21話
ぴしりと甲高い音が聞こえた。
それは一つきりかと思えば、たちまちにその数は増していき。
騒ぎ立てる群衆のようにこの身に響き渡る。
夢も現とも判断できぬ意識の中。
体はやがて産み落とされたように地に落ちる。
衝撃で鈍く残る痛みを感じながら、これは現実だと気が付いた。
あれからどれくらいの時間が経ったのだろうか。
いまいち時間の感覚というものが掴めない。
長く生き続けてきてしまったからだろうか。
思い出せる最初の記憶は、西の魔女との戦いの最中。
それ以前の記憶はない。
自分の名前を魔力にしたことが原因だ。
どうして私は、何が原因でそのようなことをしてしまったのか。
自問しても出てこない答え。
ただ、それほどのことをしたという事実だけが残っている。
西の魔女に並々ならぬ思いを抱えていたことは確かだろう。
だからこそ、私は彼女を憎む。
憎み続ける。
もういない私のために、私は彼女を。
「お目覚めですか」
一滴の言葉が垂らされる。
見上げれば、そこにはノルヴィスがいた。
そうだ。
私は教団の地下で、魔力を提供していたのだ。
提供した魔力情報から初代北の魔女の情報を抽出し、彼女を再現するという目的のため。
教団の悲願だという初代北の魔女の再現。
その悲願に協力することと引き換えに私はノルヴィスとある契約を交わした。
それは、杖が反応するに足る魔力を提供する間は、ダレンの身に危害を加えないこと。
ルクラットが逃げ出した後、意識を失わされた私とダレン。
彼よりも一足先に目覚めた私は、その契約を交わしたのだ。
だが、こうして身動きができるようになり、声をかけてきたということは。
「終わったのか」
「ええ」
そこで、周囲の様子が異様なことに気が付いた。
自分を取り囲む大勢の教団の魔女。
だが、その全員が片膝を床に突いたまま。
「そして、判明しました」
そうして、彼女もまたしゃがみ込み。
こちらに手を差し伸べてきた。
「────『初代北の魔女』はあなたであったことが」
私が初代北の魔女?
「本来であれば反応するはずの量の魔力情報を取り込んでも、この杖は反応しませんでした。それはすなわち、────彼女がこの世に存在していることを示しているのです」
「……何かの間違いだ」
「そして、あなたの魔力から得られたのは、純粋な彼女の魔力情報のみでした。一切の混じり無い、純粋な彼女の」
それを聞いて湧き上がるのは、否定の感情。
納得感は全く無い。
だが、それを否定するだけの根拠も存在しなかった。
「数々のご無礼をお許しください。初代様」
その確信に満ちた。
そして、晴れ渡ったような彼女を見て、私は思い直した。
……いや、むしろこの状況は好都合かもしれないと。
教団を利用すれば、ルクラットもダレンも悪いようにはされないのではないかと。
そうして、否定したい感情を無理矢理に飲み込んで。
ほうと一つ、息を吐いてから。
私は彼女のその手を取り、立ち上がった。
瞬間。
降り注ぐは、拍手の雨。
中には、涙を流して喜んでいる者もいる。
それを、内心冷めた目で眺めながら。
「これからどうすればいい。私は自分の魔術で、存在の痕跡そのものがこの世界から失われているんだけど」
「やはり、ご自身が作られた教典と魔導書に触れてみるのが良いかと」
「それはどこに」
「教典は教団が、魔導書は北の魔女が所有していました。どちらもこの国を支える重要な書物です。ですが、何者かの手によって現在は消失している状況。ですので、そこを探すところから始めることになりますね。ご安心ください。私たちの全員がそれをサポートいたしますので」
「────その必要はないよ、教団長」
その場に声が。
そして、足音が響く。
周囲の者たちが道を開けていく。
だが、その表情はいずれも戸惑いを浮かべおり、次第にざわつき始めた。
「……シュトラープケ」
アデンスフィアの残党と戦闘した後、彼女は手当を受けていたはずだが。
「体はもう大丈夫なのですか。……いえ、先程の発言はどういう意味でしょうか」
「興醒めだよ」
「……?」
「だから、興醒め。興醒めも興醒め」
発言の意図を汲めないためか。
それとも、何かを感じ取ったのか。
ノルヴィスの顔からは、これまでの余裕のある笑みは消え失せ。
ただひたすらの無表情が貼付けられているのみだった。
「だってさ、考えてもみてよ。いざ初代北の魔女の正体がわかるかも~って思っていたら、そんな魔法も使えない、しかも自分のことすら覚えていない魔女がそうだなんてさ」
「どういったつもりですか」
「それはこっちのセリフ。まさかこんなつまらない展開になるなんてなぁ。せっかくここまでお膳立てしてあげたっていうのに」
不貞腐れたように床を蹴り、大きくため息をつく彼女。
錯乱しているのか。
それとも、操られているのか。
「……まぁいいや。それをここから面白くするのが、僕の仕事だしね」
そして、どこからともなく彼女が取りだしたもの。
それは紫色をした本だった。
教典ではない。
ということは、これまでの話から察するに。
「────魔導書、ということですか」
「じゃ~ん! 驚いた?」
「……ですが、それが本物であるという証拠はありません」
教典ならともかく、実物を見たこと無い魔導書の真偽はノルヴィスの目にも判断がつかなかった。
そのときだった。
彼女が手に持ったそれに────火をつけたのは。
「ま、それもすぐにわかるよ。こうすることでね」
たちまちに燃え広がる様子を眺めながら、彼女は呟いた。
万が一。
万が一、これが本物であれば。
「────影の国そのものが浮上する、でしょ?」
ぴくりとノルヴィスの眉が動く。
「それで、『必要がない』とは」
「そんなことをしても無駄だからに決まってるじゃん」
不敵な笑みを浮かべながら。
その体から、湧き上がる魔力を感じると同時にノルヴィスが右手を上げる。
魔女たちは一気にシュトラープケを取り囲んだ。
正気とは思えない行動だ。
思い当たることと言えば、彼女と戦闘していたアデンスフィア時代の元メイド長。
彼女に何らかの魔術をかけられていると考えるのが自然だが。
「────教団は僕がここで潰すんだからさ」
「名無しの魔女……!?」
突然扉が開け放たれたかと思えば、そこにいたのは結晶に囚われ、魔力を抽出されているはずの彼女だった。
「おいダレン! 今すぐにここから逃げるぞ!」
「一体何が起きてる!?」
先程からひっきりなしに起きている振動と関係があることは想像に難くない。
「まずはここからの脱出が先!」
彼女は背後に回り込み、ダレンの手錠に手をかざすと、椅子もろとも手錠が吹き飛ぶ。
そうして、今度は壁に向けて魔力を放った。
轟音と衝撃で、めまいがする頭。
必死に意識にしがみつきながら、目を開けると、そこには二人が通れるほどの穴が空いていた。
呆気に取られている彼の手を掴み、名無しの魔女は宙に浮かびながらそこから通り抜け、地上を目指す。
道中で、ダレンは聞いた。
魔力を抽出した結果、教団長は彼女を『初代北の魔女』だと判断したこと。
しかし、教団内でその判断を気に入らなかった者がいて、仲間割れが起きたこと。
そして、彼女はその隙を見て、自分を連れて抜け出すのを決めたということ。
道中で、ダレンは見た。
床に伏している夥しいほどの死体を。
崩落した瓦礫に埋もれた複数のノルヴィスの死体を。
凄まじい戦闘があったことを感じさせる凄惨な現場は、いるだけで心臓の鼓動を早めていく。
見上げれば、天井には穴が空き、地上へと突き抜けていた。
名無しの魔女が言うには、ルクラットや茨の魔女の魔力の残滓がその場に残っており、彼女たちはおそらくここから抜け出せたのではないかとのこと。
希望を見い出し、二人はそこから外に出る。
ここまで、生きている教団の魔女とは出会わなかった。
おそらくは自分たちがいた地下で争っているのだろう。
断続的な振動は、未だに続いていた。
「全く、自分の目を疑うようなことばかりだ……」
「まだ気を緩めるな。とりあえず、お前の家に戻るまでは。もしかしたら、ルクラットたちもそこに────」
そのときだった。
空が紫色に染まっていくことに二人が気が付いたのは。
「何だ、あれは……!?」
見れば、教団の本部の上空に魔法陣が展開されていた。
それは、本部の全てを覆うほどの巨大なもの。
「まさか」
名無しの魔女が呟いた瞬間。
魔法陣から真下へ紫色の光の柱が降り注ぐ。
視認したのも束の間。
立っていられないほどの大地の揺れ。
目を開けるのもままならないほどの風圧。
その中で、周囲の木々は次々と幹がへし折れていく音だけが嫌に鼓膜に染み付いていく。
「しっかりしろ、ダレン!」
名無しの魔女の声にふと我に返る。
「一体、何が……?」
自分でも驚くほど間抜けな声が出た。
結果は目に映っているというのに。
いや、映っているからこそ。
それが信じ難いものだからこそ。
対する彼女はその光景を睨みつけ、ぎりと奥歯を噛み締めていた。
「建物ごと、消し飛ばされた……!」




