声に、スージラメアははじめて顔を上げる。

バルロットを見た瞬間、驚きで目を見開いた。

そして、すぐに怯えの色が滲み出す。


「わかり、ませんわ……」

「……」

「抑えるんじゃ、バルロット」

「私は何も知りませんの! 本当ですのよ!? でも、お母様も、していないと思いますわ。その、多分……」


その声に、自信はなかった。

嘘をついているようには見えない。

本当に知らないのだろう。


彼女が教典を盗んだ目的は、教団の動きを封じること。

それがバレたときに備えた口実づくりのための商会側の自作自演という可能性もありえるということか。


だとすると、教団の浮上は少なくとも彼女の手によるものではないことになる。

教団の動きを封じたいのであれば、どちらか一つで事足りるからだ。


「……それについては、ここで答えはでないから一旦置いておくとして、犯人について心当たりはあるかの?」

「考えたくはありませんが、屋敷内の者による可能性が高いと、そう思っていますわ……」

「ふーむ。まあ、状況からしてそう考えるのが妥当じゃろうな……」


そのとき。

あかりの耳に一瞬、きんと音がした。


「(耳鳴り……?)」


そう疑問を抱いたのとほぼ同時だった。

ざわと全身に走る気味の悪い感覚。


「なんじゃ!?」


どうやら自分だけではないらしい。


「空気が……」

「震えている……?!」


それが、肌をむず痒くさせている原因だった。

だが、あかりは気が付いていた。


いや、その場であかりだけが気が付いていた。


────空気に、微量の魔力が含まれていることに。

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